第2話
エルラグド国――。
豊かな土地、鉱山、そして史上最強と謳われる軍隊を保持する大国である。
若き王が君臨するこの国には当然『後宮』というものが存在し、そこには大勢の側室が居る。
側室達は、まだ妃を娶っていない王に気に入られ正妃となるべく日々醜い争いを繰り返していた。
そしてその後宮には幾つもの規則がある。
その一つに『二年間陛下のお相手をしなかった側室は家に帰される』というものがあった。
後宮の片隅にひっそりと住まう側室――イリス。
なんとイリスは後宮に入ってから一度も王の相手をした事が無かった。
そしてついに昨日で二年が経ち、家に帰される事となったのだ。
普通なら耐えられない屈辱的な状況だが、しかしそれはイリスにとってはとても幸運な事だった。
荷造りしながらイリスの頬は緩みっぱなしだ。
「良かったですわね、イリス様」
後宮に入る時に実家から付いて来た唯一の侍女であるケティの言葉にイリスは頷く。
「本当に。なんて運が良かったのかしら」
二年前、側室の話を父親からされた時には何かの間違いだと思った。
ブサイクな自分にまさかと笑ったが、数日後城からの迎えが来てそれが事実だと分かった。
普通は喜ぶところなのだろうが、イリスもイリスの家族もイリスが側室になる事を望んではいなかったので、別れの瞬間は号泣してすがりつく家族から騎士が無理やりイリスを引き剥がし馬車に押し込むという酷い状況であった。
家柄が良いというだけで無理矢理後宮に入れられたイリスにとって、ここは怖いだけの場所で、噂に聞く側室同士の醜い争いに自分も巻き込まれてしまうのかと夜には涙が止まらなかった。
しかし、通常は後宮に入ったその夜にお相手をするのだが、何故かイリスの元に王は来なかった。
「私、ブサイクに生まれて良かったわ」
「まあ、そんな……。イリス様の愛嬌のあるお顔、私は好きですわ」
「フフ、ありがとう」
美しい顔立ちの女が大勢居る後宮の中で、イリスだけがお世辞にも綺麗と言えない顔をしている。
王が自分のところに来なかったのはブサイクのおかげだとイリスは自分の顔に感謝していた。
「このドレスも持って帰りますか?」
男のように胸の膨らみが無いイリスには似合わない胸元が大きく開いたドレスだが、イリスは当然と言うように大きく頷いた。
「勿論よ。貰える物はすべて持って帰るのよ」
家柄は良いが金は無い。
それがイリスの実家、アードン家だ。
「帰ったら高く売りましょう。そのドレスも、私も」
後宮に居たというだけでイリスには箔が付いた。
容姿に関係無く結婚の申し込みが殺到するに違いない。
その中から良さげな男を選んで結婚しようとイリスは考えていた。
「ああ、楽しみだわ」
明るい未来にときめきながら、イリスはテーブルの上の花瓶を丁寧に紙で包み箱に入れる。
「この箱、もう出口まで運びましょう」
そう言って箱を気合いと共に持ち上げるイリスにケティが慌てる。
「まあ! イリス様。そんな事は私が致します」
「いいのよ。ケティはそっちの荷造りを早く終わらせてちょうだい。明日の朝には帰るのだから」
イリスはドアを身体で押して開け、大きな箱を抱えてヨロヨロと廊下を歩いた。