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第9話 日輪の兄王子

「姉上、姉上! ……クソ、どうすりゃいい!? ミョルニルのせいで、こんなことになっちまってんのか?」

「天鎚ミョルニルはフレスヴェルグの遺産の中でも非常に『音』の力が強いこともあってか、気分屋な性質だ。気性が荒いとも言うが……だがその分、気分も天候のように移ろいやすい。対話を試みれば、この嵐も過ぎるだろう」


 焦るベルトランを宥めるように、シヴがそんなことを話しながらこちらに戻ってくる。シヴの話を聞いたベルトランがシヴを見上げて、ひどく驚愕したような顔をした。


「声? 対話? シヴ、てめぇも姉上と同じくミョルニルの声を聞けるのか?」

「ああ。おれもフレスヴェルグに連なる縁者であるからか、遺産に語り掛けることはできるようだ。まあ、声、というよりおれには『音』に聞こえるがな」


 歩み寄ってきたシヴはそのままアルヴィアのすぐ隣へと跪き、アルヴィアの細い肩を片腕で抱き寄せて、アルヴィアの腰にある天鎚ミョルニルを目を細めて見つめたまま、淡々と語りかけた。


「いい加減機嫌を直せ、天鎚ミョルニル。激情に駆られるがまま、そうやってアルヴィアを痛め続けていれば。いつでも容易くおれがアルヴィアを殺せる状況になってしまうが、それでもいいのか?」


 シヴがそう語った瞬間、アルヴィアを抱くシヴの腕にまで「バチバチバチ!」と雷が走り、シヴの肉を焼いた。しかし、シヴは眉一つ動かすことなくアルヴィアを抱き締め続け、肉を焼かれながらも睨むように天鎚ミョルニルを見据える。すると、すぐに天鎚ミョルニルが発していた小さな雷は鎮まり、苦しげに吐血していたアルヴィアの容態も落ち着いた。

 アルヴィアは乱れた呼吸を整え、口元にこびりついた血を拭いながら、すぐ隣で自分を抱くシヴを見上げて苦笑を零して見せる。


「たす、かった……凄いな、シヴは。荒ぶったミョルニルを鎮めるの、私でも結構時間かかるのに」

「十年、おまえとも殺し合ったが。同時にミョルニルとも殺し合ったからな。ミョルニルの気性はだいたい掴んでいる。彼はいつもおれたちをこれでもかと振り回してくれる気分屋でもあるが、何よりもアルヴィアに執着しているような。案外わかりやすい性質(タチ)だ」


 シヴが、抱いていたアルヴィアの肩をぽんと軽く叩くと、アルヴィアから手を放してその場に立ち上がる。釣られてアルヴィアも立ち上がろうとするが、少しよろけて、「無理すんじゃねぇ。大丈夫か?」と支えてくれるベルトランに「うん。大丈夫。心配かけたね」と明るい声色で返しながらも何とか立ち上がった。

 立ち上がりざまにアルヴィアは、内心でほっと息を吐く。


(ミョルニル以外の武器を手にしただけで、このざまとは……想定以上に、今の私の肉体は激情家なミョルニルの影響を受けやすくなってる。これも、結構な弱点になるな。今度からは誰にも見られないよう……何者にも悟られないよう、気を付けないと)


 そんなことを密かに胸の内に留めつつ、アルヴィアは、未だ心配そうにこちらの様子を窺ってくるベルトランを後目に、冗談交じりの笑みを見せた。


「いやあ、それにしても。まさかここまで、ミョルニルが私にゾッコンになってるとは。嫉妬の雷に焼かれるのも悪くない!」

「ああ。アルヴィアは罪な女だな」

「バカ言ってんじゃねぇ! そういうんじゃねぇだろうが!? 能天気どもが!」


 うんうんと頷き合うアルヴィアとシヴに、すかさずベルトランがいつもの調子に戻ってツッコミを入れると、大きく溜め息を吐き出して長い青髪を掻き上げる。


「とりあえず、姉上は少し休んでろ。ここの山賊共の始末をつけるには、俺たちだけじゃ手が足りねぇ。今から俺が馬を走らせて、レーニエ兄上のもとへ……」

「おー。その必要はねーよ? ベルトラン」


 不意に頭上から、そこらの女が聞いてしまえば、耳がとろけてしまうような低音の男の声が降ってきて、アルヴィアたちは三人揃って声が降ってきた方を弾かれたように見上げる。

 すぐそばにどっしりと聳える大木。その太い枝の上で、肩に立派な槍を担いだ一人の男が、長い脚を折り曲げて屈みこむようにこちらを見下ろしていた。


 神秘的な褐色の肌に、ヘーゼルブラウンの瞳。淡いプラチナブロンドの長髪はいくつもの三つ編みの束を作ってそれらを組紐で一つに括り、横から肩に流している。「女殺し」とも形容できそうな甘く端整な面立ちには、これまた人懐っこそうな笑みが浮かんでいた。


「俺のこと、皆で迎えに来てくれたんだ? ほんと可愛いな、俺の弟妹(きょうだい)たちは。レーニエ兄上、めちゃ嬉しー」


 女殺しの顔を持つ男——メリア王国第一王子レーニエは、そう小さく小首を傾げて見せると、タンと身軽に跳躍して大木からアルヴィアたちの目の前へと降り立った。

 アルヴィアやシヴたちと並ぶと、レーニエはひょろりとしてはいるが、頭二つ分近くほどは大きな背丈をしている。

 アルヴィアとベルトランは、しばらく軽く口を開けて驚愕の表情を浮かべていたが、すぐにベルトランの方が我に返って、レーニエへと詰め寄った。


「な、おま……兄上!? なんでここに! つか、兄上が向かった方の山賊追補は!?」

「そんなもん、とっくに片付けてきたって。んで、とっ捕まえた奴らが他にも仲間がいそうな口ぶりだったからさ。念のためとこっちの村にも駆け付けてみれば、お前たちが既に退治してくれてたワケ。つーことで、ここの奴さんたちも俺が片しとくぜ?」


 レーニエが顎を振って見せると、レーニエが連れていたのだろう私兵たちが続々と現れ、シヴが伸した山賊たちを厳重に捕えていった。

 その様子を目にしたベルトランが、どこか腹立たしげに舌打ちして「久々の姉上にいい顔してぇってとこか……いつもこれくらいの気概持って仕事しろやサボり魔カス……」と低い声で独り言ちる。

 一方アルヴィアはレーニエを振り向いて、満面の笑みを浮かべて見せた。


「流石はレーニエ兄上! 仕事ができる上に早い。いつも助かるよ」

「よお。久しぶりだな、アルヴィア。だろ? 俺、ちゃんと仕事してるだろ。もっと褒めて。そんであわよくば、ちゅーしてくれ」


 レーニエはにこにこと人好きする笑みを浮かべながらアルヴィアのすぐ目の前までやってくるが、ふと、アルヴィアの隣に真顔で立つシヴに気が付いたようで、目を丸くした。


「お? 見ない顔だな……いや待て。こちらの男前は、もしや……」


 何かを察した風に、レーニエはアルヴィアとシヴを見比べる。そんなレーニエを前に、アルヴィアは一度シヴと顔を見合わせた後、シヴの肩を軽く叩きながらレーニエとシヴに揃って互いを紹介した。


「レーニエ兄上。ジオンさんから伝えてあると思うけど、彼が私の婚約者となったシヴ。それで、シヴ。こちらの色男がメリア王国第一王子、レーニエ・ジルベール・メリア。私とベルトランの兄上だよ」


 アルヴィアの紹介に即座に反応したのはレーニエだった。


「ああ~。やっぱそうか。なるほどね、お前がうちのお姫様を射止めた婚約者さまか」


 レーニエは片手を顎に添えると、シヴを爪先から頭のてっぺんまでじっと観察したかと思えば、またにこりと端整な笑みを浮かべてシヴに大きな片手を差し出した。


「んじゃま、改めましてどーも。俺はレーニエ。将来の夢はアルヴィアと()()()()()()()()()()ことだ。よろしくな。シ、ヴェ」

「微塵もよろしくする気ねぇじゃねぇかクソバカ!」


 レーニエのシヴを呼ぼうとした声を遮って怒号を上げ、同時にその頭を容赦なく引っ叩いたのはベルトラン。

 ベルトランは今にも人を殺してしまいそうな凄まじい形相でレーニエの胸倉を掴み、揺さぶった。


「おっまえなあ!? それは外で絶対に口にすんなっていつも言ってんだろうが! つか何度言えばわかんだよクソ兄! 妹と婚姻しようなんざふざけた考え、いい加減にどうにかしやがれ! バカ、クソ、カス!」


 ベルトランの言うことは、紛れもない事実だった。

 アルヴィアは()()()()()()()()()()()から大人となった今もずっと、兄であるレーニエに度々求婚されているし、所謂「恋愛対象」として好意を向けられている。そして、求婚してくるレーニエの目が本気であることも、アルヴィア自身が誰よりも理解していた。

 しかし、レーニエは軽薄そうに見えて案外、真摯かつ紳士的な男であるので、アルヴィアがレーニエのことを「兄」という存在でしか見ていないという現在の意思を何よりも尊重し、自らアルヴィアへ触れたりしようとすることなどは当然一切無い。むしろ、過剰なまでにアルヴィアとの距離感を「兄妹」として保っている。懲りずに口説いてくる口には多少、品が無いが。

 ともあれ、口以外のそういう態度等は生真面目で、頑なで、徹底的であった。そんな兄の一面を痛いほど知っているがゆえにアルヴィアは、やはりレーニエのことを兄として尊敬する他なかった。


 レーニエが軽薄に笑いながら、しかし真剣な色をまとった声を以て、己の胸倉を掴むベルトランを穏やかに宥める。


「おーおー。お前もその口の悪さは外では控えろよー? だが仕方ねぇだろ、ベルトラン。俺の奥さんはもうアルヴィア以外考えらんねぇの。俺は昔っから、アルヴィアに本気で惚れてんだから。それを一番知ってんのが、ベルトランじゃん」

「……るっせぇ!」


 吠えるベルトランの手からするりと逃れ、レーニエが乱れた襟元を整えながらアルヴィアに真っ直ぐな視線を向けてくる。アルヴィアはその視線を、少し眉を下げた笑みを浮かべたまま受け止めた。


「なあ、アルヴィア。その婚約は、お前も望んで成立したもん? 本気か?」

「……うん。私が望んで受けた婚約。そしてきっと、兄上の気持ちと同じくらい本気」

「そっか」


 アルヴィアの淀みない答えに、レーニエはどこか遠い目をして一瞬目を伏せるが、すぐに挑戦的な笑みを浮かべて、次は首を傾げてシヴを鋭く見据えた。


「それでも俺の気持ちは微塵も変わらねぇよ。俺はアルヴィアが好き。大好き。こればっかりはどうしても譲れねぇ。これからも変わらず、アルヴィアを口説き続ける。ライバルが()の鷲獅子王だろうとな。望むところよ」


 口端を綺麗に片方だけ吊り上げ、挑発的に笑って見せるレーニエのもとに、シヴは淡々と歩み寄ると、静かに片手を差し出した。


「そうか。俺も望むところだ。アルヴィアとの婚約は、何があっても、誰に何をされようとも譲れない。アルヴィアの兄が相手となると、苦戦も強いられそうだが、決して負けない。そういうことで、こちらこそよろしく頼む。レーニエ」


 思ってもみなかったことを言われてひどく驚いたのか、レーニエは一度まばたきをして目を丸くするが、すぐに小さく噴き出して、声を上げて笑いながらシヴの差し出された片手に握手した。


「ふ……っはははは! あーおもしろ。シヴ、お前そんな面白くなさそうな顔常にしといて、めちゃくちゃ面白れーこと言うじゃん。やべー俺シヴのこともう好きになりそう」

「いやチョロすぎんだろうが!? あと何を平然と兄が婚約者と競おうとしてんだよ! シヴも簡単に『望むところだ』なんて言ってんじゃねぇ!」

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