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第19話

 廊下に続くドアを開け、ケティはそこにあった獣の生首を掴んだ。

 部屋の中に戻ると一直線に窓際まで行き、呼吸を整え身体を捻る。


「ほー……うりゃあ!」


 気合いと共に投げた生首は揺れながら庭園の上を飛んで、それ程遠くない場所に落ちた。

「く……!」

 ケティがガクリと膝を付く。

「駄目です。ほんの少しの期間投げていないだけで、これ程までに記録は落ちるものなのですね。毎日の積み重ね、それこそが人生においても生首投げにおいても大切なのです」

「そうねぇ。でも人生と生首を同列に並べるのはどうかしら」

 ケティは立ち上がり、庭園の向こう、後宮を取り囲む壁をビシッと指差した。

「私、いつかあの壁を越えて見せます」

「ちょっと遠過ぎではないの?」

 ケティは振り返り、椅子に座ってお茶を飲んでいるイリスに力こぶを作って見せる。

「いいえ、目標は高ければ高い程良いのです。人生も生首投げも」

 イリスは苦笑して、ティーカップをテーブルに置いた。

 またもやヴェリオルはイリスの元に通うようになった。

 一時期止んでいた嫌がらせも復活し、うんざりとした毎日の中でケティのこの明るさはイリスにとって救いだった。

「ケティ、お腹が空いたわ」

「はい。今用意します。イリス様は食べる事が好きですね」

 ケティは手をはたきながらイリスの傍に行き、空になったティーカップにお茶を注いだ。

「ここの食事は美味しいから好きよ」

「そうでございますねぇ。スープに具が入っていますものねぇ」

「お肉が大きな塊で出てきた時は感動したわ。うちでは細かく切った肉しか出てこないもの」

 実家での食事を思い出し、イリスは溜息を吐いた。

 出来る事なら家族にも食べさせてあげたい。

 特にガリガリに痩せている兄に。

「兄様……生きているかしら」

「ああいう今にも死にそうな方は、意外にしぶといものでございますよ」

「……そうね」

 イリスがケティを見上げて笑う。

「では、朝食を取りに行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 部屋から出るケティの背中に、イリスは小さく手を振った。





 夕刻、図書室で本を借り部屋へと帰る途中、イリスとケティはメアリア一行と鉢合わせた。

「ご、ごきげんようメアリアさん」

 顔を合わせた瞬間、殺気を感じて思わず後退る。

 これ程までにはっきりと敵意を剥き出しにされたのは初めての経験だ。

 メアリアの憎しみの炎で燃えあがっているような瞳に引きつりながら、イリスは挨拶をした。

「ごきげんよう?嫌みですの?」

 益々険しい表情になるメアリアに、イリスは慌てて首を横に振る。

「いえ、そんな……」

「随分余裕ですのね。いやらしい」

「いえ、ですから……」

 何を言っても聞く耳を持たないという様子のメアリアと別れて早く部屋に帰りたいと思うのだが、廊下いっぱいに広がったメアリアの侍女達がそれを許してはくれそうにはなかった。

「まったく、陛下もお戯れが過ぎますわ。こんなブサイクにお相手をさせるなんて」

 扇を広げて口元に当て、メアリアはふぅ……と溜息を吐く。

 憂いを帯びたその姿も美しく、イリスはこんな状況だというのに暫し見惚れてしまう。

「聞いていますの!?」

 ボーと見ているとメアリアの怒声が響き、ハッと気付いてイリスは何度も頷いた。

「本当にその通りですわ。こんなに美しいメアリアさんを放って何を考えていらっしゃるのかしら。是非メアリアさんからも陛下におっしゃって下さい。私の所に来られても迷惑で――」


 バシッ!


 頬に走った痛み。

 ケティの悲鳴。

 イリスは一瞬何が起こったのか分からなかった。

「何をなさいますか!」

 メアリアに飛び掛かろうとするケティの腕を掴んで制し、やっと自分が扇で叩かれたと気付いた。

「顔も中身もふざけた女ね。私を侮辱した事……後悔するがいいわ」

 メアリアは踵を返して去って行く。

 メアリアの侍女達もイリスを睨み付けてその後に続いた。

「イリス様!」

 追いかけようとするケティに首を振り、イリスは呟くように言う。

「部屋に戻りましょう」

「…………」

「戻りましょう」

 ケティは悔しげにメアリアの背中を睨み、それでもイリスの意志を尊重し、自分の気持ちを押し殺して頷いた。

「……赤くなっています。冷やしましょう」

 イリスの手を引いてケティは早足に部屋へ戻り、濡らした布を用意して赤い筋の付いている左頬にあてがった。

「ありがとう、ケティ」

 布を左手で押さえ、イリスが微笑む。

「…………」

「そんなに怒らないで」

「…………」

 唇を噛みしめて俯くケティの手をイリスが握る。

「私、何か彼女の気に障る事を言ったみたいね」

 それが何かは分からないが、『侮辱』という言葉をメアリアが口にしたのだから、無意識に彼女の自尊心を傷付けたのだろうと推測出来た。

 そして何より……。

「王妃候補である彼女を差し置いて私が陛下のお相手をしているから――」

「でもそれは!」

「そうね。陛下がここにいらっしゃるからね。だから……」

 イリスは手にキュッと力を込めた。

「元凶は陛下……いえ」

 自嘲的な笑みを浮かべイリスは俯く。

「権力に屈し、拒否出来ない私もいけないのかもしれないわ」

「そんな!」

 弾かれたように顔を上げ、ケティは跪いてイリスの手を両手で強く握りしめた。

「イリス様は悪くありません!権力を振りかざす変態に勝てる人間などいません!」

「ありがとう、ケティ」

「でも私……」

 ケティは頬を膨らませ、上目遣いにイリスを見た。

「やはりイリス様に暴力を振るった事は許せません」

「そうね。だけど彼女も言わば陛下に振り回される犠牲者。それにあの陛下の妃となるのよ。そう考えると同情したくなるでしょう?」

「…………」

 返事をしないケティに、イリスはいたずらっぽく笑いかける。

「ねぇ、それよりお腹が空いたわ」

「…………」

「夕食を取りに行ってちょうだい。ついでにお酒も沢山貰ってきてね」

「…………」

 ケティはギュッと目を瞑ってフゥ……っと息を吐く。

 動かないケティ、その姿を見つめ何も言わないイリス。

 ゆっくりと時が流れ、やがて目を開けたケティはイリスに明るい笑顔を見せた。

「イリス様は本当に食べる事が好きでございますね。でもお酒はお持ち出来ません。最近厨房の料理人が『これ以上お酒はありません』と言い張るのですよ」

「あら、残念ね」

 イリスがクスクスと笑い、ケティは立ち上がる。

「そうでございますね。諸悪の根源は陛下……、そう考えるとメアリア様がちょっとだけ憐れに思えてきました」

「そうよ。少しくらいの癇癪は許してあげて、さっさと王妃になっていただきましょう」

「はい。では私、夕食を取りに行ってきます。料理人に言って、大盛りにして貰いますからね!」

 ケティが部屋から飛び出して行き、その元気な姿にイリスは微笑んだ。




作中、予告なく残酷描写があります。

苦手な方はご注意下さい。





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