恩師との再会
バンド加入を目指し、まずは数年のブランクを埋めるべく、以前通っていたエレクトーン教室に向かった。
「こんにちは」
「あ、松本くん久しぶり!」
「山田先生ご無沙汰してます」
小さい頃からお世話になった山田先生。
優しくておおらかでユーモアがあって、音楽の楽しさを彼女から教わった。
中学入学を機に辞めるとなったときは、正直うしろめたい気持ちになったが、「いつでも遊びに来てね」と笑って送り出してくれた。
バンドがきっかけとはいえ、こうやって戻ってくることが出来て嬉しく思う。
「電話で聞いたけど、バンドやるって本当なの?」
「はい、まだやるかどうかまでは分かりませんが」
「ん?それはどういう意味?」
「えっと、オーディションみたいなものがあって、バンドメンバーに認められたら加入できるみたいな話になってて」
「何かよく分かんないけど、また音楽やるみたいで先生嬉しいよ」
「しばらくお世話になります」
「厳しくいくから覚悟してよね(笑)
とりあえずは勘を取り戻すべく運指の練習から始めよう。
あれ、なかなか指動かないな。
数年弾いてないだけでこうなるのか。
「松本くん、全然ダメじゃん(笑)ちゃんと指のストレッチしたの?」
忘れてた…。
基礎すら忘れてる。
こりゃ先生に徹底的にしごいてもらわないと。
休憩中、先生との近況報告。
「高校生活はどう?」
「勉強も何とかついていけてます」
「バンドやるってことは余裕が出てきたのかな?」
「いや、自分からやろうとしたわけではなく、ある人から頼まれたというか、成り行きでそうなって」
「でも、やりたくないならやってないよね?」
「そうですね、カッコ良く言えば前に進むためにバンドをやる、そんな感じです」
「てことは、ホントはカッコ悪い理由なんだ?」
悪そうな顔して言われた。
教え子のことは手に取るように解るようだ。
いやはや、おみそれしました。
「バンドに加入出来たらカッコ悪い理由もカッコ良くなりますよ」
「言うねぇ」
先生とは練習も一生懸命やったけど、こんなふうにざっくばらんに話せる関係だった。
歳の離れた姉のような存在だ。
「今って生徒どれくらいいるんですか?」
「松本くんが通ってた頃に比べたら随分減ったかな。昔と違って習い事たくさんあるから、音楽に進む子も少ないんじゃないかな?」
どの道でもプロになるのは厳しいとは思うけど、音楽の世界は狭き門だし、プロになれても音楽だけで食べていけるとなるとさらに一握りの人間だけだもんな。
バンドに加入したとして、その先まで考えてない。
Base Areaはおそらくプロを目指して活動してるとは思うけど、そんな中に僕のような人間が入ってもいいのだろうか?
好きな女の子と付き合いために利用してることになるのだが。
浅倉はその先まで考えているのだろうか?
それを浅倉本人に聞くのは早計だろうか?
うーん…。
考えるのはやめよう。
今は練習あるのみ。
なるようになる。
「それじゃ、今日はここまで」
「ありがとうございます」
「ちゃんと自主練もしといてよ」
「分かってますって(笑)」
練習頑張ったから小腹減ったな。
どこかで食べていくか。
帰りにファストフード店に寄ることにした。
「チーズバーガーセットで」
「かしこまりました」
「どこか空いてる席は…」
座席を探してると友達といる久保を見つけた。
やましいことは(現時点で)ないのだが、少し遠目の位置から彼女が見える座席に座った。
なんかアクティブな格好してるけど、どこか行ってきたのかな?
「ナオのギター今日もキレッキレだったよね」
全神経を耳だけに集中させ、久保とその友達との会話を聞いた。
ん?ナオってBase Areaのギタリストか?
今日ライブだったの?
慌ててスマホで彼らのHPを開いた。
あ、インストアイベントあったのか。
インストアイベントとは、主にレコード店でCDなどの商品を購入してくれた方に対して、握手会やサイン会を開くことだ。
イベントスペースで無料ライブをやることもある。
Base Areaはプロではないアマチュアのインディーズバンド。
そんな彼らがインストアイベントを開けるくらいだから、そこそこの人気はあるのだろう。
バンドとの接触イベントだし、バンギャの久保なら当然参加だよな。
てことは、僕がバンドメンバーになったら、インストアイベントにも出ることになるのか?
どうしましょ?!
何かいろいろ変なことを妄想してるうちに久保と友達は帰っていった。
分かったことはナオのギターはキレッキレだということだけ。
キレッキレという表現自体あまり聞かないのだが。
そこんところは浅倉にも確認してみるか。
少しは女の子の気持ちが解るかもしれないし。
あ、このチーズバーガー、ピクルスはいってないやん…。




