【43話】告白
次の休日。
リヒトは王都の街を歩いていた。
すぐ隣には、ステラがピッタリくっついている。
『今度の休日、二人きりでお出かけしませんか?』
先日、ステラがそう言って誘ってくれたのだ。
リリーナの一件で落ち込んでいるリヒトを元気づけようと、声をかけてくれたのだろう。
思いやりに溢れた優しい子だ。
優しい内面と、超絶可愛い外見。
そんな隙のない美少女であるステラと横並びになって、王都の街を歩いている。
ステラにその気はないだろうが、一見すれば、デートしているようなこの状況。
舞い上がって狂喜乱舞していたことであろう――本来であれば。
「リヒトさん、次は服飾店に行きましょう!」
「お、おう」
弾ける笑顔を見せてくれるステラに、リヒトは気の抜けたような返事をした。
せっかくステラが誘ってくれた今日のお出かけに、リヒトはいまいち集中できていない。
原因は、リリーナが別れ際に言った「ばいばい」という声。
その声が頭にずっと残っている。
忘れようとどれだけ頑張っても、泥のように張り付いていて、離れてくれないのだ。
どうすれば忘れられるのか、どれだけ頑張って考えても、まったくその方法が分からない。
そんな苦悩を抱えているリヒトを気にもせず、ステラとの時間は勝手に進んでいく。
******
「今日はとっても楽しい一日になりました! ありがとうございます!」
「こちらこそありがとうな。……俺も楽しかったよ」
嘘を、ついてしまった。
今日一日、ステラと色々な場所を訪れたのだが、一度も、楽しい、と感じることはなかった。
頭に残っている声が、そうさせてくれなかった。
ステラには、本当に申し訳ないと思っている。
罪悪感で胸がいっぱいだ。
けれど、どうしようもなかった。
忘れようと思えば思うほど、それを嘲笑うかのように声が大きくなっていくのだ。
(クソッ……!)
対処方法の分からないもどかしさに、イライラだけが募っていく。
「リヒトさん。最後に少し、お話していきませんか?」
「いいぞ」
二つ返事をする。
ステラへの罪悪感に苛まれているリヒトは、少しでも彼女に罪滅ぼしをしたかった。
考える余地もない。
大通りから離れたところにある人目の少ないベンチに、二人は腰を下ろした。
「実は私、好きな人がいるんです」
腰を下ろしてからの、ステラの第一声がそれだった。
大きな衝撃が走る。
驚いた――のもあるが、ショックの方が大きい。
毎日昼食を一緒に食べ、多くの時間を過ごしてきたステラは、リヒトにとってかけがえのない大切な友達だ。
その友達を取り上げられてしまうような気がして、非常に悲しかった。
リリーナのことで傷心している最中でのこれ。
追い打ちをかけられているかのようなタイミングに、傷口をぐりぐりと抉られるような感覚に陥る。
「いつでも優しくて、誰かのために一生懸命になれるような、とても素敵な人なんですよ。私、この人のためならなんだってできるような気がするんです」
「……ステラにそんな風に思ってもらえるなんて、そいつはとんだ幸せ者だな」
胸の痛みを我慢しながら、それでもリヒトは気丈に振る舞おうとした。
恋焦がれている相手のことを話すステラはの言葉には、一音一音に大きな熱を感じる。
本気で好いているというのが、よく伝わってくる。
だったら、マイナスなことは口にしてはいけない。
笑顔で背中を叩いて、全力で応援してあげるべきだ。
それが友達というものだろう。
暗くなる気持ちを胸の奥に押し込めて、リヒトは無理矢理に笑顔を作った。
「うらやましいよ! 俺もそんな風に誰かに想われてみたいな」
「誰だと思いますか? リヒトさんもよく知っている方ですよ」
「うーん、クロードか?」
「いえ、違います」
「……分からないな」
友達の少ないリヒトにとって、心当たりがある人物といえばクロードくらいしかいない。
それが違うとなれば、もう見当がつかなかった。
小さく微笑んだステラは、「それでは、ヒントをあげましょう」と、軽く胸を張った。
「まずは外見です。その人は、茶色い髪に、緑の瞳をしているんです」
「なんだか地味な見た目だな」
「次は内面ですね」
体を乗り出したステラが、リヒトの両手をガッと掴んだ。
「その人は、悪い人に絡まれていた私を助けてくれたんです。私の作ったお弁当を食べていつも、美味しい、と褒めてくれるんです。私のことを、可愛い、と言ってくれるんです」
「…………おい、それってまさか」
「はい」
コクリと頷いたステラ。
覚悟を決めたかのようなとても真剣な瞳で、リヒトをまっすぐに見つめた。
「リヒトさん。私は、あなたのことが好きです」
愕然。
驚きのあまり、リヒトは言葉を失っていた。
まさか、まさかだった。
こんなに大きな好意を向けられていたことに、今の今までまったく気がつかなかった。
毎日一緒に昼食を食べていたというのにだ。
「いきなりこんなこと言われても、ビックリですよね。ですから、今日はこれで帰ります。一週間後、この場所、この時間で、リヒトさんの口から答えを聞かせてください」
ペコリと頭を下げてから立ち上がったステラは、この場を去っていった。
ひとり取り残されたリヒトは、呆然。放心状態。
去っていくステラの後ろ姿を、ボケっと見ていることしかできなかった。
ゴーンゴーン!
午後五時を知らせる大きな鐘の音が、王都の街中に響き渡る。
しかしながら今のリヒトには、その大きな音でさえもまったく聞こえてはこなかった。




