【45話】返事
翌日。
夕焼けの赤に染まっている王都のベンチに、リヒトとステラは座っていた。
互いに無言で見つめ合っている。
二人の間には今、張りつめた雰囲気がひしめき合っていた。
今から行われるのは、先週の告白の返事。
する側、される側の両者ともに、体から緊張感が溢れ出ていた。
「ありがとうな」
押しつぶされるような重々しい沈黙を破ったのは、まず、リヒトの方からだった。
「俺みたいな男を好きになってくれて、本当に嬉しいよ。ステラには感謝しかない」
返事は既に決まっている。
迷いはない。
しかしどうしても、お礼だけは言っておきたかった。
いかに感謝しているのかを、しっかり言葉にして伝えたかった。
返事を伝えた後では、きっと言えなくなってしまう。
そう思って、最初に感謝の言葉を述べた。
けじめ、のようなものだ。
「『俺みたいな』なんて言わないでください。あなたは私にとって、最高に素敵な男性ですよ」
リヒトの顔を覗き込むようにしてきたステラは、はにかむように笑った。
けれどすぐに、真剣な表情に変わる。
「……リヒトさん。お返事を聞かせてもらってもよろしいですか?」
ステラの大きな瞳に射抜かれるリヒト。
小さく息を吸ってからグッと拳を握り、覚悟を決める。
「ごめん。ステラの気持ちを受けることはできない」
まっすぐに、隠すことなく、一息で返事を言い切った。
ステラは視線を逸らして、そして、とても悲しい表情をした。
痛い。
四方八方から剣で突き刺されているかのような痛みを感じる。
ステラはいつも、眩しい笑顔で元気づけてくれた。
その彼女が悲しんでいる姿を見るのが、本当に心苦しい。
答えを返せばこうなることは、当然覚悟していた。
けれど、思った以上にダメージが大きい。
(それでも、俺は決めたんだ)
ステラを傷つけることになると理解した上で、それでも本心をぶつけることを選んだ。
だからここで、怯む訳にはいかない。
「これが俺の答えだ」
「…………それは、リリーナさんが関係していますか?」
リヒトは小さく頷く。
口に出して返事をしようとしたのだが、つい最低限の動作で応えてしまった。
覚悟を決めたと言っても、どうしてもまだ勇気が足りないのかもしれない。
なんとも情けない話だ。
「やっぱりそうでしたか」
ステラが微笑む。
けれどそれは、いつもの見慣れたリヒトが何度も癒されてきた笑顔とは違った。
無理して浮かべた、作り笑いだ。
何度も何度もステラの笑顔に癒されてきたリヒトには、すぐに違いが分かった。
それを見ているだけで、どうしようもなく辛くなってしまう。
「告白した時から、こうなる気がしていました。でも、試さずにはいられませんでした。……私、小さい頃から色々なものを諦めてきたんです」
ステラが真っ赤な空を見上げる。
「魔法が使えなかったせいで、いつも劣等感を抱えていました。ダメダメな私には何もできない、そんな風に考えていたら、いつの間にか諦め癖がついてしまったんです。でも、リヒトさんのことだけは諦めたくなかった。本当に……本当に大好きでしたから」
「……ごめん」
息の詰まりそうな声には、想像つかないくらいの悲しみを感じた。
罪悪感に苛まれたリヒトは、ほとんど反射的に謝罪の言葉を述べた。
「謝らないでください」
空に向けていた顔を、リヒトへ戻す。
とても綺麗で、とても悲しい顔をしていた。
「リヒトさん。あなたに出会えて、私は本当に幸運でした。この出会いを、私は一生忘れません。今までありがとうございました」
ステラが顔を下に向ける。
ぽつぽつぽつ。
瞳から零れ落ちる涙の雨が、路上の石畳を濡らしていく。
「これで話は終わりですね。さ、行ってください」
「えっ、でもお前をこのままにしておく訳には――」
「行って!!」
涙交じりの震え声が響く。
これまでに聞いたステラの声の中で、一番激しくて、一番悲しい。
そんな心からの叫びだった。
リヒトは逡巡するも、
「じゃあな」
立ち上がることを選んだ。
ステラに背を向け、その場から立ち去っていく。
ゴーンゴーン!
午後五時を知らせる鐘が鳴る。
それが終わると今度は、泣きじゃくる少女の声が、背中越しに聞こえてきた。
彼女が泣いているのは自分のせいだ。
今すぐ寄り添って背中をさすり、その涙を止めてあげたいと強く思う。
けれどリヒトには――リヒトだけには、それができないだろう。
「ごめんな」
だから、まっすぐ歩き続ける。
一歩足を動かす毎に鋭い痛みが胸に走ったが、決して振り返ることはなかった。




