第三話
いつまでそうしていただろうか、常に仄かに発光し、温かく清浄な空気を循環させる真っ白なこの空間では時間の感覚がわかる物が何も無い。
数分だったのか、数時間だったのか。
俺のラジカセは中古品だった事もあり、古いタイプだ。時計の機能など余計な物はなく、ラジカセとして最低限の機能のみである。
本に関しては何の変哲もないただの本である。内容も既に何周も読み直している為、もはや情報も何も無い。
そのうち破いて紙飛行機にでもしようと思う。
ラジカセから流れる曲は、何度も何度も繰り返され、俺の耳にこびりつくように響いていた。
それが不快なわけではないけれど、さすがに飽きが来る。
「……これ、いつまで流れるんだ?」
俺はぼんやりと呟きながら、ラジカセの前に座り込んだ。
曲の終わりが近づくたびに同じ曲が再び自動で流れる、しかもご丁寧に終わりと最初が繋がるように編集されたエンドレスタイプの物がである。最初こそ物珍しさで聞き入っていたが、その繰り返しにだんだんと退屈さが増していった。
「時間が経ってるのかもわからないし、他にすることもないし……」
空間に対しての感覚が全く分からず、ただただ白一色の中にひとりきり。
一度、部屋の隅を見回してみるが、そこにあるのはただ無機質な白さのみ。
何もない。
何もないなかで、ただラジカセの音だけが響く。
「こんな状況、慣れるわけないだろ……」
ため息をつきながら、俺は座り込んだまま手を膝に置いた。
俺は”薄い壁の部屋の中で、外の喧騒を聞きながら一人で居ること”には慣れていても、”常に発光する真っ白な空間で同じ曲を聴き続けながら一人で居ること”に耐性はまったく無い。
慣れるわけもない。
そうだ、ここにいるのは俺だけなんだ。
これが“神の部屋”というものだとしたら、ちょっとだけ期待していた“悠々自適”という生活とはかけ離れている。
それでも、まぁ贅沢を言っても仕方ない。
少なくとも、食べ物の心配はないし、金を稼ぐ必要もない。
でも、それにしてもこう、何もすることがないのは、やっぱり気持ちが沈む。
役割の話を本で目にしていたせいか、窓際族という単語がよぎったが頭を振り払った。
しかししばらくはその考えは頭から離れることは無かった。
他に出来ることが無いのもそうだが、立派なワーカーホリックである。
◇
しばらくして、窓際族について考えることに飽きた俺は別のことを考えることにした。
その時、ふと思った。
この“神の部屋”の外には、何があるんだろう。
神様の話の流れ的に俺は八百万の神になったのだろう。それに例として人間が作った物にも宿る風な話もしていた。
つまり、この部屋には外があってしかるべきである。
なのでその光景を見たいと切実に思った。
それとも、俺が知らないだけでこの部屋から出る方法があったりするのか?
「……少し、外を見てみたいな」
ぽつりと呟いたその言葉に反応したのか、どこからともなく、この真っ白な空間の一部……目の前が四角く裂け、そこから外の景色が映し出された。
まるで窓が開かれたような感覚。視界がぱっと広がると、草原と青空、静かな風景が広がっている。
その景色は、まるで目の前に広がる窓の外を覗いているかのようだ。
俺はその光景に見入った。穏やかな風が草を揺らし、青空を漂う雲がゆっくりと流れている。
「……なんだ、これ?」
自分の目の前に広がる風景は、どこか夢の中のようで、でも確かにそこに存在している現実のような気がした。
それでも、何かが違う。
視線を少し動かすと、窓の向こうの景色も動く。その動きに合わせて、俺の視界が動く。
ただ、意識しているだけで、まるで自分の身体をそのまま動かすかのように、風景が広がっていく。
どうやら”人間(神)の一人称視点で窓から景色を見る方法”と”窓に視点を移して(?)三人称視点で直接景色を見る方法”があるらしい。
試しに両方の視界で景色を見てみたが、無限鏡みたいで気持ち悪くなったのですぐやめた。
「……これは、面白いな」
視界を三人称にして動かすと、今度は違う場所が映し出された。
どこか不思議な感覚があって、それが妙に心地よかった。
試しにもう少し遠くを見ようと意識を少し集中させると、何か見えない壁のような物に阻まれ進めなくなった。
不思議に思った俺は、そのまま見えない壁を伝って行った。
◇
調べてみた結果、どうやらこの見えない壁は円球状になっているようだ。
そしてその円球の中心点を何度も調べたが、毎回同じ小さな石が存在していた。
「……ってことは、たぶんだけど俺、あの小石の中にいるんだな」
中を見たいと意識すると、小石の内部がぼんやりと映し出された。
その中に、俺がいることが確認できる。
まさかの転生先が小石の神だということが確認出来た。
「……最も適合率の高い神が小石かよ」
そう呟きながら、乾いた笑いが出る。
別に不満は無いし、神の器でも無いと俺自身思っていたが、改めて現実になると来るものがあった。
視界を一度戻す。
外の景色は変わらず、草原が広がり、空が青いままだ。
けれど、自分がその小さな石の中に存在していることが、今ははっきりと理解できた。
立派な進歩である。
「……どうでもいいけど、ちょっと外を見てるだけで、こんなに気が楽になるとはな」
そう言って、またしばらく窓の外を見つめ続けるのだった。