表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軍人エルフと喫茶店  作者: かんひこ
第三章 秋、迫りて
21/39

二十一品目 マロンケーキと想い人

 気が付くと、もう紅葉が始まる頃合いになってきた。

 吹く風も次第に冷たくなってきており、冬の気配が薄っすらと感じられる。


 リヒテンベルクの魔法は、随分上達した。

 元々地頭が良かったことに加え、努力家だったことと、エルフリーデの教えたやり方が彼に合っていたというのもあるのだろう。

 数度の特訓とその間の自主練だけで、リヒテンベルクは以前エルフリーデがやってみせたように、離れた場所に置いたリンゴを正確に撃ち抜けるようになっていた。


「……でき、た」

「ええ、お見事です」


 台の上に置かれたリンゴの中心を稲妻で貫き、呆然と呟いたリヒテンベルクに、エルフリーデはそう言って頷いた。


「正直、冬か、来年の春まではかかると思っていました。流石は、英雄大佐殿ですね」

「いいや、君の教え方が上手かったからだ。本当に、ありがとう。

 これで、エーリカに笑われずに済む……」


 ホッとしたような顔で、そう呟くリヒテンベルク。

 エルフリーデは、それに眉を上げた。


(女の名か)


 情事には疎い部類の人間と思っていたが、案外そうでもないのかも知れない。

 あるいは、妹だろうか。ともあれ、彼の口から女の名前が出るのは新鮮だった。


「笑われたくない方がおられるんですね?」


 スポーツドリンクの入った水筒を手渡しながら、エルフリーデは何の気なしにそう聞いてみる。

 すると、リヒテンベルクは驚いたように目を見開いて、すぐに苦笑いして水筒を受け取り、口を開いた。


「聞こえていたか。……まぁ、そうだ。

 学友で、戦友で、何よりも大事なヤツだった。もう、この世にはないがな」


 少し寂しげにそう言う彼の横顔を見て、エルフリーデはすぐさま軽々に聞いたことを後悔した。


「立ち入ったことを聞きました。申し訳ありません」

「いや、いいさ。気にしないでくれ」


 リヒテンベルクは笑みを浮かべてそう首を振ると、


「もうそろそろ、仕舞いの時間だな。片付けをしたら、またあの喫茶店に行こう」


 言って、水筒に口をつけた。



 *



「それでは、ごゆっくりおくつろぎ下さい」


 いつもの喫茶店の、いつもの光景。

 先週訪れたときは臨時休業していたこの店も、今日は老店主共々平常運転していた。

 いつもの如くそう言って料理を置き、店の奥へと引っ込んでいくその姿は健康そうで、どうやら体調不良が理由というわけでは無いように思われた。


(用事でもあったのかな)


 そうかも知れない。ともあれ、元気そうで何よりだ。


「……良い、香りだな」


 不意に、リヒテンベルクがそう呟いたので、エルフリーデはそちらに顔を向き直る。

 今日二人が注文したのは、コーヒーと、秋限定のマロンケーキだった。

 焼き立てなのだろう。栗色をしたシンプルなケーキからは、甘く香ばしいマロンの匂いが漂ってきている。

 傍らには、ホイップクリームが添えられていた。これをつけて召し上がれ、ということなのだろう。


 リヒテンベルクは何かを懐かしむかのようにマロンケーキをじっと眺めていたが、ふと顔を上げ、エルフリーデと目が合うと、恥ずかしげに苦笑して口を開いた。


「いや、すまん。……このケーキを見ると、ついヤツのことを思い出してしまってな。

 冷める前に、頂こうか」


 ヤツ、と言うのは、先ほど言っていたエーリカなる人物のことだろう。

 本当なら、ここで深堀ってリヒテンベルクのことを知るというのも良い案なのだろうが、何故だかそのようなことをしたくはなかった。

 きっと、似たような痛みを抱えているからなのだろう。大切な人を失う痛みは、出来うる限り思い出したくないものだ。


「ええ。そうですね」


 リヒテンベルクに頷いて、エルフリーデはフォークでクリームをすくってケーキに乗せると、一口、頬張った。


 素朴で優しい香りが、柔らかに口の中に広がっていく。

 生地に練り込まれた、粗挽きのようになった栗のほろほろときた食感と、ケーキの控えめな甘さが、ホイップクリームのふんわりとした甘みに包まれ強調されている。

 牧歌的な、どこか懐かしさを覚えるような味と香り。コーヒーのほろ苦さが、よく合う。


 ちらり、と、エルフリーデはつい気になって、上目でリヒテンベルクを見た。

 リヒテンベルクは一口ケーキを口に含むと、静かに目を閉じ、ゆっくりと噛みしめるように、何かを思い出すかのように味わっている。

 嬉しさと、寂しさの入り混じったような複雑な笑み。


(懐かしくなって、と言っていたな)


 想い人との、思い出の一品なのだろう。

 ホットケーキやらプリンを食べているときの自分も、こんな顔をしていたのかもしれないと思うと、得も言われぬ感情が胸に湧いた。


「……美味しいですね」

「…………あぁ、美味い。本当に、美味いよ」


 リヒテンベルクは、微かに震える声でそう言って、また一口、ケーキを頬張った。

 秋の夕暮れの、鮮やかな光が店内に差し込む。



 彼の亡き想い人、エーリカ・ラインダース中佐が西部紛争にて命を落としたことをエルフリーデが知ったのは、その少し後のことだった。

 軍の戦没者データベースの記録には、エルフ族兵との戦闘で、とだけ残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ