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5話


王都の西に位置するセイルンは隣国の都市アーセラルと隣接しており、各国の品々か並ぶ商業都市だ。

オーフェンとは運河で繋がっており、平時であれば方々から来る商人で繁盛している。

今は先の大雨で通りの往来も少なく閑散としている。


「セイルンがこんなに静かなのも珍しいな」

「本当ですね師匠。俺たちはここでお暇しますが、また街中であったらよろしくお願いします」

ハンスはそう言って胸に手を当て会釈した。


「突然乗せてもらい悪かったな。助かった」

フレイアが舟乗りに握手を求める。


「嬢ちゃんみたいな別嬪さんならいつでも乗せてやるよ。もちろんお代は頂くがな」

師と呼ばれた男はがははと大きく口を開けて笑うとフレイアの握手に答え二人と別れた。



二人が街へ着いた頃には雨は上がり、雲がまばらに散って澄んだ茜色の空が見え隠れしていた。


「さて、誰かさんのせいでびしゃびしゃだ。びしゃびしゃついでに街でも見て回りますか?この様子なら追手もしばらく来ないでしょうし」

「悪くない提案だ。だが街を見るのは着替えてからだ」

「承知しました閣下。宿を手配しますよ」

ハンスはやれやれという顔をして見せた。


オーフェンとセイルンを繋ぐ川は勾配がゆるく流域面積もそれなりにある。

増水した水が引くのには時間かかるだろう。

追手がすぐに来ないという安心感が二人の心を少しだけ軽くした。


「実を言うとこうやって目的も無く街を見て回るのは初めてだ。必要なものは騎士団から支給されていたからな」

久々に乾いた服に身を包んだフレイアの足取りはどこか軽い。


「そうだったんですか。勿体無い。見て回るだけでも案外楽しいものですよ」

ハンスの言葉を聞いてフレイアはいくつか銀貨を握りしめて駆け出した。


「ハンス、あっちへ行ってみるぞ」

雨が上がった事もあり、通りには露店がちらほらと商売を始めていた。


食べ物を売る店だけでは無く、どこで使うのか何に使うのか分からないような物を売っている店など、商業都市ならではの品揃えにフレイアは目を輝かせた。

その中でもフレイアは装飾具を取り扱う露店の前ではたと足を止めた。


「綺麗だな」

店には金属のあしらいに石がはめ込まれた装飾が夕日を帯びて煌めいている。


「気に入ったものがあったのなら購入してみては?」

「……いや、私には必要ないだろう」

フレイアはその店を尻目に踵を返す。


「そうですか。俺は香辛料でも売ってきますよ。宿で食べられそうな物も買って帰るので先に戻っていてください」

ハンスはスタスタと去っていった。


ぽつんと取り残されたフレイアは悩んだ末に露店へと戻った。

店の前を何度か右往左往しながら石が埋め込まれた首飾りを吟味し、そしてその内の一つを銀貨で購入した。 


「ふん」

フレイアは買ったばかりの首飾りを色んな角度から眺めながら宿へと帰った。



フレイアが宿で時間を持て余しているとハンスが夕食を手に帰ってきた。


「セイルンは海に面しているので新鮮な魚が手に入るみたいだ。揚げ魚を挟んだパンを買ってきましたよ。まだあったかい。早く食べましょう」

ハンスがフレイアにパンを渡そうとするとフレイアは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「魚は臭いから好かん」

「確かに王都の魚は匂いますがそれは川の魚だからだ。海の魚は結構イケますよ」

ハンスがパンにかぶりつくと揚げ魚のサクサクした音が鳴る。


ぐぅ


フレイアの腹も鳴る。


「くっ……やんぬるかな」

フレイアがパンに齧り付く。さっくりとした衣の中から魚の甘い脂が溢れる。


「……美味い」

「そうでしょうとも」

二人は夢中でパンを食べた。


「そういえばあんたにあげようと思ってこれを買ってきたんです」

ハンスが懐から首飾りを取り出すと、ちゃらりと音を立てて深い赤紫色の石が揺れる。


「店で気に入っていたようだから買ってきたんだが、何色が好きかまでは分からなくてあんたの瞳と同じ色にした」

ハンスが首飾りをフレイアに差し出すとフレイアも懐から首飾りを取り出しハンスに見せた。


「……要らぬ気を回してしまったようですね」

ハンスが手の内の首飾りを片そうとする。


「待て、これはお前の物だ。この石は旅の守護石と呼ばれているらしい。道中の無事を守ってくれる。……まぁまじないの類だ。気休め程度だろうがな」

フレイアはずいと首飾りをハンスへ差し出した。


ハンスはフレイアから緑にも青にも見える不思議な石がはめ込まれた首飾りを静かに受け取った。


「……趣味が悪かったか?」

フレイアが不安そうに問いかけた。


「商人が物をタダで貰えたことに驚いただけですよ。嬉しいです。それにとっても綺麗だ」

ハンスは首飾りに付いた石をまじまじと眺める。


「そろそろ私の分を貰ってもいいか?」

フレイアが悪戯っぽい顔をして言うとハンスは鼻の頭を掻きながら紫檀色の首飾りをフレイアの首にかけた。


「良い色だ。気に入った」

フレイアは胸元の石を何度も手の上で転がした。



「情報収集をするなら今かも知れませんね」

翌日、朝食を済ませたハンスは茶を飲みながらフレイアに声をかける。


「確かに今なら追手の心配はない。情報がない事にはどこへ逃げて良いかも分からんからな」

フレイアは身支度を整えた後、紫檀色の首飾りをかける。


その様子を見てハンスは少しだけ目を細めた。


「ですね。しかし正直なところ市井から我々が得られる情報限られています」

「ならば懐へ乗り込むぞ」

フレイアが悪巧みをしているような顔つきでニヤリと笑う。


「へ?」

ハンスが気の抜けた返事をするとフレイアは勇み足で宿を後にした。



ハンスがポットのお茶を飲み切った頃、黒い布を手にしてフレイアが宿へ戻ってきた。


「こいつを着て教会へ行くぞ。今から私たちは聖王国を巡礼している修道士だ」

フレイアはハンスへ黒衣を放り投げた。


「……全く。大胆だが理に適っていますね。教会なら聖騎士団の情報も集まってきている、か」

ハンスはそそくさと黒衣に袖を通す。


「意外と似合っているじゃないか」

「意外は余計ですがね」

ハンスは眉を上げてフレイアの方を見やる。

修道服を纏ったフレイアは正淑に指をそろえてお辞儀をして見せた。


黒紅の毛先がふわりと揺れる。


「……」

「やはり柄に合わんか。私は騎士だしな」

フレイアがあっけらかんといつもの口調でいうとハンスは慌てて言った。


「そうじゃない。そうじゃないが……調子が狂うな。まぁ、剣を持っていない姿も、あれだ。良いんじゃないか?」

「剣なら短いものを服の下に仕込んである。いざという時は任せろ」

フレイアは短剣を仕込んだであろう位置を軽く叩いた。



二人はセイルンの外れにある教会へと足を運んだ。

この街の聖堂は街の規模に対してあまり大きくはないが、白を基調とした壁材に比較的新しい建築様式で複雑に建てられており荘厳さがある。


教会の扉を抜けると、大きく開かれた天井と華やかなステンドグラスの窓が二人を迎えた。

ハンスが教会の中を興味津々に見渡す。


「あまりキョロキョロするな。不審に思われるぞ」

「そうですね。つい」

教会の中では修道女が数名立ち話をしていたがこちらに気がつくと歩み寄ってきた。


「こちらの教会ではあまりお見かけしない方々ですね」

フレイアは淑やかに挨拶をして答えた。

「王都から来ました。各地を巡礼する旅をしているのです。こちらの教会も大変素晴らしいと聞いてやってきたのです。しばらく見て回っても?」

修道女は嬉しそうに頷くと「どうぞ」と言ってその場を離れた。


「そんな言葉遣いも出来たんですね」

ハンスが茶化す。

「私は教会で育った。説教も聞かせられるがどうする?」

「おみそれしました。勘弁してください」

二人は建物を見て回るふりをしながら修道女たちの話に聞き耳を立てた。


「近頃中央では孤児が増えてきているそうですよ」

「まぁ。なんだか最近物騒な噂が絶えませんわ。先日、騎士様に大通り以外無闇に通ってはいけませんよと注意されましたの」

「どうなっているのでしょうね」


修道女の話を聞いてハンスは先日逃亡中に見た景色を思い出す。


「確かに最近各地で治安が悪化していますね」

フレイアが返事をしようとすると扉の外からガシャガシャと鎧の擦れるような音が聞こえてきた。


「まずい。騎士団の者が近づいて来ている」

フレイアは思わずハンスの手を引いて懺悔室の中へ身を隠す。


扉の隙間から外の様子を伺うとオラクル聖騎士団の鎧を纏った小柄の女が修道女と話しているのが見えた。



「貴方達は鮮やかな赤の髪をした女の騎士を見ていないですか!この辺りにいてもおかしくない筈なのです!」



ーーー追手か?

懺悔室に緊張が走る。


ハンスが騎士の会話をよく聞こうと扉に顔を近づけた時、懺悔室の向こう側に誰かが入室してきた。


「わしゃあカミさんと先日喧嘩したもんでな。シスターさんに聞いてほしいことがあるんじゃけども」

フレイアはハンスと壁の向こう側の老人を交互に見る。


「あ、あぁ。話せ……お話ください」


「あたしはコギト村でフレイア隊が壊滅したって聞い……

「カミさんがわしの事を禿げとるだの何だの言うて!」

「あ、あぁ」


「オラクル聖騎士団は………なのです!」

「カミさんがしわくちゃになっても愛すると誓っておったんじゃが見目麗しい女が……」

「お、おぉ。そうか」


「もう今王都は本当に……!」

「ワシは悪ぅ無い!そうじゃろうシスターさん」

扉の向こうの騎士の声と、壁の向こうの爺さんの声が錯綜して内容が掴めない。

ついにハンスは痺れを切らして答えた。


「〜〜〜っ‼︎爺さん。あんたの罪は墓場に持ってってやるからとっととカミさんに禿げた頭下げて謝ってくるんだ!ほら。早く!」

爺さんは思わぬ回答に焦りながら懺悔室を飛び出して行った。


懺悔室に平和が訪れた頃には既に騎士の話も終わっていたようだった。


「……収穫は、いや聞くまでもないか」

フレイアはハンスの肩にポンと手を乗せて懺悔室を出た。



「先輩?その鋭い眼光、しなやかな唇、すっと通った鼻筋!やっぱり先輩ですよね⁉︎」

懺悔室を出た所で先程の小柄な騎士が立っていた。


「お嬢さん。何を言っているか分かりませんがこちらは巡礼中の修道女ですよ」

ハンスがフレイアを庇うように前へ出る。


「地味なおじさんは黙っててください!」

「お、おじ……俺はまだそこまでの歳じゃない」

小柄な騎士の耳にはハンスの言葉は届いていない。


「先輩会いたかったんですよ!ずっとずっと探して、船もなかったから迂回して陸路で来て……先輩はあんな事しないって……!髪のお色は違いますが分かります。フレイア先輩ですよね?」

小柄な騎士は目を輝かせながらフレイアににじり寄る。どうやら敵意はなさそうだ。


「リーリャか。久しいな」

「この失礼な女はあんたの知り合いですか?」

ハンスは訝しげにリーリャを見た。


「大丈夫だハンス。確かにリーリャは無遠慮な所はあるが私の信頼できる後輩だ」

フレイアの言葉に思う所があったのか、リーリャは胸を押さえて仰け反った。


リーリャはハンスを品定めするかのようにじろりと見つめた。


「それよりこの貧弱で軽薄そうな男は先輩の何なんですか」

「リーリャ。確かにハンスは多少調子の良い所はあるが、私が追われている所を助けてくれた命の恩人だ」

ハンスは小さく呻きながら軽く膝をついたがすぐに体勢を整えた。


「ハンス・ローマイヤーだ。よろしく」

「よ、ろ、し、くお願いします」

ハンスが手を出すとリーリャはその手をギリギリと音がしそうなくらいキツく握る。


二人の視線は火花を散らすかのように交わっていた。



「中央は今混乱しています。フレイア先輩がいなくなった事も起因していますが、それだけじゃなくて、現場の指揮官の何人かは行方不明になっていて……」


三人は酒場へと場を移しお互いの情報を共有し合う事にしたようだ。

リーリャが並々と注がれた酒をぐいと煽る。


「私は緋色の聖母(ハイプリエステス)がそんな事する筈ないって言ったんですけど、地方へ地方へと派遣される羽目になって、これは先輩を探すしかないって思って色々と理由を付けてここまで来たんです」

リーリャが矢継ぎ早にことの顛末を話す。


「オラクル聖騎士団も一枚岩ではないようだな」

フレイアがこの酒場で一番強い酒をぐびりと喉へ流し込む。


「あんたがコギト村で襲われた時、騎士団の連中は既にあんたを襲う準備が出来ているようだった。一枚岩で無いにしろ計画的な犯行だったことは明らかだ」

ハンスは負けじと酒を喉へと流し込んだ


「あんたぁ〜?先輩にはフレイア・バーンシュタインって言う素敵な名前が……ムゴムゴ」

リーリャの発言はフレイアの手によって遮られた。


「一応私はお尋ね者の身なんでな。あまり大っぴらに呼ばないように」

フレイアが口頭で注意すると、ハンスが勝ち誇った顔でリーリャを見た。

すかさずリーリャはハンスへ向かって小さく肘打ちをした。


「いだっ。と、とにかく騎士団の中で何かきな臭い動きが起きている事は確かだ。それにこれまでの街の様子を考えても……」

ハンスは腕を組んで思考の海へと沈んでいった。


「それより、これからはあたしが先輩をお守りします!」

リーリャは身を乗り出して言った。


「なっ!こんな大きな声の女連れてたら一発でお縄ですよ!ね?」

ハンスがフレイアの方へ素早く振り向くとフレイアは呆れた顔をして二人の額をこづいた。


「落ち着け二人とも。リーリャの情報を聞くに、やはり本部へ戻る事は危険か。しかし指揮系統が麻痺しているのは不幸中の幸いだ。そこまで本腰を入れて私を追っている訳ではないようだな」

フレイアが話をまとめるとハンスは酒の入った器を弄びながら再び何かを考え始めた。


「……リーリャ。教会の、孤児院の冬支度を早めにするように伝えておいてくれないか。これは商人の勘なんだが、今年の冬は、その、厳しくなると思う。薪や食料は多めに集めておいた方がいい」

ハンスが珍しく真剣な顔をしているのでリーリャは素直に頷いた。


「まぁ、取り越し苦労であればいいんですがね」

ハンスは再びひょうきんに手を振る。


その後三人はこれまで旅路の情報を肴に夜が更けるまで酒を飲んだのだった。

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