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第24話

「私は今から独り言を言います」


 イリスとケティは顔を見合わせた。

 普通、独り言は宣言してから言うものではない。

 女官長はいったいどうしたというのだろうか。

 ポカンとするイリスとケティを余所に、女官長は『独り言』を言い始めた。

「食事は先に必ず侍女が毒味をする。また他の側室から貰った食べ物飲み物には絶対に口をつけない」

「はぁ……、毒味?」

「私がでございますか?」

 二人が首を傾げる。

「部屋に居る時は必ず鍵を掛ける。誰か訪ねてきてもドアを開ける必要はありません。陛下と私はこの部屋の鍵を持っています」

「え!? 陛下はこの部屋の鍵を持っておられるのですか?」

「だから勝手に入って来られるのでございますね」

 何故鍵が掛かっていてもヴェリオルが部屋に入って来るのかがやっと分かり、また鍵を掛けても役に立たないという事実にイリスの気持ちが沈んだ。

「一人では絶対に外に出ない。例え部屋に居ても周囲に気を付ける。いざという時には侍女を盾とする。そして――」

 女官長は両手をお腹の前でギュッと握る。


「やられる前にやる勇気を」


「…………」

「…………」

 二人は耳を疑った。

 侍女を盾にするとは、何かあればケティを犠牲にしろという意味に他ならない。

 いや、それよりも『やられる前にやる』というのはいったいどういう意図で言っているのか。

「あ……の、女官長?」

「何か少しでも変わった事、気になる事があった場合は必ず私に報告して下さい」

「いえ、それより女官長様……」

「覚えて下さい、自分の身を守るのは自分でしかないのです。王の力など、あてになりません」

 イリスもケティも驚愕し、固まった。

 今の発言は、不敬にあたるものではないのか。

 ましてや女官長という立場にあるものがこのような言葉を言ってよい筈がない。

「にょ、女官長、いったいどうしたのです?」

「きっとお疲れなのでございますね! マッサージ致しましょう、マッサージ!」

 普段の自分達のヴェリオルに対する無礼な発言の数々を棚に上げ、二人は慌てふためいた。


「…………」


 女官長が深く息を吐いて静かに振り向き、イリスに頭を下げる。

「体調が優れない時に長々とお邪魔して申し訳ございませんでした。それでは失礼致します」

「え、女官長!?」

「女官長様!」

 二人の呼び止める声が聞こえていないかのように、女官長は振り向く事無く部屋から出て行った。


「…………」

「…………」


 ケティがドアを見つめながら、イリスの傍に寄る。

「……女官長様、どうしされたのでしょうか? もの凄い事をおっしゃられてましたけど……」

「・・・・・」

 理由も無くこんな事を言ったりはしないだろう。だとすれば……。

 イリスが俯き、額に手を当てる。

「あぁ、駄目。なんだか熱が出そうよ」

「え! それはいけません。さ、寝て下さい」

 ケティに身体を支えられ、イリスはベッドに横になった。





 夕食後、イリスがお茶を飲んでいると、ヴェリオルが部屋にやって来た。

「早い……ですね、陛下」

 こんなに早い時間に来るとは思っておらず、完全に油断していたイリスの向かいの椅子にヴェリオルは座った。

「体調はどうだ?」

「はぁ……。だいぶよくなりました」

「変わった事はないか?」

「…………」

 黙り込んだイリスに、ヴェリオルが目を眇める。

「どうした?」

 イリスはなんと言えば良いものかと眉を寄せながらも答えた。

「女官長が変でしたわ」

「女官長が?」

「やけに大きな独り言を言っていました。その、侍女に毒味をさせろとか盾にしろだとか……」

「…………」

 ヴェリオルが前髪を掻き上げ舌打ちをする。

「あの女、勝手な真似を」

 小さく呟いて、ヴェリオルはイリスに片眉を上げてみせた。

「助言したつもりなのだろう」

「助言?」

「ああ。女官長は元側室だからな」

「え……!?」

 イリスとその後ろに控えていたケティが驚き目を見開く。

「側室? 女官長が?」

「まあ陛下! 実は熟女好きでございますか?」

「違う!」

 ヴェリオルは失礼な発言をしたケティをグッと睨んだ。

「先々代の王の側室だ」

「先々代……?」

「まあつまりは俺の祖父だな」

 先々代王といえば賢王と名高く、長い治世の末八十歳で崩御した人物である。

「そうでございますか。先々代王の……あら? 確か先々代王は私が生まれた年に崩御されたのですよね」

 イリスが首を傾げ、同じ事を考えていたケティも首を傾げて頭の中で計算をする。

「ええと、その側室だったという事は……、女官長様は見た目より実は結構なお年でございますか」

 しかしヴェリオルは首を横に振った。

「いや、側室になった当時まだ女官長は十歳程だったらしい。側室だったのは先々代が崩御するまでの数年間なので、むしろお前達が思っているより若い……なんだ? その顔は」

 イリスが眉を顰めて手で口元を覆い、ケティは目を大きく開けて自分の身体を抱きしめた。

「十歳の子を側室……幼女趣味」

「代々変態でございますか」

「『代々変態』とはなんだ!」

 テーブルの上にあった砂糖壺を、ヴェリオルはケティ目がけて投げた。

「きゃあ!」

「ケティ!」

 壺はケティのドレスを掠め床に転がる。

「あぁ、砂糖が。勿体ないでございます」

「陛下、どうか乱暴はおやめくださいませ」

 ヴェリオルは額に青筋を立て、ケティに「片付けろ」と命じた。

「先々代は女官長に精神的な癒しを求めただけだ」

「そんな言い訳がましい」

「後からなら、なんとでも言えるのでございますよ」

「……お前達は、いったいどういう教育を受けてきたのだ?」

 フッと息を吐き、ヴェリオルは頬杖を付く。

「肖像画を見た事があるが、それは美しい少女だったぞ。当時は『地上に舞い降りた天使』だと言われていたらしい。今でも地味な化粧や髪型をやめて着飾れば、そこらの側室になど負けていないのではないか?」

 イリスは女官長の顔を思い浮かべ、頷いた。

「確かに、言われてみれば女官長は美しいですわよね」

「身体も素晴らしいですし。特にお尻とか」

 マッサージの時触った女官長の尻を思い出し、ケティも頷く。

「侍女はさっさと床を片付けろ! まあ、この事はあまり知られていないし、本人も触れて欲しくはないだろうから知らぬ振りをしておけ。それより――」

 ヴェリオルは姿勢を正してイリスを真っ直ぐ見た。

「女官長も言っていたようだが、部屋の外に出る時は絶対に一人になるな。分かったな」

「…………」

 イリスの視線がテーブルの上のティーカップに落ちる。

「……陛下、それはどうしてなのですか?」

 ヴェリオルは立ち上がってイリスの横に行き、俯くイリスの頭を胸に抱いた。

「そう不安そうな顔をするな。他の側室達にお前はあまりよく思われていないようだから、念のため用心しろと言っているだけだ」

「それは陛下がここに来るからではありませんか。メアリアさんの所にでも行って下さい」

 ヴェリオルが眉を寄せる。

「メアリア・・・な」

 言葉に刺のようなものを感じ、イリスが顔を上げる。

「陛下? ――きゃあ!」

 ヴェリオルがイリスを抱き上げ、椅子が大きな音を立てて床に倒れた。

「茶の時間はもう終わりだ。今夜は一晩中たっぷりと可愛がってやるからな」

 口角を上げてベッドに向かうヴェリオルの背中に、ケティがぼそりと呟く。


「……好色じじいのような台詞でございますねぇ」


「侍女は下がれ!」

 ヒッ! と悲鳴を上げて、ケティが自室に逃げ込んだ。


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