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6話

◇◇◇ ◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


すっかりと更けた空は雲で薄く覆われていた。

二人は冷たい夜風で酔いを醒ます。


「あの、オーフェンの街で師匠が運んでいた積荷を覚えていますか」

ハンスは躊躇いながら発言する。


「武具だな。最近オーフェンから武具が運ばれているとお前の知り合いの店主も言っていたんだろ?」

「そうだ。でもこの街に武具が多く卸されてる様子はないし、街の様子もいつもと変わらない」

「あぁ。先日の大雨で多少落ち着いてはいるが、概ね普段通りだろうな」

フレイアはハンスの方へチラリと視線を向ける。


「そうなんです。だが師匠は武具を確かに運んでいた。もしかするとこの街じゃなくてさらに隣の、隣国のアーセラルに運んでいったんじゃないか?」

ハンスは深刻そうな顔つきで言った。


「……つまり?」

「あんたや指揮官の失踪、騎士団の混乱、不自然な武具の流れ、治安の悪化……これらが隣国の、内部工作だとしたら、結構全部辻褄があっちまいませんか?」

フレイアは少し目を見開いた。


「……なるほど。こちらの国力を内部から削っているのか」

「そうであればオラクル聖騎士団内部に内通者がいるって事になる。あんたの後輩、信じてもいいんですか?」

ハンスの問いにフレイアは応えなかった。


真夜中だと言うのに、月明かりが空にかかった雲に反射して辺りはうすら明るく照らされていた。



宿に戻ると二人の間には重たい空気が漂っていた。

窓の隙間からびゅうと音を立てて冷たい夜風が入ってくる。


風に乗って遠くから金属の擦れるような音が聞こえてくる。その音は次第に近く、大きくなっているようだった。


「オラクル聖騎士団⁉︎真っ直ぐこの宿へ向かってきます!数は三人!」

窓から外を覗くと、雲に反射した月光が急ぎ足でこちらへ向かってくるオラクル聖騎士団を照らしていた。


「扉を塞ぐ」

フレイアは短剣をかんぬきのように扉へ掛け、ベッドや机を扉の方へ寄せた。


「何でここが……。それに顔もまだ割れてないはず」

二人がさっさと荷物をまとめている間に騎士達は部屋の前へ到達していた。


コンコンと軽いノック音が静かな部屋に響く。


「……」

二人が息を潜めていると次第に扉を叩く音は大きく乱暴になった。


「出て来い!いるのは分かっているんだぞ!」

騎士が声を荒げている。

扉は強く叩かれて今にも壊れてしまいそうだ。


「窓から出ましょう。幸いこの部屋は二階だ」

ハンスは窓の扉を開くと寝具を真下へ落とした。


「さぁ手を」

ハンスはフレイアの体重を手で支えてフレイアの足が限りなく地面に近くなるようにして手を離した。


フレイアは先に着地すると、飛び降りて来いとハンスへ手で合図する。


「……男の威厳、がっ!」

ハンスはぶつくさと文句を言いながらフレイアの方へと飛び降りた。


フレイアは上手く衝撃を吸収しながらハンスを受け止めるとハンスの手を引いて走り出した。


「逃げるぞ」

「逃げるったってどこへ」

ハンスは半ばフレイアに引き摺られるように走る。


「教会だ」

フレイアが言うとハンスはぐいとフレイアの手を引いて立ち止まった。


「教会⁉︎あの女が俺たちを売ったのかもしれませんよ!安全とは思えない」

フレイアは再びハンスの腕を引いて答えた。


「あいつはそんな事しない。お前と同じで信頼できる奴だ」

フレイアが不敵に笑うのでハンスは釈然としない頭を切り替えて再び走り出した。



「先輩!こちらに馬を用意してます」

二人が教会へと近くとリーリャが馬を三頭用意して待っていた。


「二人と別れて教会へ戻ったところ詰所に在中している騎士が二人を追っているって聞いて……急いで乗ってください。この先の森を使えば騎士たちを撒くことができるかも知れません」

「流石リーリャだ。助かる。ハンス早く馬へ乗れ」

フレイアは素早く馬へと跨った。


「無理だ。俺は御者台にしか乗ったことないです」

ハンスは息も絶え絶えに答えた。


「仕方ない。来い」

フレイアはハンスをするりと馬上へと乗せた。


「あたしも行きます!」

リーリャが馬へ乗ろうとするのをフレイアは制した。


「騎士団の中に、どこの国の者かは知らんが内通者がいる。リーリャは騎士団内部から情報を探って欲しい。危険だが私が信頼しているお前にしか頼めない仕事だ」

リーリャは今にも付いて行きそうになる気持ちをぐっと抑えて頷いた。


「あたしにしか、出来ないですもんね。フレイア先輩、どうか気をつけて……」

「あぁ。リーリャもな。私は身を隠しながら王都を目指す。そこで落ち合おう」

フレイアは馬の腹に鎧を踏んだ足を軽く当てた。

馬は闇夜を物ともせず走り出した。



「こちらは二人乗りだ。いずれ追い付かれる。もうしばらく馬を走らせたら迎撃の体勢を整えるぞ」

フレイアは馬で森の奥へ奥へと駆ける。


ハンスはというと馬に揺られ、フレイアの話に耳を傾ける余裕は無さそうだ。


「この辺りがいいな」

フレイアが馬から降りて周りを見渡すと鞄から麻紐を取り出した。


「お前は馬を引いて目立たないところで隠れて休んでいろ」

「これ以上走ると俺の尻が二つに割れるところだったので助かります」

ハンスはぐったりとしながらもフレイアの指示に従う。


フレイアは木々に麻紐を巻き付けて周った。

そして松明に火を灯し、木に固定するとフレイアも茂みの陰に身を隠した。


空の雲はいつのまにか霧散しており、森の中はかなり暗い。パチパチと松明の火が爆ぜ、周囲をほうと照らしていた。


フレイアは地面に耳を当て、ドカドカと馬が土を蹴る音が近づいてくるのを聞いた。

騎士達は目一杯の速度で馬を駆る。


「明かりが見える!あっちだ。近いぞ気をつけろ!」

松明の明かりを見つけた騎士が先頭へと躍り出て大きく叫ぶ。


先頭の騎士が茂みへと身を隠したフレイアの前へ通りがかった頃、馬は麻紐に足を取られ派手に転んだ。


「ぐほぁッ」

騎士は声にならない声をあげて地面に放り出された。


「何だ⁈」

後続の騎士は倒れ伏した馬や騎士を避けて進もうとするも、突然の出来事に馬がパニックになり言うことをきかない。


騎士は激しく地面に打ちつけられた。

何とか運良く留まることができた騎士は馬から降りて周囲を警戒する。


「麻紐……罠か」

騎士は剣を構える。


「一網打尽にできると思ったが、流石オラクル聖騎士団だな」

フレイアは草をかき分けて進み、松明の光が照らす方から姿を現した。


「どうやらあの情報は正しかったようだな!」

騎士は足元の麻紐を一つ飛び越え、二つ飛び越えようとしたところで


グンッ


加速した勢いを不意に全て顔面に受け、弾かれるように転倒した。

騎士の頭上には煤で黒く塗られた麻紐が一本縛り付けてあり、騎士がぶつかった衝撃で振動していた。


森の中が再び静寂に包まれたのを見計らってハンスはひょっこりと茂みから這い出て、地面にのびた騎士達を見回す。


「何と言うか……」

「聖騎士らしくない戦い方だろ」

フレイアが鞘に収めた剣を地面に突き立てながら言ったのでハンスは曖昧な笑みを浮かべた。


「単純だが効果的だったな。そちらの二人は木に縛っておいてくれ。こっちは情報を聞き出す」

ハンスが散らかっている騎士を縛り上げている間に、フレイアは意識の朦朧としている騎士を拘束する。


「誰から情報を聞いた。誰の指示で動いている」

騎士は睨みつけるばかりでフレイアの問いに答えない。


フレイアは騎士の折れているであろう脚にじわりと体重を乗せる。


「船乗りだ!船乗りの商人に聞いた!向こうから話を持ちかけてきたのを、金を積んで詳しく聞き出した!」

「あの狸め」

ハンスは師と呼んでいた船乗りの顔を思い出しながら嘆息した。


「ふむ。私を捕らえるように指示しているのは誰だ」

フレイアは再び騎士へと問いかける。


「知らねぇよ!俺らは下っ端だ。命令通りに動いてるだけだ。所詮お前は孤児の出だ。中央の高貴なる血の方々から不興でも買ってたんだろ」

騎士は痛みに呻きながら叫んだ。


「そうか。手荒な真似をしてすまなかったな。目が覚めたら仲間を離してやれ。獣が来ないよう火は焚いておく」

フレイアは騎士を離してやると騎士の顎を掌底で揺らした。騎士は目玉を右往左往し、すぐさま意識を手放した。


「起きたとしてもこの怪我では追って来れん。行くぞ」

フレイアは騎士をひと所へ集めるとハンスと共に馬で駆けて行った。


「森を抜けた所に小さな村があります。そこで朝のティータイムと洒落込みますか」

ハンスは気丈に振る舞っているが、その顔には疲労の色が見て取れた。


「せっかくのお誘いだ。謹んで受けよう」

フレイアはハンスが楽になるように姿勢を整えた。


「夜遊びしてしまいましたね」

「門限を破ってしまったか」

フレイアは冗談めかしく言葉を返すとタイミングよく馬がヒンと鳴いたので二人は思わず笑った。



木々の間からはうっすらと青白く柔らかい光が立ち昇り夜が明けたことを告げていた。

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