表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/74

第27話

 目を覚ませば、いつもと同じ天井が見えた。

 身体を起こそうとして激しい痛みに呻く。


「イリス様!」


 ケティの声とバタバタと走る音。

 そして目の前にやつれた顔が現れた。

「ケティ……?」

「イリス様……」

 ケティは跪いてボロボロと涙を流し、深く頭を下げた。

「申し訳ございません。私の所為で……」

 イリスは右手でケティの涙を拭おうとして痛みに顔を顰める。

 ああ、そうかと思い出す。

 本棚の下敷きになったのだ。

 あの後やって来た医者に注射をされた所までは覚えている。

 きっとあれは眠り薬のようなものだったのだろう。


「診察をしますから……」


 遠慮がちな声が聞こえてケティが後ろに下がり、以前『風邪』の時に女官長が連れて来た医者の一人がイリスの顔を覗き込んだ。

「失礼します」

 医者は聴診器でイリスの胸の音を聞いたり脈を測ったりする。

「……何日眠っていましたか?」

 イリス自身も驚く程のしゃがれた声が出た。

「二日です」


 二日……。


 思っていたよりも短い。

 唯一動く左手をゆっくりと持ち上げて額に触れ――違和感を覚える。

 そっと頭に手を持っていくと、髪とは別の感触がした。

「頭部の治療の為、髪は剃りました」

 医者は淡々と、しかし目を逸らして言う。

「……そう」

 イリスは手を下ろした。

「他は? どうなっているのかしら」

「肋骨は骨折とヒビ、全身に打撲。右手と両足骨折、回復するまで少し時間が掛かります。それから頭部と右頬の怪我は……跡が残るかもしれません」

 フゥ……と息を吐き、口角を僅かに上げる。

「――分かりました」

 ケティの嗚咽が部屋に響いた。

 医者が吸い口の付いたコップのようなものをテーブルから持ってきて、イリスの口に吸い口の先を含ませる。

 カラカラになっていた口内に水が広がり息が楽になったように感じた時に、ノックの音が聞こえた。


「イリス……!」


 イリスが目を見開く。

「陛……下?」

 部屋が明るいという事は、まだ昼間の筈である。

 夜以外にヴェリオルが後宮に足を踏み入れるなど、イリスが知る限りは初めてだった。

 ベッド脇に立ったヴェリオルは、いつもの軽い服装とは違い、王としての正装であろう豪奢な衣装を身に纏っていた。

「目が覚めたか」

 指先で顔に触れられ、イリスは眉を顰めた。

「痛いです。触らないで下さい」

「イリス……」

 ヴェリオルの手が顔から離れ、空中を彷徨って戻る。

 イリスは天井に視線を移した。

「少しでも同情していただけるなら、もうここには来ないで下さい」

 ヴェリオルが目を眇め、じっとイリスを見つめる。

「それはどういう意味だ?」

「…………」

「……何を見た?」

 イリスは目を閉じ、深く息を吐いた。

「影を」

「影? それ以外には」

「何も」

「…………」

 ヴェリオルの指がそっと頭の包帯に触れ、イリスが目を開けた。

 切ない表情で、痛まないように優しく触るヴェリオルを見て、不意に思い出す。

 そういえば夜のあの時、陛下は自分の髪を触るのが好きだった――と。

「……傷が残るそうだな」

「ええ。でもブサイクだから問題ありませんわ」

「確かにお前は美しいとは言えないが……」

 ヴェリオルの手が離れる。

「夜にまた来る」

「私、これではお相手出来ません。メアリアさんの所にでも行って下さい。それがお嫌ならサラさんかソフィアさんかジェミーさんかナッティさんはいかがでしょう?」

「…………」

 別にイリスは、他の側室ならどうなっても良いと思った訳ではない。

 ただ、もう巻き込まれたくなかっただけだ。

「夜……、また来る」

 ヴェリオルはマントを翻して帰って行った。


※吸い口の付いたコップのようなもの=吸い飲み

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ