【9話】友達
時刻は午前十一時。
リヒトとステラは、王都の街を歩いていた。
昨日約束した通り、今日は王都にある食事店を回ることになっている。
回る予定の飲食店は全部で五つ。
リヒトがピックアップした候補たちだ。
それらの中から一つを決めるのが、今回の目的となっている。
(それにしても、可愛いな)
隣を歩くステラに目が吸い込まれる。
今日の服装は、薄黄色のワンピースドレス。
空から照らす太陽の光を吸収し、より明るく輝いている。
いつもの見慣れた制服姿ももちろん可愛いのだが、これはこれでとっても可愛い。
(こんな子と街を歩けるなんて夢みたいだ! ありがとう神様!)
晴天の空を見上げたリヒトは、心の中で神様に感謝をする。
「リヒト様、とっても嬉しそうですね! 何かいいことでもありました?」
「そうかな。……ははは」
ごまかすように笑う。
ステラのおかげだ――なんて、恥ずかしくて本人に言える訳がなかった。
「まずはここだ」
最初に向かったのは、オシャレな雰囲気のピザ屋。
店内に入ると、焼けたチーズの美味しそうな匂いが鼻をくすぐった。
店員の案内で、二人はテーブル席へと座る。
「どれも美味しそう! 悩んじゃいますね!」
メニュー表を眺めながら、あれもいいこれもいい、と楽しそうに悩むステラ。
コロコロ変わる表情は、そのどれもが可愛らしい。
彼女の対面に座るリヒトは、その姿を見ているだけでお腹いっぱいになっていた。
しばらくして、二人の注文が決定。
店員にオーダーをかける。
『雰囲気はオシャレ。メニューも充実している』
ピザを待っている間、持ってきたメモ用紙にここまでで得た情報を記載していく。
「とても熱心なんですね」
対面から飛んできた声に、リヒトは顔を上げる。
「熱心にもなるさ。あんな凄惨な未来を迎えるのは、絶対にごめんだからな……」
リヒトの言葉に、怪訝そうな顔をするステラ。
けどそれは、一瞬だけ。すぐにニコリと笑った。
「そんなに熱心に想ってもらえるなんて、リヒト様のお友達は幸せですね。……うらやましいです」
ニコリと笑っていたステラの顔に、陰りが差してしまう。
「私には、そんなお友達ができたことないので」
ずーん。空気が急に重苦しくなる。
ステラの過去について、リヒトはだいたいのところを知っている。
マジカルラブ・シンフォニックの中で、触れられているからだ。
王都より遠く離れた辺境の地で生まれたステラ。
彼女は生まれつき、魔法がほとんど使えない。
貴族の血統であれば難なく魔法を使えるこの世で、そのような人間はかなり珍しかった。
そのせいで、ステラはいつも周囲から浮いていた。
昨年一年間通っていた魔法学園では、いじめのようなものはなかったものの、常にひとりぼっちだったのだ。
そして、友達がいないのは今も変わらない。
暗くなっているステラを見かねたリヒトは、とある決断をする。
「ステラ、俺と友達になってくれないかな」
「…………え? 私が、リヒト様と、ですか?」
よほどビックリしたのか、ステラはブルーの瞳を大きく見開いた。
「もう知っていると思うけど、俺、クラスに友達いないんだよ。だから、同じクラスのやつで友達が欲しいんだ」
「でも、いいのですか……私なんかで」
「昼休憩、いつも一緒にいて思うんだ。ステラと一緒にいる時間が楽しい、って。そんなお前だからこそ、俺は声をかけた。友達になりたいって思ったんだ」
「…………嬉しい」
ステラの瞳から涙がこぼれる。
ステラは泣きながら、しかし、笑っていた。
「こんなに嬉しいことは初めてです……! リヒト様、ありがとうございます!」
まさか、そんなに喜んでくれるとは思わなかった。
(ちょっと、オーバーすぎる気もするけどな)
少し困惑した様子で微笑んだリヒトは、「そうだ」と声を上げる。
「俺たちはこれで友達になった。だから、敬称はなしだ」
「それでは、リヒト……さん! リヒトさんでいかがでしょうか!」
「『さん』もいらないけど……」
そう言ってみるのだが、ステラはまったく聞いてない。
うん、素敵! 、と言ってうっとりしている。
(まぁ、ステラが楽しそうだしいいか!)
それにしても、この年になってまさか、『友達になって下さい』なんて言うとは思わなかった。
こそばゆいやり取りは少し恥ずかしかったが、ステラを喜ばせることができた。
達成感を、リヒトは全身で味わっていた。
飲食店巡りは順調に進んでいく。
五店舗目を出た頃には、空が茜色に染まっていた。
「今日は色々と、ごちそうになってしまいました。本当にありがとうございます!」
「礼を言うのは俺の方だ。付き合ってくれてありがとうな。ステラのおかげで、うまくいきそうだよ」
「良かったです。リヒトさんの――お友達の役に立てて、私嬉しいです!」
純粋なステラの笑顔に、心を打たれるリヒト。
熱くなった頬は、夕焼けの茜とそっくりな色をしていることだろう。
その姿をステラに見られていると思うと、とても恥ずかしく感じる。