二十三品目 メルトサンドウィッチと寒風
冷たく乾いた冬の風が、路地を歩くエルフリーデとルートヴィヒの頬をすっと撫でた。
「うおっ……やっぱり、今日は寒いですねぇ」
まだ初冬だというのに、ダウンコートにマフラーまで巻いた完全防備のルートヴィヒが震えながらそう言ったので、エルフリーデは思わずフフッと笑ってしまった。
「そこまで着込んで、まだ寒いのか。東部の冬と比べたら随分マシだろう?」
南部とは言え、冬の冷え込む高地の生まれのエルフリーデは、このぐらいの寒さはなんてこと無いのだが、同じ南部でも平野育ちの彼には厳しいようだ。
確かに、高地や東部などの寒冷地ではそろそろ雪がちらつく頃合いではある。しかし、首都近辺ではまだまだその気配は遠い。
空にはどんよりと重たい雪雲ではなく、ねずみ色の薄い雲が掛かっていた。
「それはそうですけど、とは言え寒いのに変わりはないんですよ……はぁ、早く店に入りたい」
「もう少しで着くから、我慢しろ」
そう言って、寒さで鼻を赤くしたルートヴィヒをなだめながら、エルフリーデは細い路地をまっすぐ歩き、やがていつもの広場に出た。
片隅には、いつもの喫茶店がいつも通りに営業している。
「ほら、迷える子羊。オアシスが現れたぞ」
「良かった……これで寒さをしのげますね」
心底救われたようにルートヴィヒは言うや、エルフリーデを置いて一目散に店内へ入った。
*
「それでは、ご注文が決まりましたらまたお呼びください」
お冷を置き、去っていく店主を見送って、二人はテーブルの上のメニューに目を落とした。
「ふぅ……ここは暖かくて良いですねぇ」
へなへなと、いつになく緩みきった表情でルートヴィヒが言うので、エルフリーデはまた吹き出してしまいそうになった。
彼の言う通り店内は暖房がよく効いており、随分と暖かい。
そのお陰か、夏のように涼を求めて客が大勢集まっているといった具合ではないにしろ、いつもよりは席が埋まっているように感じられた。
(都会人には、寒がりが多いらしい)
エルフリーデは内心でほくそ笑みながら、メニューをぱらぱらとめくった。
「もう冬メニューが出てきてますね。どれも暖かくて美味そうです」
ルートヴィヒの言うように、冬限定のものには寒さを乗り越える為かホットメニューが多く見受けられる。
香辛料を使ったものやシチューパイなど、心惹かれるものが数多く見受けられたが、その中で最もエルフリーデの興味をひいたのは、一つのサンドウィッチだった。
「メルトサンドウィッチ……?」
あまり聞き覚えのない名前だった。
付属の写真には、二つに切られたホットサンドの中に、とろりと溶けたチーズとツナが挟まっているのが見える。
(チーズが入ってるのか!)
心が躍った。
チーズはエルフリーデの大好物だ。
幼少期から今に至るまでの険しい日々にあって、甘味から離れていた期間は長けれども、チーズから離れたことは一度もない。
春夏秋冬どの季節にも家の冷蔵庫には数種類のチーズがあり、復讐に心身を燃やしていた頃でも、数少ない楽しみの一つとして癒しを与えてくれた。
そのチーズをメインに使ったサンドウィッチとあれば、美味くないはずがない。
「先輩、もしかしてもう決まりました?」
「ああ。私、これにする」
エルフリーデは目をキラキラと輝かせ、そのサンドウィッチを指差した。
*
目の前に運ばれてきたサンドウィッチを目にして、エルフリーデは歓喜した。
外側に焼き目がつき、二つに切られたサンドウィッチの断面から立ち上る白い湯気と共に、とろりと溶けた黄色いチーズとツナの食欲をそそる香りが辺りに漂う。
腹の虫が鳴ることさえ抑えること無く、エルフリーデは食い入るようにそれを見つめていた。
「それじゃあ、頂きましょうか」
「ああ! 頂こう頂こう!」
苦笑しながら言うルートヴィヒに大きく何度も頷いて、エルフリーデはまだ暖かいサンドウィッチを両手で持つと、一息にがぶりと食らいついた。
最初に感じたのは、カリッと小気味の良い食感と、小麦の香り。
そして、直後に奔流が押し寄せた。
(――!!)
やや淡白だがホロホロとしたツナに、濃厚でコクのあるチーズがとろっと絡みつき、その力強い旨味を舌の上でさく裂させる。
それらをさらに引き立てるのは、パンに薄く塗られたバターの香ばしい風味だろうか。
パンのカリカリとした表面の下に隠れたふわふわの生地に良く染み込んだそれが、チーズとツナ、パンの織りなすハーモニーをしっかりと支え、盛り上げている。
これは、まさに……
「美味しい――!!」
今までこれほど美味いチーズを用いた料理を知らなかったという後悔よりも、今この瞬間に知ることの出来た喜びが胸の中を渦巻いている。
許されるのなら、小躍りしたいほどの感動。
ルートヴィヒの生暖かい視線すら気にかけること無く、エルフリーデは一心にサンドウィッチを頬張った。
「美味しかったですか? って、聞くまでもないっすね」
食後、幸せそうに天井を仰いでいるエルフリーデに、ルートヴィヒはそう言って微笑んだ。
「いやぁ……幸せだ。本当に、なぁ」
ほっと息を吐くと、エルフリーデはその多幸感を噛みしめるように呟いて、にんまりと笑った。
外では、少し強い風が吹いているらしい。
ガタガタと揺れる窓枠の音を聞きながら、エルフリーデは姿勢を戻してコーヒーを口に付けると、また一つ、息をついた。




