【35話】お見舞い ※ステラ視点
朝から放課後までの一日中、ステラはずっとソワソワしっぱなしだった。
発熱でリヒトは休み――朝のホームルームで、二年Cクラスの担任講師がそう言った。
学園を訪ねてきたシードラン子爵家のメイドが、担任講師にそう伝えたらしいのだ。
担任講師の言葉にクラスメイトは無反応だったが、ステラだけは違った。
好きな相手が、熱を出して苦しんでいる。
そんなことを聞いて、平静でいられるわけがなかった。
だから、放課後になると同時に学園をすぐに飛び出し、リヒトの家であるシードラン子爵邸へと直行したのだ。
「こんにちはステラ様!」
エントランスに上がると、さっそくレリエルが出迎えてくれた。
「急に押しかけちゃってごめんね。その、リヒトさんが熱を出したって聞いたからお見舞いに来たの」
「ありがとうございます! ステラさんが来たって聞いたら、お兄様も大喜びすると思いますよ! さっそくご案内しますね」
「ごめんレリエルちゃん。その前に、ちょっといい?」
歩き出そうとしていたレリエルを呼び止める。
「余っているお野菜があったら使わせて欲しいんだけど、いいかな?」
「野菜ならいっぱいありますよ。好きなだけお使いください!」
「ありがとう。ちょっとキッチンを借りさせてもらうね」
「分かりました。それでは私はステラ様が来てくれたことを、お兄様に伝えてきます」
レリエルと別れキッチンに立ったステラは、野菜スープを作り始める。
フェルライド男爵家では、病人には野菜スープを出している。
風邪を引いている人でも食べられるように、普段作るレシピよりも優しい味付けになっているのが特徴だ。
手際よく調理を終え、野菜スープは無事に完成。
お皿によそい、トレーの上に載せる。
「わぁ! とっても美味しそうです!」
いつの間にか近くに来ていたレリエルは、野菜スープを見てキラキラと瞳を輝かせた。
「ありがとう。お鍋にいっぱいあるから、レリエルちゃんも良かったら食べてね」
「やったー! 嬉しいです!」
無邪気に笑うレリエルの頭を優しく撫でる。
とても明るくて人懐っこい子だ。
エリンとそっくりなせいか、ちゃんと話すのは初めてなのにそんな気がしない。
(私もリヒトさんも、妹がとっても元気なのね)
共通点を発見。
好きな人に近づけたような気がして、それだけでステラは嬉しくなる。
「それじゃレリエルちゃん、案内お願いしてもいいかな?」
「お任せください!」
お皿の載ったトレーを持ったステラ。
リヒトの部屋まで、レリエルに案内してもらう。
「お兄様の部屋はこちらです」
「ありがとうね」
「これでステラさんが一歩リードですね。頑張ってください!」
深くお辞儀をして、レリエルは去っていった。
「……リード?」
今のはどういう意味だったのだろうか。
レリエルの背中を見ながら考えてみるが、答えは出てこなかった。
コンコンコンと、扉をノックする。
「ステラです。中に入ってもよろしいでしょうか?」
「おう。入ってくれ」
扉越しに声をかけると、すぐに返事が返ってきた。
部屋の中に入ったステラは、ベッドの上で上半身を起こしているリヒトの元へ足を進める。
もっとぐったりしているかと思ったが、意外と元気そうで安心した。
「レリエルから聞いたよ。俺の見舞いに来てくれたんだって? そんなに気を遣わなくてもいいのに」
「お気になさらないでください。それより、起きていても大丈夫なんですか?」
「日中たっぷり寝たおかげで、だいぶ調子が良くなったからな。それに、せっかくステラが来てくれたのに寝ている訳にもいかないだろ」
リヒトが優しい笑顔を向けてくれた。
体の芯から溢れ出た熱い気持ちが、全身に行き渡っていく。
ドクンドクンと、心臓が高鳴る。
(やっぱり私、この人が好きだ)
そんなことを改めて実感した。
一言かけてもらっただけでもこうなってしまうのだから、恋というものは恐ろしい。
「野菜スープを作ってきたんです。よろしければ、召し上がって下さい」
膝を折ったステラは、野菜スープの入った皿をリヒトに向けて差し出した。
「そいつは嬉しい! さっそくいただくよ!」
両手を伸ばして、皿を受け取ろうとするリヒト。
けれどもステラは、静かに首を横に振る。
「リヒトさんはこのままじっとしていてください。私が食べさせてあげます」
「ええっ!」
「病人なんですから、無理しちゃいけません」
「いやでも……」
「こういう時は、素直に言うことを聞くものです」
「……うぅ、分かったよ」
しぶしぶといった感じに頷いたリヒトの頬は、赤くなっていた。
きっと照れているのだろう。
なんとも可愛らしい。
「お口を開けてくださいね」
「……おう」
リヒトの口が開いた。
ぎこちない動きは、慣れていないことの証明だ。
(もしかして、こういうことされるのが初めてなのかな)
もしそうなら嬉しい。
リヒトの初あーんの相手になれた。そんなことで、優越感を感じてしまう。
野菜スープをスプーンですくったステラは、リヒトの口内にそっと入れる。
少し躊躇しながらもパクっと食べたリヒトは、すぐに顔を輝かせた。
「うまい! これ、すごくうまいよ!」
「お口に合うようで良かったです」
リヒトの喜びぶりに、ステラは満面の笑みを浮かべた。
好きな人に料理を褒めてもらえる、これに勝る喜びなんてないだろう。