第10話
「イリス様!?」
グラリと傾いだイリスの身体をケティが支える。
「大丈夫。ごめんなさいケティ。あまりの衝撃に眩暈が……」
「イリス様ぁ」
イリスは目を開け、すぐ傍まで来ているヴェリオルに視線を向けた。
「何故ですの?」
「――何故?」
ヴェリオルは片眉を上げ、ケティを押し退けてベッドに座った。
「来てはいけなかったのか?」
「いけません」
「……ほぉ」
ヴェリオルが目を細める。
「帰るのが遅くなります」
「帰る……?」
からかうように言って首を傾げるヴェリオルに、イリスは眉を寄せる。
「一年後には、帰していただけるのでしょう?」
「確かに、最低一年は帰れぬと言ったが……な」
ヴェリオルはケティに視線を移し、軽く手を振る。
「下がれ」
「え……」
戸惑い動けないケティに、ヴェリオルは再度手を振る。
「二度言わすな」
「…………」
ケティがイリスを見る。
イリスは溜息を吐いて、ケティに「下がっていいわ」と告げた。
イリスを気にしつつケティが自室に入ると、ヴェリオルはベッドの上で行儀悪く片膝を立てた。
「陛下……」
「なんだ?」
イリスが額に手を当てる。
「顔も身体も美しい、他の側室のところに行っていただけませんか?」
「何故?」
「私の心が保ちません。なにより早く家に帰りたいのですが」
「成る程」
ヴェリオルはクククッと肩を揺らして笑う。
「お前は本当に面白いな」
伸びてきた手がイリスの頬に触れた。
イリスはその手を避けるように身体を引く。
「……陛下は初めてお会いした時と、随分印象が違いますわね」
「ああ……」
ヴェリオルは、逃げるイリスの髪を一房手に取る。
「国王らしくしろと、うるさい奴がいるからな。お前は――」
そして、その髪に唇を寄せた。
「国王らしい俺と今の俺、どちらがいい?」
上目遣いで訊いてくるヴェリオルに、イリスは溜息を吐いて、きっぱりと答えた。
「どうでもいいです」
「………」
「それより、もう来ないでいただきたいのですが――陛下?」
突然、夜着を引っ張るヴェリオルに、イリスは驚く。
「陛下! やめて下さい。破れます! あっ! あっ!」
イリスの抵抗虚しく、薄い夜着は簡単に裂けてしまった。
「ああー!」
この夜着も、家に帰った後に売るつもりだったのだ。
「なにをなさいますか! 勿体ない!」
憤慨するイリスを尻目に、ヴェリオルは破った夜着を床に投げつけた。
「こんな物、欲しければいくらでもくれてやる」
「え……?」
イリスが目を見開く。
ヴェリオルは固まったイリスの身体を強引に抱き寄せ、耳元で囁いた。
「なにが欲しい? ドレスか? 宝石か? 珍しい鳥や外国の菓子はどうだ?」
「…………」
「俺に手に入らない物はないぞ」
「………」
「好きな物を、好きなだけやろう」
「…………」
好キナ物ヲ好キナダケ……。
イリスがじっとヴェリオルを見つめる。
「陛下……」
やがてイリスは、縋り付くようにヴェリオルの胸に手を触れた。
「では、ドレスと宝石を」
ヴェリオルが口角を上げ、イリスの髪を手で梳く。
「ああ、用意しよう」
「――頂戴して、家に帰してほしいです」
「…………」
イリスとヴェリオルが見つめ合う。
「イリス……」
「はい?」
ヴェリオルはスッと息を吸った。
「駄目だ!!」
イリスはヴェリオルの怒声に眉を顰め、負けじと声を荒げて反論した。
「何故ですの!? 欲しいものを言えとおっしゃったではありませんか!」
「意味が違うだろう!」
「違いません!」
「違う!」
「国王陛下ともあろう御方が、嘘をお吐きになるのですか!?」
「…………!!」
ヴェリオルは頬を引きつらせながら、イリスの顎を掴んだ。
「お前は……!」
互いの額を付ける。
「本当に……面白いな!」
唇が寄せられ、身体が倒される。
イリスの悲鳴が部屋に響いた。
翌日、イリスの部屋のドアの前には獣の生首が置かれていた。