【2話】第一回恋愛相談室
「下らない妄想ね。時間を無駄にしたわ」
「ちょっと待て!」
背を向けるリリーナを慌てて呼び止める。
「俺には特別な能力があるんだ! えっとその……少し先の未来が見えるっていうな!」
この世界――マジカルラブ・シンフォニックの展開を、リヒトは知っている。
未来視に近い能力を持っていると言っても、過言ではないだろう。
前世の記憶を思い出したおかげで未来が見える、という事実をそのまま伝えようかとも思ったが、それは止めておいた。
実はこの世界は乙女ゲームの世界なんだ、と言ったところで、信用してもらえるはずもないからだ。
それどころか、突飛なことを言う変人扱いされる危険性が高い。
もし変人扱いされてしまえば最後。リリーナは何も言わずにこの部屋を出ていくだろう。
話を聞いて貰うために、リヒトは一工夫したのだった。
「未来が見える? 馬鹿じゃないの。そんな能力、聞いたことがないわ」
振り返ったリリーナは、口元に嘲笑を浮かべながら、肩をすくめてみせた。
話を信用してもらうのには失敗したが、この部屋に留めることはできた。
ひとまず、作戦は成功だ。
「じゃあこうしよう」
両手をパンと叩く。
「俺は今から、未来を予言する。もし予言通りになったら、俺の言うことに従ってもらう。簡単なゲームだ」
「なんで私がそんなことしないといけないのよ。面倒くさい」
「負けるのが怖いのか?」
プライドの高いイリーナは、煽ればゲームに乗っかってくる。
それを見越しての発言。
「……は? そんなこと一言も言ってないでしょ!」
額に青筋を立てながら、睨みつけてくる。
煽りの効果はてきめんだった。
「私が負けるはずないじゃない! いいわ、受けて立つわよ!」
「そうこなくっちゃな」
「私が勝ったら、あんたは一生私の奴隷だから!」
「いいぜ」
小さく頷いたリヒトは、人差し指をスッと立てた。
「三日後。俺のクラスに転校生がくる。名前はステラ・フェルライド。ミルク色の髪に青い瞳をした、とってもキュートな十六歳の男爵令嬢だ」
三日後に来る転校生――ステラ・フェルライドはマジカルラブ・シンフォニックの主人公。
前世でゲームをプレイしていたリヒトの頭には、容姿、生まれ、性格まで、その全ての情報が入っている。
「随分とまあ細かいところまで言うじゃない。もし当たっていたら大したものね。当たっていたら、ね」
リリーナが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「三日後の放課後、またこの部屋に来い」
「分かったわ。首輪とリードを持って、ここに来てあげる! 心の準備をしておくことね!」
鼻歌を歌いながら、リリーナはご機嫌に部屋を出ていった。
******
三日後。
「よし、こんなもんでいいだろ」
放課後、旧校舎の空き部屋で、リヒトは一人頷く。
風属性魔法を使って、ほこりの舞っていた空き部屋を掃除。
部屋の隅にあった丸テーブルを中心に置き、周りにイスを二つ置いた。
客人をもてなす準備は、これで万全だ。
バタン!
ドアが勢いよく開いた。
どうやら、待っていた客人が来たようだ。
「ふざけんじゃないわよ!」
部屋に入ってくるなり、リリーナは大声を上げた。
悔しそうにリヒトを睨みつける。
「あんた、どんなイカサマ使ったのよ!」
「イカサマなんてしていない。俺は未来が見えるんだ」
「嘘よ! 私、絶対に信じないから!!」
「信じようが信じまいがどうでもいいけど、ゲームは俺の勝ちだ。約束は守ってもらうぞ。とりあえず、そこのイスに座ってくれ」
丸テーブルのイスに座るよう促す。
「最悪の気分だわ!」
怒声を張り上げながらも、リリーナはイスに座ってくれた。
もっとごねてくるかと思っていただけに、その行動は少し意外だった。
しかめっ面をしているリリーナの対面に、リヒトは腰を下ろす。
「第一回恋愛相談のスタートだ!」
「……下らない」
視線を逸らしたリリーナが、舌打ちを鳴らした。
「そうカリカリすんなって。まず念のため確認しておきたいんだが、相手は、クロード・ソシエスト公爵令息でいいんだよな?」
どれをとっても優れているリリーナより、さらに優れている男子生徒。
それが、クロード・ソシエスト公爵令息――マジカルラブ・シンフォニックのヒーローだ。
そんなクロードこそが、リリーナの想い人。
しかしこのままだと、絶対に結ばれることはない。
それをどうにかしてくっつけるのが、リヒトの役目だ。
「そんなの言うまでもないでしょ」
「いちいち突っかかってくんなよ。念のためって言っただろうが」
リリーナがクロードを好きというのは、かなり有名な話。
なにせ、毎日のように積極的なアプローチをかけているのだ。
恐らく、この学園で知らない生徒はいないだろう。
「これからどうするかだが……お前、クロードに毎日アプローチしてるよな?」
「好きな人にアピールするのは基本でしょ」
「まずはそれを止めろ」
「そんなことしたら、他の子にクロードをとられちゃうじゃない。あんた馬鹿なの?」
イラついているリリーナに向け、リヒトはゆっくり首を横に振る。
「お前のアプローチは逆効果だ。ハッキリ言うけど、めちゃくちゃウザがざれているぞ。毎日グイグイいきすぎているせいでな」
ギリリと歯を噛みしめたリリーナが睨んでくるも、リヒトは怯まない。
現状がいかに悲惨なのかを知ってもらうため、言葉を続ける。
「今のクロードからの好感度はマイナスだ。しかもそのマイナスの値は、日に日に大きくなっている。お前が毎日アプローチするからだ」
「そんなことないわよ!」
「本当にそう思っているのか? 少しも自覚がないのか?」
「自覚なんてある訳……。…………ねえ、それ本当なの?」
リリーナの表情が、初めて弱々しくなった。
どうやら、少しは自覚があったようだ。
「クロードの好み、知っているか?」
「知らない。何度聞いても、教えてくれないんだもの」
「ついつい守ってあげたくなるような見た目。控えめだが他人のために一生懸命に行動できる、優しく思いやりに溢れた性格。それがクロードの好みだ」
リヒトが挙げたのは、ゲームの主人公であるステラのことだった。
彼女のそういった部分に、クロードはどんどん惹かれていくのだ。
「……なによそれ。私とはまったく正反対じゃない」
がっくりと肩を落としたリリーナは、大きくショックを受けていた。
リリーナの言葉にリヒトは大きく同意するも、声には出さない。
弱っている今の彼女にそんな追い打ちをかけるのは、流石に心が痛むというもの。
「クロード好みの女の子になっていく。それがとりあえずの方針だ」
「そのためにアプローチを止める……そういうことよね?」
「そうだ」
「アプローチを止めれば、クロードは私を好きになってくれる?」
「……どうかな。でもとりあえず、これ以上好感度は落ちないはずだ」
「……分かった。あんたの言うこと聞いてみる」
リリーナは小さく頷いた。
この悪役令嬢、意外と素直な性格をしているのかもしれない。
「リリーナはしばらくそれを続けてみてくれ。また連絡する」
「分かったわ」
こうして、第一回恋愛相談室は、妙にしっぽりした空気で幕を閉じた。