リハーサル
ライブハウスでのイベントまで残り1週間を切った。
リハビリを兼ねてのエレクトーン教室に通う日々、だいぶ感覚も戻ってきた。
浅倉から提示されたBase Areaの定番曲(次のライブで演るであろう曲)も譜面なしで弾けるまでになった。
今日は僕と浅倉、お互いの進捗状況を確認する為に練習スタジオに集まることに。
「お待たせ」
「今、さっき来たとこですよ。さ、入りましょう」
スタジオはビルの地下にある。
浅倉が予約してくれた。
どんなところだろう?
「あれ?真っ暗だけど」
「??」
「もしかして今日休みじゃない?」
「そんなはずは…あ、日付間違えて予約した…」
やっちまったってやつかorz
日を改めるとしてもライブまでもうすぐだし。あ、そうだ。
「僕が通ってるエレクトーン教室で確認しようか?」
「え?大丈夫なんですか?」
「電話して確認とるよ」
来てもらって問題ないとありがたいお言葉頂けた。
「そうと決まれば行こうか」
電車と徒歩で1時間ほどかけて到着。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
「先生、無理言ってすいません」
「いいのよ、私も見学したいし」
「お、お邪魔します…」
「あなたが噂の松本くんのゴーストライター?」
「先生!ゴーストライターは言い過ぎ!」
「そっか、まだ曲貰ってないよね(笑)」
浅倉は気まずそうな顔で会釈するのみ。
まずは僕の練習の成果を見てもらう。
浅倉から提示された3曲は、
アップテンポの“Say You Love Me”
ミディアムテンポの“Bright & Dark”
バラードの“Just A Dream”
この3曲を続けて演奏する。
タイプは違うが3曲共に人気曲らしい。
この3曲のうち必ずどれかは演奏されるであろうというのが浅倉の読みだが、問題は演奏される順番だ。
初っ端からこの内のどれかが演奏されると頭から乱入しなくてはならないし、最悪の場合、演奏が止まってしまう可能性がある。お客さん側からしてもサプライズ感が薄くなる。
そうなるとライブ自体をぶち壊しかねないし、仮に演奏を止めずに流れを重視したとしても、さすがにアドリブでその場を凌げるほどの力量には達していない。
ライブの途中で乱入して1曲演奏して「アイツ誰だ?」感を残して去るのが一番ベストな演出なのだ。
そこまで都合よくいくかどうかは賭けでもあるのだが…。
さすがにBase Areaのメンバーに当日のセットリストなど聞けないし。
3曲弾き終わった。
自分的には問題ないが、浅倉の判定は?
「演奏は問題ないですが、目線が終始下を向いてるのが気になりますね」
確かに覚えるのに必死でそこまで余裕なかった。
「ロックバンドだし、多少は観られることも意識したほうがいいかも」
先生からも貴重なご意見頂戴しました。
これらを踏まえて本番まで再調整していこう。
次は浅倉の作った曲を聴かせてもらう番だ。
僕がメンバーに入れなければ彼女の書いた曲は無駄になるのだが、そんなことお構い無しなのか、それとも僕がメンバーになる確信めいたものがあるのか、当初の予定通り彼女は曲を作ってきた。
「2曲作ってきたので連続して聴いてもらいます」
リズムは打ち込みで歌メロは鍵盤で弾いている。ギターの音色はシンセだろうか?僕が聴いたBase Areaにはないタイプの曲で、どちらかと言えばきらびやかでポップ寄りの曲だ。
2曲目はバラードで大仰な曲というか、語彙力なくて申し訳ないが宇宙的な曲だ。
「どうですか?」
「いや、どっちも凄いよ」
「ありがとうございます」
「楽器出来ないって言ってたけど、全部打ち込みなの?」
「まぁ、多少は弾けないこともないです」
「こんな凄いの聴かされたら何が何でもメンバーにならなきゃってなるね」
浅倉の本気度に応えるためにもやるしかない。
「この2曲が採用されたらバンドの方向性が変わりそうだよね」
先生から冷静な指摘が入った。
確かにバンドのこれまでの路線とは大きく異なる。音楽性の幅を広げるなら新たなソングライターが加わるのは良いことだとは思うが、これまでのファンが着いてきてくれるかどうかまでは未知数だ。
「作曲者の割り振りが7:3くらいなら問題ないと思います」
浅倉は3のほうを担うつもりで言ったのだろうが、それが逆転して7になったらバンドの方向性もそうだが、メンバー間の力関係が変わってくるし…。
「とにかく僕がメンバーにならなければ先はないんだから、頑張る!とにかく頑張る!」
こう言ってこの場を収めた。
「あ、それと当日の名前ですけど」
「名前って何?本名じゃなくて?」
「身バレしたらマズいかなと思って」
確かに知り合いが来る可能性もあるし。
でも、久保は絶対に来るよな。
まだ、知り合いと呼べるような間柄ではないのが悲しいが。
「松本哲哉なので、T28にしときました」
「何そのターミネーターみたいな名前?」
「テツヤだからT28」
「いや、それは解るけど」
「M2M10T28のほうがよかったですか?」
「それだと完全に何かの機械だろ(笑)」
この日から僕のステージネームはT28に決まった。




