第12話
溜息を吐くイリスをヴェリオルは抱き寄せた。
腕枕をされた状態にイリスは軽く眉を寄せ、距離を取ろうとするかのように、ヴェリオルの裸の胸に手を付き身体を反らす。
「イリス……」
不満げな表情のヴェリオルを見上げ、イリスは懇願した。
「どうか、他の方の所に行って下さい」
「またそれか」
ヴェリオルの指が、戯れるようにイリスの髪をクルクルと巻き取る。
昼間は結い上げているイリスの髪は下ろすと長く真っ直ぐで、ブサイクなイリスの唯一綺麗と言える部分だ。
巻き取った髪は、ヴェリオルの指からサラサラとこぼれていく。
「シュイさんはいかがでしょう? あのお胸は素晴らしいですわよね」
いつも大きく胸の開いたドレスを着た側室を頭に浮かべながらイリスは言う。
「イリス……」
不満を表すかのように髪を軽く引っ張られ、イリスは首を傾げた。
「お気に召しませんか? ではカバレさんは? あの厚い唇は、色っぽいですわよね。陛下も思わず吸い付きたくなりますでしょう?」
「イリス……!」
強引に引き寄せられ、イリスの頬がヴェリオルの肌に触れる。
「陛下……?」
「俺は今、お前を抱いたばかりなのだぞ」
「それがなにか?」
「…………」
ヴェリオルが口をつぐみ、イリスの耳には規則正しい心音がだけが響いた。
イリスは静かに息を吐いて、ぐったりとヴェリオルに凭れる。
そして考えた。
顔も身体も素晴らしい側室達の元に、どうすれば行ってもらえるかと。
陛下は他の側室達に何か不満でもあるのかしら。
それとも……やはり、普通では満足出来ない変態なのかしら……。
そこでハッとイリスは思い付いた。
「そうですわ!」
イリスの大きな声に、眠りかけていたヴェリオルが目を開ける。
「なんだ?」
イリスはその目をキラキラと輝かせ、ヴェリオルを見つめた。
「新しい側室です」
「……な、に?」
自分を拘束する邪魔な腕を力を入れて退かし、イリスは身体を上にずらして眉を寄せるヴェリオルを見下ろした。
「新しい側室を後宮に入れられてはいかがでしょうか?」
イリスの髪が、ヴェリオルの頬をくすぐる。
「…………」
一瞬、何を言われているのか理解出来ずポカンと口を開けたヴェリオルだったが、イリスの目をじっと見つめながら、徐々に表情を険しいものへと変化させていった。
「イリス」
「はい?」
ヴェリオルはイリスの腕を掴み、乱暴に二人の身体を入れ替える。
「必要ない」
「必要です」
即座に返ってきた言葉に、ヴェリオルの身体がぴくりと動いた。
「今居る側室は皆、少々年齢が高めでございますでしょう? 若く美しい子を後宮に入れ、陛下好みに仕立てあげれば良いのです」
素晴らしい考えだと言わんばかりに笑うイリスの肩を、ヴェリオルが掴む。
「え……」
加えられた力の強さに、イリスは驚き眉を顰めた。
「お前は……、どうしてそんな……!」
ヴェリオルは震える声でそれだけ言うと、目を閉じて何度も深呼吸を繰り返す。
「陛下……?」
苦しげな様子に首を傾げ、イリスが手を伸ばした時――。
突然、ヴェリオルは身体を起こし、ベッドから降りた。
「陛下? どうなさいました?」
イリスも身体を起こす。
「…………」
ヴェリオルは無言で服を身に付けた。
「陛下? ――あぁ」
イリスは気付き、パンッと手を合わせる。
「他の側室の所に行かれるのです――!」
一瞬の出来事。
ヴェリオルを見ていた筈の目は、天井を見つめていた。
押し倒されたと分かったのは、心臓が十回も動いた後。
頬と頬がべったりと付き、ヴェリオルの表情は見えない。
「後悔、するがいい」
イリスの耳に低く囁かれる言葉――。
ヴェリオルは素早く身体を翻し、部屋から出て行った。