第3話
「ああもう! どうしてこう広いのかしら」
やっぱりケティに手伝ってもらった方が良かったかもと後悔しながら、イリスは大きく重い箱をなんとか後宮の出入り口まで運んだ。
ゆっくりと床に箱を下ろしてフウっと息を吐く。
「疲れた……」
しかし荷物はまだ沢山ある。
明日の朝、速やかに帰る為にも頑張らなくてはならない。
気合いを入れて顔を上げると、出入り口を守る女性騎士と目が合った。
騎士は何故かポカンと口を開けて、イリスを見ていた。
「……? おはよう」
声を掛けられた騎士はハッとして、慌てて厳しい視線をイリスに向けた。
「何をされているのですか?」
「え……、荷造りを。もしかして、ここに置いては邪魔でしたの?」
「違います、そうではなくて――」
騎士が苛ついた様子で説明しようとした時、イリスの背後から怒りの籠もった大きな声が聞こえた。
「イリス様!! 何をなさっているのですか!」
「え……?」
振り向くと、女官長が足早にこちらに向かって来る。
そしてその後ろに、金の髪の背が高い男――。
「あ……!!」
イリスは思い出した。
側室が部屋の外に出て良い時間は決められていたのだ。
朝は『九の時』から。
それなのに、今はまだ七の時にもなっていない筈だ。
「ええ……と……」
どうしよう。
帰れる事に浮かれていて、すっかり規則を忘れていた。
女官長はイリスの前に立つと、こめかみをピクつかせながら少し笑った。
「長く後宮で勤めておりますが、これ程堂々と規則を破った方は、あなたが初めてです」
「はぁ……。すみません。規則の事、すっかり忘れていました」
正直に答えたのに、何故か女官長は目を吊り上げてイリスを睨んだ。
「部屋にお戻り下さい。後程何らかの処罰が科せられるでしょう」
「ええ!?」
「当然です」
少し廊下に出ただけで、こんな事になるなんて……。
イリスは慌てて女官長に懇願した。
「見逃して下さい!」
「イリス様!」
「なんだ? その箱は?」
「ティーセットや花瓶です!」
咄嗟に答えてイリスはハッとした。
「……女官長、この者は誰だ?」
視線を移動すると、眉を寄せる端整な顔の男と目が合う。
エルラグド国国王、ヴェリオル。
「ご、ご機嫌麗しゅうございます……?」
初めて間近に見る王は、噂通り信じられない程容姿の整った男だった。