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軍人エルフと喫茶店  作者: かんひこ
第二章 夏、深まり
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九品目 レアチーズケーキと身内

「――ということがあってだな、今仕事場の部下に探ってもらってるんだよ」

「うへぇ、エリー全部言うねぇ」


 その日の昼過ぎ、エルフリーデは流石の暑さですっかり干からびそうになっていたレオナを自宅に連れ帰り、冷房に当たらせながら、先日のリヒテンベルク大佐の件について打ち明けた。


「でも、軍の高官からそういう動きがあるってのは、確かにちょっと怖いね。それも、相手はかの有名な英雄大佐。

 警戒するに越したことはないし、これからはわたし達、会う頻度減らしたほうが良いかもね」


 レオナの提案を、エルフリーデは即座に却下した。


「お前に死なれちゃ敵わん。頻度を減らす云々言うなら、一緒に住んでくれよ。お互い、唯一の肉親同士なんだから、さ」

「そう言ってくれるのはありがたいんだけどねぇ……気持ちだけ、貰っとくよ」


 エルフリーデは深いため息をついて、腰掛けていたベッドに仰向けに転がった。

 レオナは、いつもこうだ。こちらに迷惑をかけたくないのか、何度一緒に住もうと言っても一向に首を縦に振ってはくれないのだ。


(私の気も知らないで……)


 時折組織からはした金を貰いつつ、クズ拾いのようなことをして、一人、野良猫のような暮らしをし、毎夜安酒に溺れ伏している。

 このままでは、やがて身を滅ぼすことになるのは明白だ。それを、頭の良いレオナが分かっていないわけが無い。

 だと言うのに、この従姉はいつも腑抜けた笑みを浮かべながら、こちらの想いにきっと気づいているだろうに、飄々(ひょうひょう)とすり抜けるようにかわして、ふらふらとまたあの薄汚い路地裏のバラックへ歩み去っていってしまう。

 それがなんだか、無性に腹立たしくて仕方なかった。

 クラゲのようにゆらゆらと生き、こちらの想いを受け取ってくれないこの従姉が腹立たしくて、憎らしくて、むかついて、それでも大好きで仕方がないのだった。


(因果なもんだ。畜生、何もかも……クソ)

 

 堪らなくなって、エルフリーデは右手で顔を覆い、指と指の隙間から、古びた天井を呆然と眺めた。

 その視界に割り込むように、レオナが上から顔を覗き込んでくる。相変わらず、本心の見えない微笑みを浮かべて。

 そんな彼女の蒼い瞳を、そこに映る自分の顔を見たくなくて、エルフリーデは身体ごとそっぽを向こうと右へと転がり、レオナにくるりと背を向けた。

 直後、レオナはベッドにゴロンと寝転ぶや、背中からぎゅっと抱き着いてきた。


「暑い。離せよ」

「ふふっ、やーだよ」


 少しの間藻掻(もが)いたものの、すぐにそれすらも馬鹿らしくなってきて、エルフリーデはなされるままに力を抜いた。

 耳の後ろ辺りで、レオナの息遣いが感じられる。背中越しには、鼓動。


「……昔は、さ。よくこうやって一緒にじゃれ合ったりしたよね」


 不意に、レオナが口を開いた。

 エルフリーデが答えるでもなく黙っていると、胴に回していた腕に、ぎゅっと力が入った。


「復讐、やめない? わたしね、エリーが傷つくの、嫌なんだよ。もう、見たくないんだよ」


 真面目な声音の、鋭い言葉。

 それが耳に突き刺さった瞬間、初めて、レオナの気持ちが、気遣われながらも、それを無下にせざるを得ない哀しみが、分かったような気がした。


「…………ごめん」


 言って、エルフリーデは手を振りほどいて立ち上がった。


「ちょっと、出てくる」


 エルフリーデは振り返ることなく言い残して、逃げ去るように家を出た。



 *



 炎天下の街を、エルフリーデは駆けた。

 駆けて駆けて駆け抜けて、雑踏をかき分け、路地を抜け、捨てられたゴミを飛び越え、ただひたすらに、がむしゃらに駆けた。

 頭の中や、胸の奥にいる、このわけの分からぬ何かを振り払いたくて、駆けた。

 家を出ていく自分の背を、レオナがどんな目で見ていたのか、どんな顔をしていたのか考えたくなくて……ただ、彼女から離れたくて、エルフリーデはひたすら、その足を動かした。


 そうして気がつけば、いつものあの喫茶店の前にいた。

 額や首の汗を拭い、荒く息をつきながら、エルフリーデはその店構えをじっと見つめる。


(今のこんな姿を、店主には見せたくないな)


 だが、喉はひどく渇いていた。体温も上がっている。

 涼を取り、水分を摂らねばまずいと、経験則でわかった。


(これも……因果か)


 また、エルフリーデは汗を拭って嘆息すると、店のドアを押し開けた。



 *



「ごゆっくり、おくつろぎ下さい」


 注文した品を持ってきた店主は、気遣わしげな視線をちょっとだけこちらに向けてきたが、遂に何も言わずに、いつもの如く厨房へと去っていく。

 その背に、エルフリーデは心の中で頭を下げた。そうしてそっとしておいてくれるのが、何よりもありがたかったのだ。


 この時間は、一日のうちで最も気温が上がる。それ故に誰も家や今いる場所から出ようと思わないのだろう。

 往来を行く人は普段より少なく、店内も、見覚えのある幾人かの常連客が居るだけで、空席が目立った。


(ここは、良いな)


 静かに、心を落ち着けられる。熱を帯びたようになっている頭を、休められる。


 今日エルフリーデが注文したのは、レアチーズケーキとメロンソーダだった。どちらも、この暑さを和らげるには、丁度いい。


(頂こうか)


 一口、メロンソーダで口と喉を潤して、エルフリーデはフォークを持つ。

 そして一口大に小さく切り分け、ゆっくりと口へ運んだ。


(……美味い)


 しっとりとした、滑らかな舌触りと、それに対を成すようにほろほろと(ほど)けるように舌の上で崩れていく土台のクラスト生地。

 チーズの濃厚な甘みが、爽やかなレモンの風味を伴って、口の中に静かに広がる。

 メロンソーダを口に含めば、暑さを静かに忘れさせてくれるような清涼感がより増していく。

 美味しい。確かに美味しい――でも、何かが足りなかった。

 その何か、には、もう気が付いては居るのだが。


「因果なもんだ、本当に……」


 静かに呟いて、人知れずエルフリーデは苦笑した。

 後で、謝ろう。そうして一度、しっかり腹を割って話をしよう。

 そう心に決めて、エルフリーデはまた一口、チーズケーキを口に運んだ。



 その日、レオナは忽然と、書き置きすらなく姿を消した。

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