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第18話

 ああ、揺れる……。


 イリスはクラクラと揺れる感覚に眉を顰めた。

 気持ち悪い……。

 どうしてこんなにも気持ち悪いのか。

 ああそうか、とイリスは思い出す。

 ケティと飲んでいたのだ。

 日が高いうちから飲み始め、夕食をツマミにして更に飲んだ。

 高級酒を何本も開ける訳にはいかないので、ケティが厨房の料理人に『女官長から飲んで良いと許可を得ています』と言って、普段飲んでいるお酒を大量に運ばせた。

 それを二人で飲んで……、そう、フラフラになったケティをこのベッドに運んで一緒に寝たのだった。


 ああ、揺れる……。


 いや、揺り動かされている?

「ケティ……やめて……」

 手を振ると、指先がケティの身体に当たった。

 揺れが止まり、イリスはもう一度深い眠りへと落ちていく。

「…………?」

 ところがまたもやケティが身体を揺すってくる。

「ケティ……やめて……ケティ……」

 振り上げようとした手を強く掴まれた。

「ケティ……?」


「誰が『ケティ』だ。起きろイリス」


「…………」

 ケティではない?

 確かにケティは、こんなに低い声ではない。

 では誰か……いや、この声……聞き覚えがある。


「イリス、起きろ、イリス」


 ……まさか、いやいや、そんな筈はない。

 これは夢に違いない。もしくは飲み過ぎて幻聴が聞こえるのだろう。


「起きろ!」


 身体を抱き起こされて、イリスは漸く薄く目を開けた。

「…………」

 目の前にある整い過ぎた顔――。

「やっと起きたか」

「…………」

「イリス」

「………!」

 イリスはカッと目を見開いた。

 何故、どうして。


「陛下!?」


 幻であって欲しい。だが頬を強めに撫でられる感覚が、現実だと言っている。

 酔いが一気に吹き飛んだ。

「な、なななな何をなさっておられるのですか!?」

 ヴェリオルは眉を寄せ、イリスの足下をスッと指差し訊き返した。

「お前こそ、何をやっている」

「え……?」

 そこにはケティが、乱れたドレス姿で大の字になって眠っていた。

「俺を差し置いて、何故侍女がお前と寝ているっ」

「……はい?」

 差し置いてとは?

 首を傾げるイリスにヴェリオルは舌打ちをし、手を伸ばしてケティの腕を掴んだ。

「退け! ここは俺の場所だ」

 ヴェリオルがケティを乱暴にベッドの外へ放り投げようとする。

「へ、陛下!? 乱暴はおやめ下さい!」

 イリスは驚き、慌ててヴェリオルにしがみついた。

「離せイリス!」

「お願いです陛下! ケティは私の大切な侍女であり友人なのです」

「うるさい! 俺とこの侍女、どちらが大事だ!」

「え? それは勿論ケ――」

 ヴェリオルがイリスの手を振り払い、ケティを高く持ち上げる。

「陛下!!」

 イリスが必死の形相で、投げられまいとケティの服を掴んだその時――。


「ふぇ? 陛下……?」


 二人の動きがピタリと止まる。

 ドレスがはだけ下着が丸見え状態のケティが、小さく欠伸をして目を開けた。

 ケティは目を擦りながら首を巡らせ、見付けたヴェリオルをボーっと見下ろす。


「あー、陛下。夢の中にまで出て来るとは、図々しいでございますねぇ」


「…………」

「ケティ……!」

 ヴェリオルはイリスがギュッと掴んでいるドレスを引きちぎり、下着姿のケティを片腕で荷物のように抱えた。

「陛下!」

「女性に乱暴とは最低男でございます。気色悪いでございます。気色悪いへんた……うー、お腹が苦しい、苦し……うえぇ!」

「黙れ! そして吐くな!」

 床に転がる酒瓶を蹴飛ばしながらヴェリオルは隣接するケティの部屋に向かい、ドアを開けて思い切りケティを中に放り投げた。

 イリスが甲高い悲鳴をあげる。

「なんて酷い!」

「酷いのはどちらだ!」

 力いっぱいドアを閉めてヴェリオルはベッドへと戻り、涙を浮かべるイリスを抱きしめた。

「心配せずとも侍女はベッドの上に投げてやった。怪我などさせてない。それより――」

 イリスの顎をヴェリオルが指で持ち上げる。

「俺に何か言う事があるだろう」

「…………?」

 イリスはケティが無事だと分かり、ホッと涙を指で拭いながら少し考えた。


 言う事……。


「こんな所で油を売っていないで、早くメアリアさんの元に行って下さい。きっと待って――」

「違う!」

 間近で怒鳴られ、イリスがビクッと身体を震わせる。

「お前は……本当に変わっているな。皆、寵愛を得るのに必死なのに。それに……」

 ヴェリオルがイリスのほつれた髪を、すくい上げるように撫でる。

「俺が……俺が他の女を抱いても、嫌だと思わないのか?」

「え? 思いません」

「即答するな!」

 ヴェリオルが腕に力を込める。

 その力の強さに眉を寄せながら、イリスは更に続けた。

「どんどん他に行って下さいませ。お世継もまだなのですから」

「……お前が産もうとは思わないのか?」

「え……!?」

 想像もしなかった言葉を言われ、イリスは目を見開いて激しく首を振った。

「冗談じゃありません!」

「いるかもしれんぞ、この腹に」

 ヴェリオルの手がイリスの下腹を撫でる。

「…………!!」

 サァっと血の気が引いた。

 確かに、少し前まで何度もヴェリオルの相手をしてきたのだから、そういう可能性だってある筈だ。

 イリスが真っ青になって視線を彷徨わせる。

「ど、どうしましょう……」

 救いを求めるようにカクカクと首を動かし辺りを見回すイリス。

 ヴェリオルはそのあまりの動揺ぶりに、思わず溜息を吐いた。

「まあ、あり得ないけどな」

「……あり得ない?」

 ハッと正気を取り戻したイリスがヴェリオルを見上げる。

「面倒を避ける為、子は妃にのみ産んでもらう。その為の対策は、しっかりとしている」

 対策……、具体的に何をしているのかは分からないが、とにかく子が出来ている可能性が無いと分かり、イリスはホッと胸を撫で下ろした。

「そうですか、良かったです。……でもそんな事、教えてよいのですか?」

 後宮に居る側室は、イリス以外皆『王の子』を身籠る事を目標としている。

 もし子が出来る可能性が無いと分かれば大騒ぎになるだろう。

「内緒だぞ。この事は、ごく一部の者しか知らないからな」

「ええ!? やめて下さい。こう見えて私、口が軽いのですよ。それに、国の秘密を知るというのは危険です。私を巻き込まないで下さい!」

「お前な……」

 深い溜息をヴェリオルが吐いた。

「それならば早くメアリアさんを王妃にして、世継を産んでもらって下さい」

「王妃?」

 ヴェリオルが鼻で笑う。

 その愛妾へのものとは思えない態度に、イリスは首を傾げた。

「王妃候補なのでございますよね?」

「それがどうした」

「……足繁く通っていると――」

「だからなんだ」

「…………」

「…………」

「……は?」

 ポカンと口を開けるイリスに、ヴェリオルはもう何度目か分からない溜息を吐く。

「もういい。他の女の話などするな」

「え……?」

 驚くイリスの頬に、ヴェリオルの唇が触れる。

「イリス……」

「え、え、陛下?」

 ヴェリオルは、イリスの頬に唇に首筋に、口付ける。

「イリス、イリス、イリス……」

 壊れ物を扱うように優しく押し倒され、イリスはヴェリオルが何をしようとしているのか気付いた。

「な、な、なーー」

 イリスが大きく息を吸い込み、次の瞬間、絶叫が部屋中に轟いた。


「何故でございますかぁあぁあーっ!?」






「キャアー!!」

 イリスの部屋のドアが勢いよく開く。

 自室から下着姿で飛び出して来たケティは、絶叫しながらイリスの眠るベッドへと走った。

「イリス様イリス様イリス様!」

 掛け布の上からバンバンと叩き、薄く目を開けたイリスにケティは自分の腕を見せた。

「見て下さい! 腕にまるで掴まれたような跡が、指の形までくっきりと! こ、こここ、これが噂の『霊現象』でございますか!? 後宮に住んでいた側室達の怨念が集まり巨大な霊の塊となって襲ってくるという、あの噂は本当だったのでございますね! こーわーいーでーごーざーいーまーすー!!」

「…………」

 イリスは額に手を当てて身体を起こした。

「あれ? イリス様、何故裸なのですか? それも霊現象でございますかねぇ」

「…………」

 イリスはうなだれ、深く深く溜息を吐いた。


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