【12話】不調
カフェに入った四人は、窓際のテーブル席に案内された。
「素敵な雰囲気のお店ですね!」
リヒトの隣に座るレリエルが声を上げると、
「彼女に同意だな」
斜め向かいのクロードも大きく頷いた。
好感触を示した二人に対し、対面に座るリリーナはだんまり。
不機嫌、という感じではない。単純に、ものすごく緊張しているように見える。
「それにしても、君がこんな店を知っているとは意外だったな」
クロードの視線が隣へ向く。
このカフェはリリーナのお気に入り――今日の食事会に、リリーナはそんな設定で臨んでいる。
私のお気に入りのカフェがあるんだけど、良かったら一緒に食事しない? 、そんな風にしてリリーナは誘ったのだろう。
メニュー表を眺めるクロードが、ふむ……、と呟いた。
「どれも美味しそうで迷うな。……そうだ。せっかくだし、君のおすすめをいただこう」
リヒトの口角がニヤリと上がる。
この質問が飛んでくるとは想定済み。
ホットサンドとレモンティー、そう答えろとリリーナには事前に伝えてあるのだ。
(言ってやれリリーナ! ホットサンドとレモンティーって!)
「え、えっと……。ホ…………」
なんたることか。
リリーナのおすすめは、ホ、になってしまった。
そんなメニューは取り扱っていない。
「おい、早く言い直せ!」
対面から小さな声で言ってみるも、リリーナは頬を真っ赤にしているだけ。
言い直す気配は毛頭感じられない。
「私、ホットドッグとミルクティーにします!」
不穏な空気を感じ取ったのか、レリエルが助け船を出してくれた。
リヒトはそれを、うまく繋げていく。
「この店のおすすめを見抜くなんて、すごいじゃないかレリエル。『このカフェのおすすめは、ホットドッグとミルクティーよ』、って、前にリリーナが言ってたんだぜ」
当然嘘だ。
そんな話は聞いたこともない。
しかし、その嘘は効果てきめん。
「おすすめはホットドッグとミルクティーか。……よし、それにしよう」
クロードはあっさりと信じてくれた。
「じゃあ俺もそれにしようかな。リリーナも同じのでいいか?」
「……うん」
風が吹いたら消えてしまいそうな声量で、リリーナは返事。
小さく頷いた。
「注文をいいだろうか?」
店員を呼びつけたクロードが、四人分の注文を始める。
そのわずかな間に、リヒトはリリーナにこそこそ声をかける。
「どうしたんだ。お前らしくないぞ。もしかして、体調が悪いのか?」
「……違う」
「じゃあどうしたんだよ」
「えっと、その……」
すっかりしおらしくなってしまったリリーナは目線を泳がせ、もごもごしているだけ。
その……、の後が返ってこない。
そうしている間に、クロードの注文が終わってしまった。
リリーナの不調の原因は分からずじまいだ。
「お兄様。そういえばまだ、クロード様に自己紹介をしてませんよ」
「おおそうか。すっかり忘れていた」
正面に向けていた顔を、斜め向かいへと向ける。
「二年Cクラスのリヒト・シードランだ。隣にいるのは、俺の妹。レリエルだ」
「レリエルです。いつも兄がお世話になっています」
「二人ともよろしくな。俺は二年Aクラス所属、クロード・ソシエスト。隣に座っているリリーナとは、同じクラスだ」
「はいはーい! 質問があります!」
ぴょんぴょーんと、レリエルが元気に手を上げる。
「お二人は付き合っているんですか?」
「まさか。子どものときからの知り合いというだけだ。それ以上でも以下でもない。いや、どちらかというと嫌いなタイプだったな」
レリエルの直球の質問に、クロードはかなりぶっちゃけた回答をよこした。
(……荒れるかもしれないな)
嫌いなタイプ。
そんなことを言われたら、リリーナの性格からして黙っていられないだろう。
机を倒しイスをぶん投げて、暴れ回るかもしれない。
クロードの胸倉を掴み上げて、ビンタを食らわせるかもしれない。
そんなもしもの事態にすぐ対処できるよう、リヒトは心の準備を固めておく。
しかし、リリーナは落ち込んでいた。
肩をガクリと落とし、それはもう分かりやすいくらいに沈んでいたのだ。
暴れ回る気配は微塵も感じられない。
「『嫌いだった』、過去形ですね。つまり今は、嫌いじゃないということですか?」
「何があったかは知らんが、最近は人が変わったんだ。いい方向にな」
パアアッ……!
陰っていたリリーナの顔に、キラリと眩しい晴れ間が差した。




