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8話

◇◇◇ ◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


「地下道への入り口は教会の中にあるんでしょう?教会へ入ると関係者に見つかりませんか?」

ハンスが不安げに尋ねるので、フレイアは含みのある笑みを見せる。


「昔、私はここの孤児院で過ごした事があってな。勝手は分かっている。今から行くのは教会の横にある礼拝堂、その裏手だ。小さな教会だから外回りに人はいない。悪さをするにはもってこいなんだ」

フレイアは見知った道をするすると歩いて礼拝堂の裏手へとハンスを連れて行った。


「待っていろ。この石を退かす」

フレイアが全身を使って石を避けるとそこには人が一人通れるほどの穴があった。


「どうだ。ポコもびっくりの大穴だろう。私が孤児院を抜け出して夜な夜な穴を掘っていたら例の地下道を見つけたんだ。トーマス司祭には少し叱られたが……塞ぐのも勿体なかったのでな。石で隠しておいた」

「先ほどはトーマス司祭に教えてもらったと言っていなかったか?」

ハンスが呆れたように、しかしどこか可笑しそうに言った。


「これは王都に繋がる地下道だよと教えてもらったのだ」

フレイアが胸を張っているのでハンスは余計に可笑しくなって笑った。



地下道は光源が無く、蝋燭の炎を消してしまうと前が見えないほど暗かった。

古井戸の跡や司祭の地下室にも繋がっているようで時折光や風が通っている。

地面は地上から降りてくる雨水などでじっとりと湿気を帯びていた。


「これは中々の規模の地下道ですね」

「中は初めて通るが……方向感覚が分からん。今どちらへ向かっているかさっぱりだな」

「俺が行商人をやっていて、その経験と感覚であんたを導かなかったら、あんたはここで干からびて干し肉みたいになっていたかもな」

ハンスは通路を進みながら、いつものように軽い調子で答えた。


「そうだな。お前が一緒に来てくれて良かったよ。本当に」

「な……⁈いつもの買い言葉はどうしたんですか。昼の卵が傷んでいたか」

珍しくしおらしいフレイアの態度にハンスは分かりやすく狼狽えた。


「クッ……こういうのも有効か?」

フレイアは笑いを堪えながらハンスに言った。


「揶揄わないでください。全く」

ハンスは肩を落としてみせる。


「すまない。本心でもあるんだがな」

フレイアの言葉にハンスは何度か口をはくはくさせたが、やがて諦めたように手を差し出した。


「俺の負けです。お手をどうぞ」

フレイアは手を取り、ハンスに導かれるままぬかるんだ地下道を進んで行った。



「そういえばどこで出ますか?もう王都の中には入ったと思いますが」

「では夜を待って古井戸から登ろう。縄梯子を用意してある。日中に古井戸から飛び出て通行人と目が合いでもしたら、ものの怪の類と思われても敵わん」

「夜に古井戸から出てきた方が、俺はいっそう驚きますがね」

ハンスは自分の方向感覚と時折入ってくる風に従って足を進めていった。


しばし歩いた後、二人は数刻ぶりに自然の光を浴びた。

無事に古井戸の跡を見つけ出すことが出来たのだ。

二人は陽が完全に落ちるまでそこで待機することにした。


グゥ


フレイアの腹が地下道に鳴り響く。


「夕飯時だな」

「全く。腹時計だけは正確だ。俺達は今土の中なんだ。豪勢な飯は期待しないでくれよ?」

ハンスはフレイアの腹へ向かって投げかけた。


「贅沢はここを出てから言うことにする」

フレイアは腹をポンと叩きながら答えた。


ハンスは鞄から黒くて硬いパンと小瓶、そしてチーズを取り出した。

そして硬いパンに蝋燭で炙ったチーズをかけ、小瓶からとろりとした黄金の液体を垂れ流すとフレイアに渡した。


「このベタベタした液体は何だ?何やら甘い香りがするが」

フレイアはハンスから貰ったパンをスンスンと嗅いでいる。


「これはアギト村で取れる甘い樹液を煮詰めたものですよ。雪解けの時期にしか取れないからあまり流通していないが、瓶詰めが運良く残っていたから購入しておいた」

ハンスの言葉を聞いてフレイアは急いでパンにかぶりついた。


「〜〜っ!あまい……」

甘いパンはフレイアのお気に召したようだった。


「美味いだろ。蜂蜜やシロップは中々手に入りませんからね」

ハンスは満足そうに夢中でパンをかじっているフレイアを見ていた。


「味気ないパンがこうも変化するとはな」

フレイアは指についたシロップをぺろと舐めた。


「そのままではベタベタです」

ハンスは布を皮袋から出した水で湿らせてフレイアの手を拭った。


「あぁ……」

フレイアは惜しそうにその様子を眺めていた。



「して、どこでリーリャと落ち合うんですか?特段時間や場所を決めている様子はなさそうでしたが」

「それならば心配ない」

古井戸から王都内へ這い出た二人は人気のない暗がりを悠々自適に闊歩していた。


「あいつと私は陽が登ると共に訓練場で剣を振っていたからな。きっと先に王都に辿り着き、毎日いつもの時間に剣を振るっているはずだ。……しかし指名手配されている私が本部は乗り込む訳にもいくまい。ハンスには少し働いてもらうぞ」

フレイアはいくつかの店で訓練生が着る服を用立てさせた。


宿屋へ戻ると、ハンスは買い込んだ装備一式を身につけた。


「どうですか?訓練生に見えますか」

「……ッ」

フレイアは笑いそうになるのを押し殺そうとしたが、遂には堪えきれず大きな声でひとしきり笑った。


「〜〜ッはぁ。すまない。見慣れない姿につい、な。似合っているぞ。多少線が細いが訓練生ならまぁ、いなくはないだろう。腰から下げた剣がまた……ッ。玩具みたいでな」

フレイアは目尻に浮かんだ涙を指先で拭う。


「そんなに笑うことないだろ。着慣れてないにしても、そこまで……」

ハンスはがっくりと肩を落として窓に映る自分の姿を見る。


「いや、確かに俺には似合ってないですね。そもそも商人ですし、俺」

「似合ってない事はない。いつもの様にしゃんと胸を張っていれば老獪な退役後の騎士に見えなくもないしな」

ハンスは何か言いたそうにしたが、フレイアがあまりにも楽しげにしているのでそのまま笑わせておく事にした。



ハンスは陽が登る前に聖騎士団の詰め所へと移動した。

王都では雪が降り積もることは滅多にないが、冬場の気温はそれなりに低くなる。

ハンスがかじかむ指先を擦り合わせながら訓練場へと入ると、夜明けにも関わらずブンブンと剣を振るう音が聞こえてくる。

暗くて顔は見えないが、その人影は小柄でしゃんとしている。


「リーリャ」

ハンスは近いて、その小柄な騎士に声をかける。


「っ先ぱ……あぁ。腰巾着か。不法侵入よ。とっとと失せないと詰め所に突き出すわよ」

「お前な。俺は大好きな先輩の御使だぞ。丁重に扱えよ」

「それを早く言いなさいよ。先輩の所に行くわよ」

「はいはい。只今」

二人はそりが合わないのを取り繕うともせずに、睨み合いながら訓練場を歩き出した。


「あんたその格好ヘンね」

「言われなくても分かってる。それより内部の情報は探れたのか」

「あたしだって何も遊んでた訳じゃないんだから」

二人がバチバチと言葉をぶつけ合っていると前方から聖騎士団員が歩いてくる。


二人はぐっと押し黙り平静を装った。


「今日も早いな。リーリャ。隣のそいつは何だ?新人か、それとも早くから逢い引きか?お前は生真面目な奴だと思ったが隅におけねぇな!ははは!」

「〜〜ッ!」

リーリャが全力で否定しようとするのをハンスは咄嗟に嗜めた。


ハンスは聖騎士団員に会釈だけして半ば強引に小柄なリーリャを引き連れその場を離れた。


「誰があんたなんかと!あ、逢い引きだなんて!」

「俺だってごめんだが深く聞かれても面倒だ」

二人はぷりぷりと怒りながらフレイアの待つ宿へと急いだ。



「お前達いつの間にそんなに仲良くなったんだ」

ハンスとリーリャが揉み合いながら入室するのを見てフレイアが言った。


「「誰がコイツと!」」

二人の勢いにフレイアは少し目を丸くしたが、息がぴったり合っていたので微笑ましそうな顔をした。


「まぁいい。どうだ。騎士団からの情報は得られたか?怪しい動きはあったか?」

フレイアが気持ちを切り替えるとリーリャもすぐさま真面目な顔をして答えた。


「そうですね。失踪した指揮官の件を探ってみた所、こちらも宣託が関わっているようでした。私のような末端では得られる情報は限られていますが、この感じを見るに上層部、それもかなりの大物が内通しているようです」

「それって……」

ハンスが言い淀む。


室内には外の賑ぎわい出した声だけが響き渡る。

朝日はとうに登ったというのに、暗く重たい雲が陽射しを遮っていた。


「騎士団長、または副団長クラスならば宣託を利用して人を動かす事が出来るだろうな」

フレイアは深刻な表情で言った。


「もしも自由に聖騎士団を動かすことのできる人物が隣国側の人間であるならば、少しずつこの国を蝕んでいく事など造作もないでしょうね」

「となると、こちらも相応の人物の協力が必要になるな」

「トーマス枢機卿にお願いしてみましょう。先輩がいなくなってからもずっと行方を心配していましたし力になってくれるはずです」

リーリャは少し震える手でフレイアの手を取った。


「そうだな。リーリャ、トーマス枢機卿と面会出来るように手配してくれ。内通者に動きがバレればお前の命も危ない。くれぐれも他の人物に勘付かれないようにな」

フレイアはリーリャを落ち着かせるように背中を撫でる。


「分かっています」

リーリャはまるで自分に言い聞かせるかのように小さく呟いた。



『明日の夜更けに、街外れの教会にてトーマス枢機卿と面会出来る事になりました。人払いはしてくれるそうですが、念のため闇に紛れる服装でお願いします。私も本部の様子を確認してから後で合流します』

リーリャに面会の取り付けを依頼してから三日ほど経過した頃、書簡にて面会の日時が通告された。


「リーリャが仕事をしてくれたようだな」

フレイアとハンスは月明かりを頼りに街外れの教会へと向かった。


黒の外套を深く被り、音があまり鳴らないように細心の注意を払って移動する。

外れにある教会は季節柄草木も枯れており、どこか閑散としていた。

冷たい風がびゅうと吹きすさび、枯れ葉を巻き上げる。


二人が教会の門を抜けると奥より灯りを携えた人影が近いてくる。


「フレイアか……久しいな」

人影はしゃがれた声でフレイアへと声をかけた。


「トーマス司祭お久しぶりです。いえ、今は枢機卿でしたね」

ハンスは暗がりの中でフレイアの表情が綻ぶのを見た。


「あれからずっと姿が見えないので心配しておったんだよ。私に何か頼み事とか」

トーマス枢機卿は表情の見えない位置で立ち止まった。


「ご心配をおかけしました。そうなのです。実は……」

フレイアが事の仔細を話そうとした時、トーマス枢機卿の影はゆっくりと手をあげた。

ーーー何かおかしい!


ハンスは咄嗟にフレイアを庇うように前へ躍り出た。

するとフレイアの心臓部を狙ったであろう一矢が瞬く間にハンスの胸部を貫く。


「ぐッ……」

ハンスは胸を抑えながら膝をつき、そして地面へと倒れ込んだ。


フレイアの足元にはドクドクとハンスの血が広がる。


「な、にを?」

フレイアは愕然としながらトーマス枢機卿に問いかけた。


「おや。殺してはならないと言い付けてあったのですが。良き身代わりがいて良かったですね、フレイアよ。あなたには全ての罪を被って消えてもらわねばなりません。おや、どうやら聞こえていないようですね」

フレイアは外套を脱ぎ必死にハンスの患部を圧迫止血していた。


物陰から数人の黒衣を纏った伏兵が現れる。


「ハンス!しっかりしろ!」

フレイアが必死でハンスを呼ぶ中、枢機卿はゆったりとした動作でフレイアの元へ近寄る。


「拘束して連れて行きない。あなたはひと月後の裁判でこれまでの罪を裁かれるでしょう。何の罪もないあなたが……死してしまう事は悲しいですが、大義のためです。できますね?」

枢機卿がハンスの頭を踏みつけてグッと力を込める。


「お待ちください枢機卿!こいつは何も……」

フレイアはがっくりと項垂れ、黒衣の男により枷が嵌められるのを大人しく待った。


枷を嵌めたのとまた別の男がハンスの髪を掴んで持ち上げる。


「こいつはどうしますか」

「ぅぐッ………」

ハンスは身を捩りながら小さく呻いた。


「放っておきなさい。矢が胸部を貫いたのです。次第に息絶えるでしょう。朝には修道士が骸を見つけて丁重に葬ってくれますよ」

トーマス枢機卿は吐き捨てるように言い、フレイアを連れてその場を後にした。


教会には地面に伏したハンスだけが取り残されていた。



「そんな……!」

程なくして後で合流を予定していたリーリャが地面に倒れ伏しているハンスを見つけた。


「酷い出血……」

リーリャはハンスへと駆け寄ると簡単に止血をし、ハンスを教会へと連れ込んだ。


リーリャは教会の修道士を呼んで応急処置に必要なものを取り揃えさせた。


「すみません……今麻酔が不足してまして、他から用立てられないか確認してきます!」

修道士は申し訳なさそうに伝えると足早に去っていった。


リーリャが教会の一室でハンスの服を裂き、患部を確認しているとハンスが意識を取り戻した。


「彼女は……」

ハンスが絞り出すように声を出した。


「分からない。私が着いた時にはもう誰もいなかった。それよりあなたこの傷はどうしたの。あと少し位置がズレていたら即死だったわよ!」

矢は真っ直ぐハンスの急所へとやって来たが、ハンスのさげている首飾りに阻まれた事で急所から外れたようだった。


首飾りに嵌っていた青緑の不思議な色調の石は、役目を終えたかのように粉々に砕け散っている。


「……はは。守ろうと思っていたんだが、また守られていたようだ」

ハンスはそう呟くとそのまま重たい体をベッドに預けた。そしてハンスの意識は深い闇へと落ちていった。


「一体……何があったのよ。トーマス枢機卿はどこへ行ったのよ。先輩は……」

リーリャはぶつけるところを失った疑問を飲み込んだ。


「あんたが死ぬと、先輩が悲しむのよ……」

ハンスは眠りに落ちたまま三日間は目を覚さなかった。リーリャは三日三晩教会を行き来しハンスの様子をみていた。


冬将軍の訪れを感じる程に、王都の街は寒さを増していった。

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