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4話

◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



ハンスが馬を荷馬車ごと金に変えて宿へと速足で向かっていると、雨が降り出した。

この暗雲の様子を見ると、今は小雨だがすぐにたくさん降り出すだろう。


「おいそこの男!」

すぐ後ろの路地からオラクル聖騎士団が飛び出してハンスに声を掛けた。

ハンスは外套を深く被り直し、振り向かずに駆け出す。

雨は勢いを増して、空では雷がぴかぴかと稲光を散らしている。


「待て!」

騎士は大きく鎧の擦れる音を立てながらハンスを追いかけるも、雨で視界が遮られ見失ってしまった。

ハンスは雨に紛れ、路地から路地へと身を隠した。


しばらく雨が地面を叩く音だけが響き渡る。

ハンスは大きく息を吐き、荒れた呼吸を整えた。

路地には物乞いだとか、頭のおかしくなったような連中が着の身着のまま転がっている。


ドシャッ!


路地の奥で何かが地面に叩きつけられるような音がした。

ハンスは息を潜めながら奥を覗き込む。

その先には暗がりの中に伏している男と、何か薬包紙を持った男が見える。


「おっと。これは厄介事の匂いがする」

ハンスは自分に言い含めるように独りごちてその場を離れた。



ようやく宿に着いた頃、ハンスの足は雨水でふやけていた。歩く度にグシャグシャと不愉快な音を立てている。


「街の北側は兵で溢れてる。俺たちを捜しているのかはわからないが近付かない方がいいでしょうね」

ハンスが部屋の扉を開けながらフレイアと情報共有を試みるも、返事がない。


フレイアが追手に捕らえられたのでは、という想像が脳裏をよぎったが、フレイアに預けた荷物が丁寧に置かれており、机の上では蝋燭の火が揺れていたのでハンスはほっと一息をついた。


「全く蝋燭が勿体無い。天下の閣下は湯でももらっているんでしょうかね」

ハンスは独り言を呟きながら蝋燭の方へと近付いた。

蝋燭の仄かな光は机上の羊皮紙をゆらゆらと照らしている。


「らしくもない恋文ですか?」

嫌な考えが頭をよぎり、ハンスの心臓は音を立てて脈打ち始めた。

部屋からはフレイアの持ち物が消えている。フレイアの剣も、装備も見当たらない。

羊皮紙を手に取り目を通すと、そこにはこう記されてあった。


『ここまでお前を巻き込んでしまってすまない。酒代以上に働かせてしまったな。

私は傭兵として西へ向かう船に乗せてもらえる事になった。

これからはまた誠実な商人の道へ戻ってくれ。

不測の事態だというのに、正直な所この旅がどこか心地良かったのだ。決断が遅くなってしまってすまなかった。

迷惑料とは言わないが、机の引き出しに礼を入れておいた。受け取ってくれ』


「……は?」

ハンスは顔を歪めながら椅子に掛け、机の中を探る。

そこには昼間フレイアが満足そうに見せびらかしていた金貨が転がっていた。

ハンスは呆然と羊皮紙に視線を落としたまま、だらりと椅子に体重を預け、深く息を吐いた。


「……はは。手堅く、誠実に、地味に商売してきた。いいじゃないか。これまで通りに商売するだけだ」


ぶら下げた手からは雨の雫がぽたりと滴り落ちる。蝋燭は緩やかに溶け出し、火は燃え尽きようとしていた。



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇



フレイアはハンスと別れ、宿に向かおうとしていた。その道中に、何人もの聖騎士団を見た。


ーーーこれまで奴に甘えて過ぎていたな。もう潮時か。


フレイアは帰路の運河で舟乗りを見つけて声をかけた。


「どうやら西で儲け話があるらしいな。私は傭兵をしている。西のセイルンまで行く舟を知らないか」

舟乗りは顔にかかる雨露を拭いながら答える。


「この雨だ。川も増水してきてる。しばらく舟は出ないだろうよ。俺みたいな貪欲な商船以外はな。ちょうど武具を積んで西へ向かうところだ。他の奴らはここで足止め食うだろうが、今日出たらセイルンまでなんとか行けるだろうよ。運が良かったな傭兵の嬢ちゃん」

「助かる。荷を整えてすぐ戻る。私も同乗させてくれないか」


フレイアは舟乗りの方へ金貨を一枚放る。

舟乗りは慌てて両手で金貨を掴んだ。


「船代には十分だな。なるべく早く戻れ。こっちもギリギリの賭けだ。そうは待てんぞ」

フレイアは頷いて宿へと駆けた。


荷を置いて、自分の装備を整えて外套を羽織る。机上の蝋燭に火を灯し、ハンスの荷物から羊皮紙を取り出すとさらさらと書き置きをしたためた。

フレイアは懐から金貨を取り出し、丁寧に引き出しへとしまった。


「……すまなかった」

小さな声で呟いてフレイアは部屋を後にした。



フレイアが宿を出ると雨はいっそう激しさを増していた。川の流れも速い。これならば舟に乗ればすぐに西へと着くかもしれない。


「待たせたな。出発してくれ」

フレイアは舟に乗り込みながら言った。


「あいよ。揺れるからしっかり捕まってな。落ちたら置いてくぞ」

舟乗りはフレイアがしっかり舟に乗ったのを確認しながら舟を出した。


「ここいらは最近物騒になってきたもんだ。前は見なかったオラクル聖騎士団も今じゃ我が物顔で闊歩している。その分頭のイカれた連中を取り締まっちゃくれてるがな。いかんせん高圧的で参る。奴らも緋色の聖母(ハイプリエステス)みたいに俺たちに寄り添ってくれりゃいいんだがね」

フレイアはフッと表情を崩すと「そうか」と短く答えた。



外にはこんなにも激しく雨が降っているというのに、こちらの舟へ向かって真っ直ぐ走ってくる人影があった。

影は雨を掻き分けて、グングン速度を上げる。


「そこの舟!待て!」

影の主が何か声を上げているが雨に掻き消されてたいして聞こえない。


「なんじゃありゃ。嬢ちゃんの知り合いか?」

「分からん」

フレイアは剣に手をかける。船上の空気が張り詰める。


強い風が吹き舟を一層大きく揺すると共に、盛りを増した風は彼の者の外套をグンと持ち上げた。


「……ハンス⁉︎何をしている!早く戻れ。お前が私に着いてくる理由はもうないはずだ!」

フレイアは声が雨音に飲まれないように張り上げる。


「理由?理由ならあります、よっ」

ハンスは一向に停舶しない舟に痺れをきらせて舟へと目掛けて翔んだ。


ガダボン!


ハンスは鈍い音を出しながら船上に転がり込んだ。

舟はハンスが無理矢理飛び乗った反動と激しい川の流れて積荷が溢れんばかりに揺れた。


ハンスが飛び乗った勢いのまま船上からまろび出そうになる所を、フレイアはなんとか首根っこを掴んで食い止める。


「何しにきた」

フレイアは驚いたような、呆れたような顔をしながら問うた。


「外套、羊皮紙……」

「?」

「それにワインとダメになった商品達。ここまでの運賃もろもろ合算して金貨一枚で足りるとお思いで?閣下」

ハンスがそう答えると、フレイアは静かに口元を抑えた。


「これは失礼した」

「それに、俺を守ってくれるんじゃなかったんですか?契約違反だ」

ハンスは挑戦的な目をフレイアに向けた。


「強欲な商人め。契約期間をちゃんと決めておくべきだったか」

「心外な。ご存知の通り誠実さで売ってますよ」

二人は船首そっちのけで軽口を叩き合った。


「そういえばどうして私がこの舟に乗っていると分かった」

フレイアが思いついたようにハンスに聞く。


「こんな悪天候の中、舟を出すごうつくな商人はあの人しかいないと確信していたからだ。ねぇ師匠?」

ハンスが舟に乗ってからずっとダンマリ他所を向いていた船首に声をかける。


「すでに袂をわかっている。もうお前の師匠じゃねえ」

「暖簾分けしただけですよ師匠。お久しぶりです」

舟乗りの男は気怠そうにハンスの方を見た。


「ふん。勝手に言っていろ。相変わらずみみっちぃ商売しているようだなハンスよ」

「師匠は相変わらず無茶な商売を続けているようで」

売り言葉に買い言葉、どうやらハンスの軽口は師匠譲りらしかった。


「二人は知り合いだったのか。数奇な事もあるものだな」

フレイアは楽しげに言った。


「師匠は俺を拾って商売を叩き込んでくれた恩人ですよ」

「ふん。コイツが勝手にピヨピヨついてきただけだ。それに商売の方針が違ったんで数年前にけつ叩いて追い出してやったのさ。嬢ちゃんからたんまり乗車賃は貰ってるから乗せてやるが、そうでなけりゃ連れてかねぇよ」


フレイアはハンスそっくりなその言い草にくつくつと笑った。

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