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軍人エルフと喫茶店  作者: かんひこ
第四章 冬、戦い
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二十六品目 ブラックコーヒーと陰謀―後編

「そもそもの始まりは八年前、アダルベルト閣下が当時の軍主流派(武闘派)が擁立した候補を抑えて大統領に就任したことだった」


 老店主が去っていくのを待って、リヒテンベルクは話を切り出した。


「参謀将校や情報将校、軍外の官僚達から厚い支持を得ている大統領派と違い、旧主流派を支持し、構成しているのは現場叩き上げの野戦将校達だ。

 前線で実際に戦い、血を流している彼らがいるからこそ、旧主流派は政権を失ってもなおその権勢を維持出来ていた……つい、この夏までは」


 この夏に何があったか。エルフリーデは一瞬頭を巡らせて、すぐにその答えに行きつき、眉をひそめた。


「ゲッツ一派の解散、ですか」


 リヒテンベルクは頷いて、コーヒーを一口飲んだ。


「そうだ。国内のエルフ系武装勢力最大の組織であり、西部地域の帝政復古派の主力の一角を担っていた彼らの解散は、旧主流派の存在意義を揺るがすには充分過ぎる事態だった」

「そして、そこに追い討ちをかけるように入ってきたのが、今回のロートシュタイン王の死……」


 長らく連邦苛んでいた二つの大きな反政府勢力。

 連邦成立当時から旧主流派が軍部でその権勢を保ち、独裁的な国家運営を許されてきたのは、彼らが実際に戦場で二つの勢力と戦い、曲がりなりにも国を守ってきたからだ。

 しかし、その内一つは指導者が解散を宣言し、もう一つは指導者当人が死に、残された者達の多くも明らかに継戦を望んでいない。

 そして、現在の大統領は融和路線を志向しており、もう随分長いこと、相手方が対話を望むならそれに応じるというスタンスを取り続けている。

 今まで、体を張って国を守ってきた旧主流派は、皮肉にもその行いがために存在する理由を失おうとしているのだ。


 それを、彼らが指をくわえて見ていられるわけがない。


(二十年前の大虐殺を主導したのは、奴らだ)


 自らの経済政策の失敗から訪れた恐慌によって失われた支持率を取り戻すため、彼らは貧困層の多いエルフ族が社会保障を貪っていると主張し国民の怒りの矛先を逸らした上で、最終的にはあの大虐殺へと踏み切った。

 そんな連中が今、失いつつある支持と国の主導権を奪い返すため、再び武力を行使しようと考えていても、何もおかしな話ではない。

 クーデターを実行し、それを見事成功させた彼らはきっと、全戦力を持って西部の平定に取り掛かり、今より多くの血を流した上で勝利するだろう。

 そうして、その事実を自らの戦果と喧伝し、国内での求心力を高めた上で、独裁体制をより確固たるものとする。


(連中お得意の、やり方だ)


「旧主流派は、ロートシュタイン王の身辺に何人ものスパイを潜り込ませている。死の兆候があることも、きっと把握していたんだろう。

 この夏から密かに計画されていたクーデターの準備が、今まさに、急ピッチで進められている」

「……貴方は、その事実を知る立場にある、ということですね?」


 寒空にかかったねずみ色の雲の切れ間から差し込む日の光に照らされながら、リヒテンベルクはまた、頷いた。


「おれも、西部で長く戦っていたからな。

 あの地獄を共にした戦友や上官、部下達の中にも、旧主流派の組織に入っている奴は大勢いたし、彼らとは今でも良く連絡を取っている。

 今回の件も、そんな彼らから直接伝え聞いた情報だ。名簿や音声記録も取ってある。情報の正確性に関しては、信頼してもらって構わない」

「そこまで密接に関わっているのに、何故そのことを私に――」


 言いさして、エルフリーデはかつてリヒテンベルクが言っていた言葉を思い出した。


 ――人を憎み、その衝動のままに殺し合うだけでは、問題は何も解決しない。


 ――どこかで手打ちにしなければ、握手をして話し合いのテーブルにつかなければ、互いにどんな末路をたどるかは、知れている。


 この人は、本気で平和を、共存を望んでいる。

 誰も傷つかず、悲しむことのない世界を、異なる人種、思想の人間が手を取り合って暮らせる世界を、本気で作ろうとしているのだ。

 そして多分、そのことを自分に打ち明けた理由は……


「クーデターを止めるのを手伝って欲しい。そういうことですか?」

「……話が早くて助かるよ」


 リヒテンベルクは苦笑して、またコーヒーに口をつけた。


「おれが今まで得てきた情報は、全て君に共有する。必要に応じて、報酬も出す。

 だからどうか、力になってはくれないか?」


 リヒテンベルクは、懇願するようにそう言った。

 手元に置かれたコーヒーは、もう既に随分とぬるくなってしまっている。


(……事が、事だ。慎重に考えなくては)


 あまりにも突然の出来事で、頭が追いついてこれていない。そういう状況で一歩踏み出すことは、あまりにもリスクが高すぎるように思われた。

 だが、


(だからといって、決断を先延ばしにするほどの暇はない)


 話を聞く限り、旧主流派が行動を起こすまでに残された時間は僅かなようだ。

 急いで手を打たねば、間に合わなくなる。それだけは、何としても避けなくてはいけなかった。


 マグカップを包み込むように両手で持ち、コーヒーの黒い液面を見つめながら、エルフリーデは長いこと考えを巡らせた。

 また、外で強い風が吹いたらしい。ガタガタと窓枠が音を立てて揺れ、飛ばされてきた枯れ葉が宙を舞うのが窓越しに見える。


(風に吹かれ、木から離された葉は、もう二度ともとには戻れない。

 ただ、風の吹くままに飛ばされ、消えていくのみ。人も、国も、同じだ)


 そうならないためには、葉が木の枝についている内に対処するしか術はない。

 何もせぬまま待っていても、事態は悪化するだけだ。それに……


(これは、彼をこちら側に引っ張り込む、絶好のチャンスではないか?)


 エルフリーデがリヒテンベルクと接近するようになった一番の理由は、親エルフ派将校達が彼を仲間に引き入れたいと思っていたからだ。

 その当初の目標を達成するのに、これほど良い機会はないように思われた。


(やるしか、ないな)


 エルフリーデはついに決意して、顔を上げた。


「分かりました。その申し出、引き受けさせて頂きます」


 リヒテンベルクの顔が、パッと晴れた。


「本当か! それじゃ――」

「――ただし、一つこちらからも条件を提示させて頂きます」


 エルフリーデはリヒテンベルクの言葉を遮るようにそう言って、一呼吸置いた後、再び口を開いた。


「このクーデター阻止計画に、私が日頃親しくしている軍部の穏健派(親エルフ派)将校達や、その協力者達も加えて頂きたい。

 どのみち頭数は必要でしょうし、悪い話ではないと思いますが、どうでしょう?」


 リヒテンベルクは、目をキラキラと輝かせて喜びの表情を浮かべると、今日で一番大きく頷いた。


「もちろんだ! これで、同盟成立だな」

「ええ、そうなりますね」


 二人はそれぞれ笑みを浮かべると、力強く握手を交わした。


 その日のコーヒーはすっかり冷めてしまっていたが、すっきりとした苦みと香りが、心地良く感じられた。

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