夏休みだけの僕のトモダチ
都会でも田舎でもない、中途半端な栄え方をした街に父方の祖父母の住居があった。
夏休みの1週間から10日を、祖父母の家で過ごすのが、僕の毎年のお決まりだった。
緑が無いわけではないが、入れる程に綺麗ではない大きな河川が、僕のいる県と、隣の都との間に横たわっていた。
僕は、ここで、木陰で休むふりをして、とあるトモダチを祖父母の家にいる間、待っていた。
夕方、陽が落ちるかどうかのギリギリの時刻に、この川のふちに現れる、僕だけのトモダチ……。
「……あ、おい! おぉーい!!」
「あんだ、またおメェさんか、ボウズ」
両手両足には水掻きがあり、頭のてっぺんは丸く髪がなく、こめかみ辺りから藻のようなものが生えていて、耳は陥没して孔しかみえず、背は甲羅のように歪み出っ張っており、身長は僕よりずっと低い。1メートル位だろうか。全身は赤茶けヌラヌラ濡れている、川に住んでいる男の子。
ーー僕は、彼を待っていた。
「カワタロウ!!!」
「……俺に名前なんて上等なもんはねぇ、っつうのに、きかねぇガキだなぁ」
ーーそう。僕のトモダチは、河童と呼ばれる異形のモノだった。
「妖怪事典でちゃんと調べたんだよ、河童のきみは、名乗らないならカワタロウ、ってよぶんだって!」
「俺ぁ、自分の名はねぇ。合羽ってのは、羽織るもんだろ」
「ちがうよ、レインコートじゃなくって、河にいるワラベ、って書いて、河童!」
「川の……童子……そぉか、そりゃあ、俺だなぁ……」
「カワタロウ! 今日は何しようか、スモウに花火に……、あ、そうだ溶けちゃう前に」
僕は、小さなアルミバッグに保冷剤を入れて持ってきた、ラップをした氷を取り出す。
「これ、カワタロウ、知ってる?」
「は、こりゃ……えらい……もんだ」
ラップに包まれた氷を見せると、カワタロウが身を引いた。どうやら、珍しかったらしい。
「夏場に……こんな……透いた氷……、おめ、なにもんだ、お貴族様か? お武家様か? 地主様か? こりゃ、えれぇ、ご無礼を……。どうか、賤しい身の浅慮をお許しくだせぇ」
「え? な、なんでそんなに謝るの? いいよ、いいよ、地べたに座らないで! これ、冷凍庫から持ってきただけだよ、珍しくないんだよ?!」
「は、れいとう……そりゃ、やっぱし、えれぇ……氷室持っていらっしゃるなんて、やっぱし、やっぱしお育ちが良いお坊っちゃまであらっしゃる……」
川辺の地べたに曲げにくそうな身体を一所懸命に折って、カワタロウは僕により深く頭を下げて来た。
「ちがう、違うったら! あやまんないでよ、ねえ!!」
僕は、慌ててカワタロウに駆け寄って、身体を起こして貰うよう、頼み直した。
「は、坊っちゃま、お手が汚れますゆえ御離しを……」
「ちがうちがう、僕はフツーの子なの、今は、皆の家に冷蔵庫があって冷凍庫もくっついてて、ヒムロ? は珍しくないんだよ!」
「……は……そりゃあ……真実で……?」
カワタロウが、上目蓋の無い眼をまぁるく見開く。濃い深緑色をした縦に長いその瞳孔の色味が、神秘的な碧の虹彩のグラデーションが、とってもキレイで……僕の触れたカワタロウの皮膚は、なんだか痛そうでもあった。
「カワタロウ、身体、痛くない? なんだか、僕が小さい頃にしちゃった、ヤケドの跡みたいだよ」
僕はぬるつく自分の利き手で半袖をまくって、自分の身体についた、寝転んだとき蚊取り線香に触れてうっかりついてしまった、小さなヤケドの痕をカワタロウの目の前に差し出して見せた。
「……はは、火傷、かぁ、なら、まぁ……諦めもつくっつぅ、モンだったろぅにねェ……」
カワタロウは、目線を僕らの下の川へ落とした。ヤケドだと僕が思ったカワタロウの皮膚は、違う理由で傷付いたらしかった。
「ごめんね、カワタロウ、なんか、ツラいことあったんだね、僕じゃ分からないこと……」
「……あやまんな。ガキはガキでおんのが孝行の時代になってんだろォ、おメェさんが言ったんじゃねェのかい。それよか、その、……氷を見してくんねェか」
カワタロウは、僕の横のアルミバッグの氷を知りたそうにしていた、興味津々といった様子だった。
「あ、これ、ね。……待って、カワタロウ。僕、もう1つ持ってきている物があって。これで氷を削るんだよ」
僕は大振りなリュックサックから、小さめのかき氷器とペットボトルにうつしかえたイチゴとレモンとブルーハワイのシロップを3本、そして使い捨ての深さのついた紙のカップを取り出した。
「まぁた、妙ちきりんなモン、出すなぁ」
カワタロウが何もかもに新鮮な表情をして驚いてくれるので、僕は嬉しくなって、彼のところに様々な遊び道具や食べ物を持っていっていた。
氷とかき氷器、シロップもその内の1つだったのだ。
「見てて! 今から、かき氷を作るよ!!」
「かき氷……、削り氷か……? 手で削らねぇで、その妙ちきりんなモン使うのか」
「けずりひ……? 分かんないけど、とにかくかき氷、作るから。氷を、かく、んだ、こうやって」
僕は持ってきた氷に巻いたラップをベリベリ剥がし、かき氷器の中にいれて、下に紙カップを置くと、上部のハンドルを回した。
ガタガタとかき氷器が揺れて、粗く氷が紙カップに落ちていく。
カワタロウは、眼を見開いてその様子を見ていた。
「こりゃ、氷を回しながら、氷の底をぶっつけて刃で削ってんのか……へぇェ、おもしれェなァ……」
カワタロウは、なんでも、理解するのが早かった。
出来上がったかき氷にどのシロップをかけるか聞くと「そのまんま喰ってみてェ」と言って、木製スプーンを勧めたのに水掻きのある手でかき氷を鷲掴みにして、ジャリジャリと食べ出した。
「……ひゃっけぇ、贅沢だなア……!!」
カワタロウは、嬉しそうに無邪気に笑った。
こういうとき、本当に同い年ぐらいの男の子なんだなぁ、と僕はカワタロウについてしみじみ思うのだ。
僕がブルーハワイのシロップのかき氷を食べて舌を出して見せると、カワタロウはやっぱり、おんなじ男の子だと感じられるような、大きな笑い声を、上げてくれたのだった。