第14話
『午後は外出をお控えください』
昼前に女官長が部屋に来て、そう告げた。
それはつまり、午後に新しい側室が後宮に入り、各部屋を挨拶の為に訪問するという意味である。
どんな側室が来るのか――。
今までは新しい側室が来てもさして興味が無かったが今回は違う。
家に帰れるかどうかが掛かっているのだ。
イリスはソワソワと何度もドアに視線を向け、ケティは落ち着きなく部屋の中を歩き回った。
「まだでしょうか、イリス様」
「そうねぇ」
「ちょっとドアを開けて、覗いてみますか?」
イリスの返事を待たずにケティがドアに向かった時――、ノックの音がした。
「…………!」
「…………!」
ケティが立ち止まり振り向く。
イリスは緊張した面持ちで立ち上がった。
「ケティ」
「はい」
ケティが頷いて小走りでドアに向かい、一度深呼吸をしてドアノブに手を触れる。
静かにゆっくりと、開けられるドア……。
「失礼致します」
女官長が一礼して部屋に入ってくる。
そしてそれに続き、部屋に入ってきた新しい側室。
「まあ――!」
「はうっ――!」
イリスとケティはその姿を見た瞬間、思わず声を上げた。
美しい青色の瞳に長い睫毛。形の良い唇。
クルクルと巻いている金色の髪は、リボンで飾り付けられている。
背は小さめで、フリルがたくさん付いたドレスを着て、手には宝石付きの扇を持っていた。
想像以上に若く愛らしい。
まるで絵本に出てくる花の妖精のようだとイリスとケティは感嘆の溜息を吐いた。
「新しく後宮に入られた、メアリア・ロント様です。メアリア様、こちらがイリス・アードン様です」
女官長に声を掛けられ、見惚れていたイリスはハッとする。
「はじめまして。メアリアさん」
慌ててイリスは挨拶した。
「…………」
しかし、メアリアは扇を口元に当て、ジロジロとイリスを見るばかりで言葉を発しない。
「あの……、メアリアさん?」
イリスは戸惑い首を傾げる。
「……メアリア様」
見兼ねた女官長が小声で注意すると、メアリアは眉を寄せ、汚らわしい物でも見るような視線をイリスに向けた。
「あなたがイリス? 噂以上にブサイクね」
「は……あ……?」
メアリアが放った見た目とは真逆の辛辣な言葉に、イリスは唖然とした。
「あなたみたいな方の元に、陛下が通っていたですって? 本当は――」
メアリアは、扇をスッとケティに向ける。
「あの侍女が、陛下のお相手をしていたのではなくて?」
「え!? わ、私、でございますか?」
突然自分に話が及び、ケティは動揺してイリスに視線で助けを求めた。
「いえ……、確かにケティは他の側室方と同じくらい美しいですが、陛下のお相手はしておりません」
イリスが呆れつつ否定すると、メアリアは鼻を鳴らして口角を上げた。
「あら、そう? まあいいわ。私が後宮に入ったからには、もうあなた方は必要ありません。お勤めご苦労でした」
メアリアは踵を返し、部屋から出て行く。
「メアリア様!」
その後を女官長が慌てて追い掛けた。
「…………」
「…………」
残されたイリスとケティは顔を見合せた。
「……驚いたわ。迫力のある方ね」
「……そうでございます、ねぇ」
あっという間に帰ってしまった。
開け放たれたままのドアをケティが閉める。
イリスは大きく息を吐いて椅子に座り、戻ってきたケティがカップにお茶を注いでイリスの前に置いた。
「花の妖精って実在したのね」
子供の頃好きで、何度も読み返した絵本。
いつの日か会えると信じていた妖精に、このような場所で出会うとは思ってもいなかった。
「イリス様ぁ、私、メアリア様を見た瞬間、危うく性別を超越した愛の世界に旅立ちそうになりました」
ケティの告白に、イリスは大きく頷いた。
「それは仕方ないわ。私もクラクラしたもの。それにしても……、あの挑戦的な瞳。やる気がみなぎっていたわね。期待していいのではないかしら」
「はい。期待出来ます」
イリスは、ヴェリオルとその横に並んだメアリアを想像し、笑みを浮かべた。
「陛下と並んでも遜色がない容姿、王妃に相応しい家柄、あの性格ならば陛下の癖にも見事に対応してみせるでしょう。なんてお似合いな二人なの」
「そうでございますねぇ」
イリスとケティは頬に手を当て、同時にほぉっと溜息を吐いた。
その夜、ヴェリオルは新しい側室の元へと行った。