【19話】ステラとのフェスティバル
午後五時。
リリーナと別れた後、適当に時間を潰してから、リヒトはステラと合流した。
しかし、待ち合わせ場所にいたのはステラ一人だけ。
一緒に来ているはずの、彼女の妹はいなかった。
「妹はどうした?」
「それが急に、勉強したい、って……。それで、『私の分まで楽しんできてね』と、そう言われて送り出されちゃいました」
まったくあの子は……、と呟いたステラ。
呆れ顔で小さくため息を吐いた。
「申し訳ございません」
「どうして謝るんだ?」
「リヒトさんに不快な思いをさせてしまったので」
「そんな訳あるか。俺はまったく気にしてないよ」
勉強熱心な妹だな、とリヒトは軽く笑い飛ばす。
「それに、お前と二人で祭りを見られるなんて、なんだかデートみたいで舞い上がるしな」
「デ、デート……!」
驚いた声を出したステラは、俯いてしまう。
半分本気、半分冗談で言ったみたのだが、そんなにもショックだったのだろうか。
(これは悲しいな)
ガックリしながら、行こうか、とリヒトは声をかける。
「……はい!」
安心したような、喜んでいるような声色で、ステラは返事をした。
俯いたままなのでどんな顔をしているか分からないが、声色からして、好感触なのは確か。
ショックを受けている、というのは思い過ごしだったようだ。
リヒトは大きく安堵した。
「すごい活気ですね」
あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ。
多くの人でごった返している路上を歩くステラは、せわしなく視線を動かしている。
「私のいたところとは大違いです」
王都に来る前は、ここから遠く離れた辺境にいたんです。
以前、ステラはそんなことを言っていた。
その地域にはほとんど人が住んでおらず、人間よりも家畜の数の方が多かったとか。
(そんなとこから引っ越してきたのなら、こういう反応になるのも仕方ないか。……けど)
「しっかり前見て歩かないと危ないぞ」
危なっかしいので注意する。
注意されたステラは反省――することなく、なぜだか嬉しそうにクスクスと笑った。
「リヒトさん、お母さんみたいです」
「あのなぁ。俺は真面目に言ってるんだぞ」
「ふふふ、ごめんなさい」
ステラらしからぬ不真面目な態度。
お祭りの雰囲気に当てられて、気分が舞い上がっているのもかもしれない。
「リヒトさん、あそこに寄ってもいいですか?」
ステラの視線の先には、アクセサリーを取り扱っている露店。
しかも、一時間ほど前にリリーナのネックレスを買った店だ。
「妹に、髪留めを買っていきたいんです」
「もちろんいいぞ」
妹想いの健気な理由を、つっぱねることはできなかった。
(今日一日で同じ店に三回訪れるとは思わなかったけど……)
すっかり顔なじみになってしまった店主に、リヒトは軽く会釈する。
「うーん……」
数あるネックレスを、ステラは真剣に品定めしている。
どれだけ妹が大切か、それがひしひしと伝わってくる。
じっくり吟味したのち、ステラはピンクの髪留めを購入した。
「妹のこと、大切に思っているんだな」
「妹はいつも、私を元気づけてくれるんです。これまで辛いこともいっぱいありましたが、なんとか乗り越えてこられたのは妹のおかげ。だから、本当に感謝しているんです」
「感謝、か……」
感謝、という言葉を聞いて、パッと頭に浮かんだのはステラだった。
ステラは毎日、リヒトに美味しい昼食を作ってきてくれる。
恩着せがましいことは一切言わないし、その上、美味しいと言ってくれるのが嬉しい、と笑うのだ。
それがとれだけ嬉しいことか。
彼女には、日頃から深く感謝している。
「ステラ、この中で欲しいものはあるか?」
その感謝の気持ちを、リヒトは形にして返したいと思った。
ステラは困惑しながらも、ネックレスを手に取った。
それは、飾り気のない地味なシルバーのネックレス。偶然にも、リリーナにプレゼントしたものとまったく同じ物だった。
「お前もそれを選ぶのか」
「……え?」
「いや、なんでもない」
ステラの手からネックレスを取ったリヒトは、それを購入した。
「あ、あの……これはいったい」
「ステラにはいつも世話になっているからな。俺からのプレゼントだ」
目をまん丸くさせているステラに、ニコリと笑いかける。
「……私、男の人にこういうプレゼントを貰うの初めてで」
「ごめん。迷惑だったか?」
「いえ、ぜんぜんそんなことないです!! むしろその、逆と言いますか……あ、ありがとうございます」
恥ずかしそうにステラが視線を逸らした。
どうやら喜んでくれたみたいだ。
「せっかくだし、ここでつけていこう」
ステラの背後に回ったリヒト。
うなじのラインにドキドキしながらも、なんとか無事にネックレスをつけ終わる。
「おお! ものすごく似合っているぞ!」
くるっと向き直ったステラに、思ったことをそのまま口に出した。
ネックレスをつけたことで、いつもより大人っぽい雰囲気になっている。
こういうステラも、とても魅力的で美しい。
「……ありがとうございます」
小さな声でお礼を言ったステラは、顔を下に向けた。
燃え上がるくらいステラの顔は真っ赤になっているのだが、リヒトはそれに気づいていない。
「い、行きましょう」
俯いたまま歩き出すステラは、フラフラと足元がおぼつかない。
(危なっかしいな)
そんなことを思った直後、嫌な予感は的中。
ステラが地面につまづいてしまった。
「危ねっ!」
ステラの前に乗り出したリヒト。
つんのめったステラの体を、抱きしめるような形で支える。
間一髪。
地面に激突する前に、なんとか止めることができた。
「申し訳ございません……」
「前見て歩かないと危ないって言っただろ」
少し強い口調で注意したリヒト。
小さくため息を吐いてから、ステラの手を取る。
「こうすればもう転ぶことはない」
「あの……!」
「『お母さんみたい』って言われても、解かないからな。ほら、行くぞ」
ステラの手はとても熱い。
その手を離さないようにギュッと握って、連れ立って歩いていく。
依然として俯いているステラの頬は、先ほどよりもさらに赤くなっているのだが、またまたリヒトは気づかないのであった。