【40話】険悪な二人
ダンスパーティーの翌日、正午過ぎ。
どんより曇った寒空の中、リヒトとステラは庭園のベンチで昼食を食べていた。
昼食を食べているステラは、ニコニコほわほわした雰囲気だ。
リリーナを打ち負かした昨日のおっかない姿は跡形もなくなっており、すっかりいつもの彼女に戻っていた。
(よし、昨日のことを話すか)
昨日のひと悶着について、ステラとはまだ話をできていなかった。
あんなに激しい口論に発展してしまった原因はよく分からないが、二人には元の関係に戻って欲しい。
仲直りしてほしかったのだ。
だからリヒトは、そのことについてステラと話をしようと思った。
しかし昨日のパーティー中は、それが叶わなかったのだ。
リリーナとクロードのところから去った後、ステラはなぜか、とてつもなくハイテンションになっていた。
『リヒトさん、踊りましょう!』と言うばかりで、とても話を聞いてくれる雰囲気じゃなかったのだ。
興奮が冷めていつも通りのステラに戻った今なら、落ち着いて話ができるはず。
リヒトは、そう踏んだ。
「ステラ。昨日は俺のために、色々言ってくれてありがとうな。嬉しかったよ。けどさ、リリーナも悪気があった訳じゃないと思うんだ。ほら、あいつって、面倒くさいところがあるだろ。だからその、リリーナを嫌わないでやってくれないか?」
「もちろんです。むしろ、私の方こそ言いすぎてしまいました。……リヒトさんを、びっくりさせてしまいましたよね」
ベンチに腰を下ろしたまま、ステラは横へスライド。
リヒトに体をピッタリくっつけると、上目遣いで見上げた。
吐息が触れるほどに、美少女と密着している。
そんな状況に、リヒトの理性は崩壊寸前。
全身が火傷しているみたいに熱くなる。どうにかなってしまいそうだ。
「私のこと、嫌いになっちゃいました?」
「ならないならない!」
「本当ですか? 私、嘘をつかれるの嫌いなんですよ」
「本当だよ! だから頼む! 早く離れてくれ!!」
「リヒトさん、顔が真っ赤になってる」
いたずらっ子のような笑みを浮かべたステラは、かわいい、と言ってリヒトの鼻の先を指でツンと弾いた。
ボフン!
リヒトの頭上から湯気が上がる。
刺激が強すぎて、頭が真っ白になってしまった。
「ちょっとあんたたち! そんなにくっついて何してんのよ!」
激しい足音を立てながらやって来たのは、リリーナだった。
吊り上がっている瞳には、激しい怒りの炎が渦巻いている。
「ご機嫌ようリリーナさん。お昼に会うのは初めてですね」
柔らかなステラの言葉に、リリーナはいっさい反応しない。
昨夜のことを引きずっているのか、会話する気が最初からないように感じる。
となれば、選択肢は一つ。
リヒトが話をするしかない。
「……昼飯を食ってたんだ。前に言ったろ。昼はいつもステラと食っているって」
「食事するのに、そんなにくっつく必要はないでしょ! ちゃんと説明しなさいよ!」
リリーナの指摘はごもっともだった。
返す言葉もない。
(というか、説明して欲しいのは俺の方なんだけど)
チラッとステラを見てみるが、どうしたんですか、と言わんばかりにとぼけた笑みを浮かべている。
説明してくれと言っても、応じてくれないだろう。
仕方ないので、こちからも疑問をぶつけて場を中和することにする。
「お前は何しに来たんだよ」
「あんたに話があってきたのよ」
「話? それなら放課後でいいだろ」
放課後はいつもみたく、空き部屋に集まることになるだろう。
話があるなら、そこでいくらでもすればいい。
だが、
「……ダメよ。今すぐじゃないと」
「今すぐって……俺は今、ステラと昼飯を食ってるんだけど」
「緊急の要件なの!」
「……分かったよ」
これまでにしたリリーナとの会話で、緊急性の高いものはあっただろうか。
いや、ないはずだ。
彼女の言う『緊急の要件』というのが、まったくもって想像できない。
しかし、人命に関わるような話という可能性もある。
それを考慮すれば、無視する訳にもいかない。
ため息を吐いたリヒトは、ステラに「ごめん」と謝り腰を上げた。
「お気になさらないでください。”お友達”のお願いは、ちゃんと聞いてあげるべきです」
お友達、という言葉を強調したステラ。
意味深な微笑みを浮かべて、リリーナへ視線を投げた。
軽く舌打ちを鳴らしたリリーナは、それを一瞥。
背を向けて校舎へ向かっていく。
「じゃあ、悪いなステラ」
せっせと歩いているリリーナの背中を追って、リヒトは駆け出した。
二人は旧校舎の空き部屋に入った。
放課後以外でここを使うのは、何気にこれが初めてだ。
昼に来るなんて何だか新鮮な気分だな、なんてことを、いつもであれば言っていたかもしれない。
しかし今のリリーナは、非常にトゲトゲしていてピリついている。
とてもそんなことを言える雰囲気ではなかった。
「で、なんだよ話って?」
「あの子に近づくのはもう止めなさい」
「…………は? そんなもんが緊急の話かよ」
緊急の要件と聞いて来てみれば、まったく緊急性のない内容だった。
しかも、その内容は唐突すぎる上に意味不明。
イライラが爆発的に上昇していく。
「お前、昨晩のことまだ引きずってんのか? ステラは、言い過ぎた、って反省してたぞ。それなのに、お前ときたら……」
「違うわよ! それは関係ない」
「そんな訳あるか。……ハッキリ言うけどさ、今のお前、ものすごく感じ悪いぞ」
「なによ! あの子はね、見かけ通りの優しい子じゃないのよ! だから私は、あんたのためを思って――」
「余計なお世話だよ!!」
大きな怒声を張り上げる。
大切な友達を誹謗中傷するような言い方をされて、リヒトは我慢できなかった。
「お前はそんなこと言うやつじゃないと思っていたのに……! ガッカリだ!」
面倒くさいところはあるものの、リリーナはいいやつだ。
本気で誹謗中傷するようなことは、絶対にしなかったはずだ。
そんな彼女だからこそ、一緒にいて楽しいと思えた。
力になってあげたいと思った。
それだけに、ショックだった。
裏切られた気分だ。
「時間の無駄だったな。最悪な気分だ」
ドアを乱暴に開け、リヒトは空き部屋を出ていこうとする。
「待ってよ……!」
「離せ」
肩を掴まれたが、それを強引に払いのけて部屋を出ていく。
リリーナのまなじりには涙が浮かんでいたが、気づかない振りをする。
女の子を泣かせるなんて最低だ。
酷いことをしているという自覚はある。
それでもリヒトは、自らの行いを制御できなかった。
裏切られた傷は自分で思っているよりも、ずっと深くて痛かった。




