二十品目 臨時休業と思わぬ繋がり―後編
細くうす暗い路地を、ルートヴィヒは迷いのない足取りで進んでいく。もう随分、通い慣れているらしい。
曲がりくねった、人一人がようやく通れるようなその道をしばらくの間進んでいくと、やがて少し道幅が広くなった。
その開けた通りの片隅に、やけに見覚えのあるコートを着た人物が、壁にもたれて地べたに座り込んでいるのが見える。
あれは、もしや……
「お、居た居た。おーい、ししょー!!」
言いながら、大きく手を振って駆け寄るルートヴィヒに気づいた、そのコートの人物はゆっくりとこちらを振り向き――目が合った。
「え、え? エリー、なんでここにいるの?」
「いや、それはこっちのセリフなんだが……」
ルートヴィヒをよそに歩み寄った二人は、互いに困惑の表情を浮かべてそう言い合う。
「あれ、もしかしてお二人、知り合いだったり?」
二人を交互に見ながらそう言うルートヴィヒの声すら聞こえない様子で、エルフリーデとレオナはしばらくの間じっと硬直したまま見つめ合っていた。
*
「……つまり、レオナがろくに金もないのに毎日毎日酒を浴びるように飲んでたのは、お前みたいなのが差し入れしてたからってことか」
「ええ、まぁそうなりますね」
「それで、レオナはその対価にこいつらみたいなのに魔法を教えてた、と」
「うんうん、そうだよぉ……ヒック」
路地から少し離れた、レオナとルートヴィヒがいつも魔法の練習に使っているという空き地の中心。
その辺りに転がっている廃材やら何やらを椅子代わりにして座りながら話を聞いて、エルフリーデは愕然とした。
二人が以前からの知り合いだったというのにも驚いたが、まさかタダ酒を手に入れる為だけにこっそりと、人に教えられる程度まで魔法の腕を上げていたとは、思いもしなかったのだ。
感心するやら、呆れるやら――エルフリーデは深い溜息をついて、両手で顔を覆った。
(それに、まさか自分がエルフ族であることすらカミングアウトしてるなんてな)
ルートヴィヒが、エルフに対してそれほど偏見のある人間でなくてよかった。
もしかすると、最近のガルノード人にはそういう者も多いのかも知れない。
現にルートヴィヒは今もエルフリーデと話をしながら、レオナの紙コップが空いているのに気づくや進んで酒を注いでいる。
レオナの方もそれに礼を言いながら、ルートヴィヒのコップに注ぎ返してやっていた。
(エルフとガルノードの共生……)
その、つい少し前まで想像することすら出来なかった、想像したくもなかった物の実例が、今目の前でまさに行われているのを見ながら、エルフリーデは不思議な気分になっていた。
(他の連中も、みんなこういう風になれれば、なぁ)
心の中で呟きつつ頭をよぎるのは、以前の港湾倉庫地下に居たゲッツ一派の若者達の姿と、その更に前の会合の折に毒ガステロを提案し、同調した面々の、殺気立った蒼い瞳。
彼ら彼女らも、レオナも、そしてエルフリーデ自身も、ガルノード人に故郷を焼かれ、家族や友を殺され傷つけられ、酷い迫害のもとに晒されてきた。
同じ過去を持つ者同士。だというのに、この差は一体なんなのだろうか。
そして、レオナに同調することを選んだものの、いまだに心の奥底に残った憎しみを捨てられない自分は、一体何者なのだろうか……。
「ところでお二人さん、さっきから気になったんだけど、その手提げ袋には一体何が入ってるのかね?」
「ん? あぁ、これか」
もう酔いが回っているらしいレオナに話し掛けられ、物思いから覚めたエルフリーデは、膝の上に置いていた手提げ袋の中のじゃがいもを一つ取り出した。
「あの喫茶店、今日は休みでな。代わりに老店主が好意で店の前に置いててくれたのを幾つか貰ってきた」
「一応バターとか紙皿とか色々買ってきたんすよ。みんなで食べましょう?」
「おおー、良いじゃん良いじゃん……それじゃあ、魔法の実演も兼ねて、ちゃちゃっとやっちゃいますか」
レオナは立ち上がってぐっと背を逸らすと、近くにあったドラム缶を一つ持ってきた。
どうやらゴミ箱代わりにでも使っていたらしい。中には廃木材やら紙ゴミやらが大量に入っている。
「焚き火はこれで充分だねぇ」
「でもお前、金網とかは持ってるのか?」
エルフリーデの問いに、レオナはニッと笑ってみせた。
「こんなこともあろうかと、そういう系の道具は一式隠してあるんだよねぇ」
言って、レオナは空き地の隅の方の物陰から何やら黒い袋のようなものを引っ張り出すと、中から金網やらトングやらの道具を次々と取り出した。
「それ、ちゃんと綺麗なのか?」
「もちろん。ちゃんと使った後には洗ってるし、今から加熱殺菌もするからご安心下さいな」
エルフリーデの言葉にそう返すと、レオナはドラム缶の中のゴミに向かって右手をかざした。
「よっし、それじゃあ行くぞー……それっ!」
瞬間、小さな赤い矢のような炎がレオナの右手から、ドラム缶の中へ吸い込まれるように放たれ、ボッと一気に火がついた。
それを見て、じゃがいもを近くの水道で洗っていたルートヴィヒが目を輝かせて拍手している。
気を良くしたレオナが嬉しそうに胸を張っている横で、エルフリーデはトングを火の中へ突っ込んで消毒し、金網を張った。
「……本当に腕を上げたな、レオナ。火加減も丁度良さそうだし、もう焼き始めるか」
エルフリーデはルートヴィヒからじゃがいもを受け取ると、半分に切り、金網に一つずつ乗せ、塩を振りかけていきながら、感慨深げな思いを心中に抱いていた。
レオナは、昔はここまで正確に魔力を集中させ、威力を調節することが出来なかった。
それが今ではもう立派な術者と言って良いような具合まで上達している。もっとも、上達の理由はタダ酒にありつくため、なのだが。
(養母さんが見たら、なんて言うだろうな)
レオナの方はどうも思うところがあったようだが、養母は唯一生き残ったこの実の娘をことのほか愛していた。
彼女が一人で首都に出ていくと言った時も、随分心配していたものだ。
そんな養母も、今は亡い。
あの世から、自分やレオナの今の様子を見ているのだとしたら、一体どんな顔をしているだろう。
(あの人は、生粋のガルノード嫌いだったからなぁ)
きっと、ひどく怒られるに違いない。
エルフリーデは、心の中で苦笑した。
そんなことを思いつつ談笑している内に、焚き火の方から美味そうな匂いが漂ってきた。
じゃがいもが、焼けてきたらしい。
「そろそろ頃合いですかなぁ?」
レオナは相変わらず酒を片手に赤ら顔でそう言うと、トングで金網からじゃがいもを取り上げ、テーブル代わりの台に置かれた紙皿の上に一つずつ配っていく。
そこへ、ルートヴィヒが袋の中からバターを取り出し、包装を解いて切り分けていった。
焼き立てのじゃがいもの上に乗り、その熱でバターが溶けていく。
レオナが、歓声を上げた。
「おぉー! 良いね良いねぇ!」
「あぁ、本当に美味そうだ……」
「それじゃあ、頂きましょうか!」
三人はそれぞれフォークを持つと、じゃがいもを一口大に切り分け、頬張った。
サクッとした皮とホクホクとした中身の歯触りを感じたと思った瞬間、塩によって引き立てられたじゃがいも本来の甘さと、溶けて良く染みたバターの濃厚なコクが口いっぱいに広がった。
香ばしい香りが旨味と共に満ちていく。
素朴でシンプルだが、確かに秋の訪れを感じさせる。
「んん〜! 美味しぃねぇ~!」
エルフリーデが言う前に、両目をきゅっと細めて声を上げたレオナは、素早く傍らに置いてあったビール缶を片手で開けるや勢い良くあおって、感嘆した。
「いやぁ、本当に美味しいですね! これはお酒が合いますよ」
ルートヴィヒも、それにうんうんと頷きながらそう言って、紙コップに注がれた酒を口にする。
じゃがいもの旨味を噛み締めながらその二人の様子を眺めていると、なんだか喉が渇いてきた。
(確かに、これに酒は合うだろうなぁ)
そんな思いを見透かされていたのだろうか。レオナが、新しいビール缶を片手にニヤニヤしながら、直ぐ側までやって来た。
「エリー、お酒飲みたくなってきたんじゃないのぉ?」
「なっ!? いや、別にそんなことは……」
図星だったが、否定するより他にない。
エルフの戒律では、飲酒は祭日や特別な日にのみ認められている。
こんな、なんでもない日に酒を飲むわけには――と思ったとき、ハッとした。
「思い出した? 今日が何の日か」
一層笑みを深めたレオナの問いに、エルフリーデは呆然と頷いた。
そうだ、今日はエルフの暦における秋穫祭の日だ。
神々がもたらして下さった森の恵みに感謝し、その日から三日間は大人も子供も仕事を忘れ、宴をし、ご馳走を食べ、酒を飲み、遊び、踊る。
(すっかり、忘れていた……)
当時の記憶も、もう随分おぼろげだ。
故郷を焼かれて二十年。以降、貧しさもあってか、宴のようなことをこの日にやった記憶はない。
それ故に、忘れてしまっていたのだろう。
「今日ぐらいは、良いんじゃない?」
レオナが、ビールをそっと差し出す。
一瞬迷った挙句、エルフリーデはそれを受け取ると、缶を開け、一息にあおった。
「――!!」
目を見開いた。
麦の苦みと、ホップの香りが炭酸と共に弾け、渇いた喉を一気に滑り降りていく。
塩気のあるじゃがいもとの相性が、あまりにも良すぎる。
これは、これは……
「……美味すぎる!」
エルフリーデの一言に、その様子を見守っていたレオナとルートヴィヒが破顔した。
「さぁ、今日は宴だぁー!!」
「おおー!!」
元気よくそう叫ぶ二人と共に乾杯し、また、エルフリーデはビールを飲んだ。
少し、顔が火照っている。酔っているのだ。
(これは、古老が戒めたのも頷けるな)
そんな呟きすらどこか遠く、エルフリーデはこの楽しい秋のひとときを、目一杯満喫した。




