三十六品目 カフェオレと決別―中編
「……ルートヴィヒ?」
思わずそう声に出し、エルフリーデは目の前に引き立てられ、膝立ちにさせられた男をまじまじと見た。
両手を後ろ手に縛られ、目隠しをされ、口にはタオルのような物を噛まされているが、そこにいたのはオフィスで待っているはずの後輩、ルートヴィヒ・オーベルトに違いない。
エルフリーデの一言が聞こえたのだろうか。俯いていたルートヴィヒは驚いたように顔を上げると、こちらへ向いた。
「知り合いかい?」
不意に、歩み出てきたアルノーがそう声をかけてきた――瞬間、エルフリーデは己の浅はかさを呪った。
動揺から、思わず名を口走ってしまった。だが、もう後戻りはできない。
エルフリーデはぐっと歯を食いしばりながら、頷いた。
「私の、部下だ。後をつけてきたらしい」
アルノーは、眉根を寄せて呟いた。
「なら軍人か。……厄介だね」
「どうします? 始末しますか?」
アルノーの仲間の一人が拳銃を手にして近づいてくる。
アルノーは静かに頷くと、彼の銃に手を伸ばした。その、直後のことだった。
「アルノーさんが手を下す必要はないのでは?」
奥の部屋から、そんな言葉と共に一人の男が現れた。
まだ随分若い、少年のエルフ。その声を聞き、顔を見て、エルフリーデは息を呑んだ。
「エアハルト君、もう具合は良くなったのかい?」
アルノーにそう声をかけられたエアハルトは「ええ、もう大丈夫です」とにっこり笑って頷くと、目線をエルフリーデに向けた。
「お久しぶりです、エルフリーデさん。それに、レオナさんも」
久しぶりだな、と返事をする気は全く起きなかった。
(……ハメられた、か)
エアハルトが、傲慢だが切れ者であることは、以前の一件でよく知っていた。
この倉庫を拠点とすることも、今の状況を作り出したのも、もしかすると彼の策略の内なのかも知れない。そう思うと、寒気がした。
「それで、僕が手を下す必要がないというのは、どういうことかな?」
アルノーの言葉に、エアハルトは不気味な笑みを浮かべて頷くと、
「エルフリーデさん。彼女に処刑していただけば良いんですよ」
そう、大仰な身振りを加えて言い放った。
(小僧、よく考えたな)
エルフリーデは奥歯を噛み締めた。
自分の部下だった男を皆の前で殺せば、“組織”への忠誠を証明させられるし、それが無理なら裏切り者としてすぐにこちらを抹殺できる。
エアハルトからすれば、またとない復讐の機会だろう。
アルノーも、彼の提案に別段反対する様子もなく、頷いた。
「エリー、やってくれるかい?」
言って、アルノーはエルフリーデに拳銃を差し出した。
不安げな顔で、レオナがエルフリーデとルートヴィヒを交互に見る。
(……でもな、小僧。私には、仲間がいるんだ)
エルフリーデはレオナの肩を二度、ぽんぽんと叩くと、アルノーに言った。
「拳銃は要らない。音でバレる」
「なら、どうするんだい?」
「魔法でやる。先人たちが、やってきたように」
エルフリーデは椅子から立つと、ルートヴィヒの方へ数歩歩み出、右手を伸ばした。
(もう、後戻りは出来ない)
いや、もう随分前に、復讐鬼に戻れる地点は過ぎていたのだ。
脳裏に、上に集まっていたエルフ達の姿がよぎる。
傷つき、疲れ果て、それでも現状を変えるために集まった大勢の同胞たち。
(この選択で、あの人達を救えるか……)
でも、復讐では、きっと彼ら彼女らを救えない。そんな確信が、湧水のように胸の奥から湧き上がってきた。
覚悟が、定まった。
エルフリーデは、魔法を放った。
瞬間、辺りが白い煙に包まれた。




