【36話】うそつき ※ステラ視点
リヒトは綺麗に野菜スープを完食してくれた。
最初から最後までずっと、美味しい、と言ってくれたことが、ステラはたまらなく嬉しかった。
「美少女のお見舞いと、美味しい食事……最高だ。こんな体験ができるなら、風邪を引くのも悪くないな」
「ふふふ。冗談を言う元気があれば、もう大丈夫そうですね」
「あぁ! もうすっかり元気――あ」
リヒトの体がグラリと揺れる。
一見元気そうだが、まだまだ本調子にはなっていないのだろう。
「私のことは気にせず、お休みになってください」
「……悪いな。この埋め合わせは今度するよ」
ベッドに横になったリヒトは、ほどなくして寝息を立て始めた。
無防備な寝顔をしている。
いつもはあんなに頼りがいがあるのに、今だけはとても弱々しく感じた。
「ふふ、可愛い」
体を乗り出したステラは、リヒトの頬にピタリと手を添える。
彼の熱が全身に流れ込んでくるような気がした。
一体感のようなものを感じる。
とても幸せだ。
「この時間がずっと続けばいいのに」
世界の時間を、このまま止めてしまいたい。
今感じている幸せな瞬間を、永遠にしてしまいたい。
けれど、時間の流れは止まってはくれなかった。
「あら、ステラも来てたのね」
「…………リリーナさん」
部屋に入ってきたのは馴染みのある人物、リリーナ・イビルロータス。
彼女はスタスタとこちらへ向かってくる。
リヒトの頬から慌てて手を離したステラは、乗り出していた体を元に戻した。
どうして来たんですか。もしかして私の邪魔をしに来たんですか。いいから、ここから早く出ていって。私の幸せを壊さないで。
頭に浮かぶのは、そんな暗くてねばついた感情を含んだ言葉ばかりだった。
(ダメ!! 何考えてるのよ私!)
リリーナは恩人だ。
彼女が勉強を教えてくれたからこそ、ステラは期末試験を乗り越えることができた。
恩人に対して黒い感情を向けることは、絶対に間違っている。
それに、二人はただの友達同士だ。
(リリーナさんは友達が風邪を引いて心配だから、ここに来ただけ。きっとそう。間違っても恋愛感情なんて――あれ……?)
そのとき、リリーナの首から下がっているものが目に入ってしまう。
それは、シルバーのネックレス。
まったく同じ物を、ステラも持っている。
レーベンドフェスティバルでリヒトにプレゼントして貰った、ステラにとって大切な宝物だ。
(たまたま……だよね。同じものを、リリーナさんもたまたま持っているだけだよね)
そう思ったが、この胸騒ぎはなんだろうか。
嫌な予感がする。
「あの、そのネックレスって……」
「これ? ふふ、綺麗でしょ。フェスティバルのとき、リヒトに買ってもらったのよ。せっかくだから、付けてみたの。似合っているかしら?」
ネックレスを手に持ったリリーナは、嬉しそうに、それでいて、とても愛らしそうにネックレスを眺める。
熱を孕んでいるその視線に、ステラは確信する。
(…………そっか。リリーナさんも、私と同じなんだ)
薄々は気づいていた。
リヒトを見るリリーナの視線は、クロードへ向けているものとそっくりだった。
その視線には、熱がこもっていたのだ。
でも、弱々しかった。
クロードへ向けていた視線に比べ、熱が弱く感じられた。
だからステラは、深く考えなかった。
リリーナが好きなのはクロードで、それは今後もずっと変わらない、とそう思っていた。
けれど、今はどうだろうか。
ネックレスへ向けている熱はクロードと同じくらい――いや、それ以上かもしれない。
「……リリーナさん。一つ、お伺いしてもよろしいですか?」
「ええ、いいわよ」
「リリーナさんとリヒトさんは、ただのお友達同士。そうですよね?」
「そんなの当たり前じゃない。……どうしてそんなこと聞くのよ?」
「いえ、これといった深い意味はありません。ありがとうございます」
スッと立ち上がる。
「私、用事があるので失礼しますね」
「え、ちょっと」
怪訝そうな顔で呼び止めるリリーナの声に、ステラはいっさい応じない。
無言で横を通り抜けていく。
扉のところで、一瞬だけ立ち止まったステラ。
リリーナの背中へ、ちらりと視線を投げる。
「嘘つき」
悲しみと怒りが含まれたその小さな呟きに、リリーナが気づくことはなかった。
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