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軍人エルフと喫茶店  作者: かんひこ
第三章 秋、迫りて
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十八品目 イチジクのタルトと魔法―後編

 結局その日は、昼休憩を挟んで午後の半ば頃、貸し切りの終了するまで、ひたすらに特訓を行った。


 魔法は体内の魔力を消費して放つものだ。

 そのため、基本的に魔力の量によって放てる魔法の規模や威力は上下する。

 だが、体内の魔力量と言うのは遺伝や個人差に大きく左右される傾向にあるものであり、努力や成長によってどうこうできるものではない。

 リヒテンベルクの様に生まれつき魔力量の少ない者が一端の術者と肩を並べるためには、技術を身につける他ないのだ。

 その数多ある技術の中でエルフリーデが選んだものこそ、少ない魔力を一点に集中させ、小規模ながら高い殺傷能力を発揮させる、狭い森林高地に暮らすエルフ達に古くから伝わる手法だった。


「身体中の血液を全て手のひらの中心にかき集めて、圧縮するような意識をしてください。

 難しいことは考えなくて結構です。ただ、そのことだけに集中してください」


 これだけならば、やり方さえ摑めば家でも一人で出来る上、基本はこれの反復練習に終始するため、小難しく複雑難解で大規模であることを好むガルノード式の魔法と比べて技術の熟練も早い。

 何かと多忙で予定に合わない二人には、うってつけの方法でもあったのだ。


 リヒテンベルクは流石に優れた軍人なだけあって、特訓が終わる頃にはすっかりその要領を得てしまった。


「本当にこれで魔法をまともに使えるようになるのか?」

「ええ、まぁある程度はマシに使えると思います」


 穴の開いたリンゴを芯だけ残して綺麗に食べ、エルフリーデはそう頷いてくずかごに捨てた。

 もうそろそろ、時間だ。

 二人して後片付けをしていると、不意に背後のリヒテンベルクから声を掛けられた。


「少佐」

「はい?」


 振り返り、立ち上がったエルフリーデに、リヒテンベルクは緊張した面持ちで言った。


「今日はその……ありがとう。感謝している。

 ぜひともお礼をしたいんだが、何か欲しいものとか、食いたいものとか、あったりするか? おれに出来ることがあれば、何でも言ってくれ」


 それは、思いがけない言葉だった。


(この男、案外律儀な奴なんだな)


 エルフリーデとしても、悪い提案ではない。彼と交流を深めていけば、相対的に自分達の側に引き込める可能性が増していく。

 ただ、問題もあった。


(生憎、欲しいものはないんだよな)


 素朴な暮らしを是とするエルフ族の中で、特に清貧を重んじていた父の影響もあってか、生まれついて物欲というものがあまりなかった。

 アクセサリーや服といったものも、レオナと暮らすようになってからは彼女の主導のもとたまに買いに行くようになったが、それまでは一切無断着だったし、今でもあまり良く分かっていない。

 となれば、必然的に『食いたいもの』の方になるのだが……


(そんなにいい店を知っているという訳でもないしなぁ)


 エルフリーデは眉根を寄せてしばらくの間熟考していたが、やがて諦めたように顔を上げ、言った。


「分かりました。そういうことでしたら、丁度良い時間ですし、お茶でも飲みに行きましょう。いい店を一軒、知っていますので」


 リヒテンベルクはホッとしたような顔をして、頷いた。

 常に仏頂面をしているように見えていたが、実際のところは案外感情豊かな性格のようだ。

 エルフリーデは、心の中で微笑した。



 *



「……良い、雰囲気だな」


 いつもの『喫茶黒い森(シュヴァルツヴァルト)』。

 席に腰掛けたリヒテンベルクは、相変わらず静かな店内をぐるりと見渡して、一言、そう呟いた。

 行きつけの店を褒められて、喜ばぬものはいない。

 エルフリーデは「ええ、そうでしょう」と、喜色をにじませた声で頷いた。


「このメロンソーダというのも、初めて飲んだが、良いものだな。見た目も、綺麗だ」


 リヒテンベルクはさらに言葉を重ねて、メロンソーダのストローに口をつけた。


(旧貴族のお坊ちゃんだから、こう言うのは今まで飲んでこなかったんだろうな)


 貧しさ故にこういうものに触れてこなかった自分とは随分対照的だな、と思いつつ、エルフリーデはお冷を一口、口に含んだ。


 沈黙が、二人の間に流れる。

 双方ともに、そもそもおしゃべりの得意なたちではない上に、まともにプライベートな時間を共有することが初めてなので、どう話していいか、何を話せばいいかが分からないのだ。

 ただ、一つ幸運だったのは、二人とも沈黙が苦にならない性格だったことだろう。

 静かな午後の喫茶店の雰囲気もあって、不思議と緊張感のようなものは抱かなかった。


 そうこうしている内に、厨房から出てきた店主が、先に注文していた品を持ってきた。


「それでは、どうぞごゆっくりおくつろぎ下さい」


 老店主は二人の前にそれぞれ料理を置くと、そう言って店の奥へと引っ込んでいく。

 エルフリーデ達は二人してそれを見送ってから、目の前に置かれたそれに目をやった。


 三角形に切り分けられたキツネ色のタルト生地の上に、カリカリとキャラメルのような焼き目のついたイチジクが、皮ごとドンと乗っている。

 生地とイチジクの間には、アーモンドクリームだろうか。薄黄色のクリームが覗いていた。

 出来立てホヤホヤなのだろう。

 うっすらと温かみを帯びた、イチジクの甘い香りが漂ってきており、今にも腹の虫が鳴き出しそうだった。


「イチジクのタルト……食べるのは初めてだな」

「ええ、私もです。早速、頂きましょうか」


 不思議なものを見るような目でタルトを見つめるリヒテンベルクに、エルフリーデはそう頷いて同意してフォークを手に取る。


(イチジク……故郷の味を思い出すな)


 全体的に冷涼な気候のガルノードだが、その中でも南部は比較的温暖で、イチジクのような暖かさを好む果物はエルフ領でも良く採れた。

 あの頃は、祖母の家の裏で採れた物を近所の小川ですすいで生のままで食べていたのだが、まさかこういう風に焼いて食べることも出来るとは知らなかった。


(さて、どんな味がするんだろうな)


 エルフリーデは思わず喉を鳴らすと、フォークで一口大に取り分けて、口へ運んだ。


 瞬間、カリッというイチジクの表面の焦げ目と、サクサクとしたタルト生地の食感と同時に、じゅわっと甘いイチジクの果汁が口いっぱいに広がった。

 甘酸っぱいイチジクの果汁が、ふんわりしっとりとしたアーモンドクリームと混ざり合い、素朴な甘い香りと、焼き目の香ばしいさと共に体全身に染み渡っていく。

 懐かしい故郷の味と、初めての感触が複雑に混ざり合い、独特な深い味わいを醸し出している。

 これは、まさに――


「……美味しい、な」


 エルフリーデが言うより先に、リヒテンベルクがそう、しみじみと呟いた。


「こんな美味いもの、初めて食べた。本当に、美味いな」


 繰り返し、繰り返し、噛みしめるようにそう言って、リヒテンベルクは一口、また一口とタルトを口へ運んでいく。

 その様子を見て、エルフリーデは不意に疑問を抱いた。


(貴族家の出身なのに、『こんな美味いもの、初めて食べた』とはどういうことだろう)


 確かにこのタルトは感動を覚えるほどに美味いが、貴族の家のお坊ちゃんならもっと美味いものを食べていてもおかしくはない。

 そう思ったとき、エルフリーデはあることを思い出して、きゅっと眉間にしわを寄せた。


(そうか。貴族の家だから、か)


 半世紀前の革命の折。

 特権階級として君臨していた貴族達は、その多くが立場を奪われ、財産を奪われ、殆どが処刑されるか、国外追放の処分を下された。

 国内に残ることが出来た数少ない者達も、今なお壮絶な差別に晒されているのだという。

 もしかすると、彼もまたそういう過酷な日々を送ってきたのかも知れない。


(案外、私たちは……)


 エルフリーデは、小さな声で


「それではまた、次の特訓のあとにも来ましょうか」


 そう言って、ふっと微笑んだ。

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