表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/23

第12話 鷲獅子王の病(無自覚恋慕症候群)

 思いがけずといったように、ベルトランが間の抜けた声を返す。レーニエは黙ったまま目を丸くしているようだった。それにも構わず、シヴはぽつぽつと語り始める。


「アルヴィアの笑い顔を見ると、胸が熱くなって、痛くなる。十年殺し合っている時も、そんなことが多々あった。そして、先刻は……アルヴィアに初めて『ありがとう』と、言われたんだ。それを聞いたら、胸だけじゃなくて目も熱くなって……しかもアルヴィアの奴、とんでもない()()のような笑い顔を晒しながら、その後にいきなりおれの手を握ってきたんだぞ? 何故だかわからんが、あんな風に手を握られただけで本能的に生命の危機を感じた。心ノ臓を丸ごと吐き出して死ぬかと思った……気が付けばおれは倒れていて、胸の中からミョルニルが暴れ回るような音がずっとしていた、というわけだ」


 俯きがちだったシヴは、そう語り終えて顔を上げる。すると、ベルトランもレーニエも、何やら「信じられない」とでも今すぐに叫びだしそうな顔をして、口を魚のように開閉させていた。

 二人の様子を訝しんだシヴが、「どうかしたか?」と首を傾げる。そこでようやくベルトランが、絞り出すように戸惑った声を漏らした。


「いや、それって、シヴ。てめぇ……完全に、姉上にホレ……」

「ちょーっと待った! ベルトラン」


 ベルトランの口を押さえて強制的に遮ったのは、何故か額に薄く汗を滲ませているレーニエ。ベルトランが、己の口を押さえるレーニエを睨み上げて、抗議の意を送っている。それを見返したレーニエは、小さく首を横に振って見せた。何やらこの兄弟は、声に出さずとも視線だけで会話ができているらしいと、シヴは密かに察する。


(おい何の真似だ兄上! シヴの奴、全人類を人質に取って、姉上を自分の目的のために利用する道具やら何やらとしか見てねぇかと思ったら……完全に惚れ込んでるじゃねぇか!? しかも無自覚! 姉上に婚約なんぞを持ち掛けたのも、無意識下で惚れてたからだろこれ!? 婚約者になっちまったからにはもう、ちゃんと自覚させてやらねぇと……!)

(そりゃ駄目だ、ベルトラン。シヴが己の恋心を自覚して、本気でアルヴィアを堕としに行く気にでもなられたら……恋敵としての俺の勝率が大幅に下がっちゃうだろ!?)

(てめぇ、カスか!? 正真正銘のカス兄上だったか!?)

(俺の長年の片想いを思い出してみ? 弟よ……妹に入れ込む()()()()()やら、正常な倫理観を胎ン中に捨てて生まれてきた()()()やら、色々言われてきた俺だが。お前何だかんだ、そんな俺に同情してくれてたじゃねーか。俺も男だ。今回ばかりはどんな手使ってでも、負けるわけにはいかねぇ。周りにどう思われ、何と言われようが、俺のアルヴィアへの気持ちは絶対に変わらないからな)

(……)

(それに)

(……それに?)

(他人の無自覚片想いを見るのはめちゃくちゃ楽しいだろ! シヴ、まじで面白れー男過ぎる。これからあいつの無自覚片想い行動を見守るの最高に楽しみだな、ベルトラン!)

(カスか? 一時でも兄上に同情した俺が馬鹿だった……)


 兄弟だけの、目の会話はどうやら終わったらしい。

 ベルトランはどこかげんなりとした様子で、片手で頭を抱えており、一方レーニエは心底楽しそうな顔でシヴの前へと身を乗り出してきた。シヴはようやく二人の意見を聞けると口を開く。


「それで、結局おまえたちはどう思う。おれの胸の痛みや、その他諸々について」

「ああ、シヴ。それはな……()だ。ちょっと()()()()

「病?」


 シヴは思わず小さく目を見開いて「病など、生まれて初めて罹った……」と呟く。そこにレーニエが付け足すように語った。


「だがそう心配することはねぇよ。命にかかわる病じゃねぇから。時間をかければ、慣れることもある。試しに、例のアルヴィアの笑い顔とか思い出してみ? 手を握られた時の感触とか」

「おい、兄上。あんまふざけてやるなよ」


 ベルトランが心底呆れたように制止の声をかけるが、にやにやと催促してくるレーニエの言うことをシヴは素直に聞いて、微かに目を伏せて先刻のアルヴィアを脳裏に蘇らせる。


 こちらを真っ直ぐに見つめる、細められた真紅の双眸。目元は少し赤らんでいた。蕾のような唇は綺麗に弧を描いて笑みを零しており、そこから漏れ出た「シヴ。ありがとう」と言葉を紡いだ柔い声は、蜂蜜の如く甘やかで、とろりとしていた。


 そこまで思い出した途端、シヴの分厚い胸の内から「ゴッ、ゴッ、ゴッ!」と、天鎚ミョルニルが打ち付けられるような凄まじい音が轟いてきた。思いがけずシヴは「う」と小さく呻いて片手で強く胸を押さえ込む。

 未だに鳴り続ける「ゴッ、ゴッ、ゴッ!」というとんでもない心音に、ベルトランとレーニエはひどく驚愕したのか、飛びつくようにシヴのもとへと駆け寄ってきた。


「おいおいおいおい! 何だこの心音は!? 尋常じゃねぇぞ、思い出すだけでこんなになっちまうのか!?」

「ああ、どうやらそうらしい……こういう動悸が始まった時は控えめに言って、死を覚悟する」

「いやごめん、俺なめてたわ。これ、もしかして命にかかわってくるやつ? まじでビビった……シヴも相当、アルヴィアのことを……なるほどな……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ