第20話
真夜中――。
イリスは激しい腹痛で目を覚ました。
「う……あ……っ」
腹を抱えてベッドの上でのた打ち回る。
額から汗が吹き出し、胃がブルブルと痙攣する感覚と直後に襲ってきた吐き気。
今まで経験した事がない身体の異変を感じ、イリスの胸がドクリと鳴る。
このままでは危険だと察し、ケティを呼ぶためベッドから転がり下りた。
他の側室のように侍女が複数人付いていれば枕元のベルを鳴らせば夜番の者が飛んでくるのだろうが、あいにくイリスの侍女はケティ一人、ぐっすりと眠っているケティを起こすには彼女の部屋に行くしかない。
イリスは床を這いずってケティの部屋のドアを目指す、が、景色が回って自分がどこに居るのか、ドアに近付いているのかさえ分からない。
血液が……逆流している……。
実際には違うのだろうが、イリスにはそう感じられた。
ただひたすらドアがあるであろう場所に向かって進み、ふと気が付けばそれは目の前にあった。
必死に身体を起こしてドアノブを回そうとするが力が入らない。
「……ケ……ティ」
かすれた声で呼んでもケティには届かず、それどころか激しい腹痛と共に胃の中のものをその場にぶちまけてしまった。
足から崩れ落ち汚物の上に倒れたイリスは、最後の力を振り絞って掌でドアを叩く。
――ドンッ。
気付いて……。
祈るような思いでドアを見つめていると、「イリス様?」という声が中から聞こえた。
「ケう……げぇ!」
再び激しく嘔吐した時、霞む視線の先でドアが開いた。
「え……!? イ、イリス様!」
ケティは目の前の光景に目を見開いた。
物音で目覚めドアを開けてみれば、髪も顔もドレスも汚物にまみれたイリスの姿。
鼻につくツンとした臭いにケティ自身も嘔吐しそうになりながら、イリスを抱き起こした。
「イリス様! イリス様!!」
意識を失ってはいない。だが虚ろな視線はイリスが危険な状態にある事をはっきりと示していた。
「待っていて下さい、お医者様をお願いしに行ってきます!」
ケティはイリスを床の上に横向きに寝かせ、部屋を飛び出す。
遠ざかる足音を聞きながら、イリスは荒い呼吸を繰り返した。