Ⅸ
会食開始五分前、入り口に一歩足を踏み入れたメレクたちは気まずそうな顔で立ち尽くしている。
なぜなら、既に自分の席についていた蓮蝶とドゥーレが剣呑な雰囲気を醸し出しているからだ。
ドゥーレの射殺すような視線を受け、飄々とした様子で背もたれに体重を預けている蓮蝶。 椅子をギィギィと鳴らしながら後ろ足二本に体重をかけて椅子を傾けている。
その様子を見ながら全身に緊張の汗をこぼしている天幻と、椅子の上で膝を抱えてプルプルと震えている傀楊。
メレクと禄遜が顔を引き攣らせながら無言で目を合わせると、先ほどまでユニスに念仏の如き苦言を吐かれ続けていたベネトナシュが遅れて室内に入ってくる。
「まったく、ひどいよメレちんも禄ちゃんも〜。 すっげ〜怒られちゃったじゃな〜い。 って、あれ? なんか今喋らない方がよかった?」
「ベネ兄、空気を読むのが遅すぎます」
「あらそう? なんかごめんね〜」
ヘラヘラしながら小刻みに頭を下げるベネトナシュに、既に席についていた四人が視線を向ける。
メレクの姿を確認した天幻が小さく舌打ちをして、さぞかし不快そうな顔でテーブルに視線を戻した。
不快感を表に出した天幻のことなど構いもせず、蓮蝶は入り口に突っ立っていた三人を見て小さく鼻を鳴らした。
「おやおや、やっぱり最後に来たのがベネ兄だったか。 それはそうとメレ坊たち、何を遠慮しているんだ? 早く入ったらどうだ」
妖艶な笑みを浮かべながら手をこまねいてくる蓮蝶。 あくまでドゥーレが向けてくる敵対的視線には一切触れる気がないらしい。 そのあっけらかんとした態度が気に食わなかったのだろう、ドゥーレの目力がますます怖くなる。
「随分と余裕そうだな蓮蝶、企みがうまいこと進んでるのか?」
「そうか? 私はいつもこんな感じだと思ったが? それよりもドレ兄、あなたは随分と老けたな? それともあれか、何か怒っていらっしゃるのか?」
「ほう、怒っていないとでも思ったか? この俺を遠回しに潰すと宣言されたのにも関わらず、怒らないとでも思ったか?」
おそらくドゥーレが言っているのは先日蓮蝶とメレクが会談していたステュークスの件。 あの場で蓮蝶はドゥーレを潰すと明確に口にしてはいない。
けれど、日頃の行いや蓮蝶の挙動、立ち回りから遠回しにドゥーレを煙たがり、王選から辞退させようと考えていると予測はできる。
低い声音で蓮蝶を睨むドゥーレ。 空気はますます気まずくなり、膝を抱えていた傀楊の目尻には大粒の涙が溜まり始めている。
ベネトナシュが呆れながら傀楊の側に行き、申し訳程度に頭を撫でながら二人の口論を傍観し始めた。 対する禄遜とメレクは疾風が如く自分の椅子に腰掛けて空気を貫く姿勢を取っている。
「どうしたのだドレ兄、何をそんなにカッカしている? 誰かに喧嘩でも売られたのか? まったく、支持率一位だと周りから疎まれてしまって難儀だなぁ?」
「貴様、本気で言っているのか?」
「ああ、本気だとも。 支持率一位を二年以上保ち続けるなど、難儀以外のなんでもないだろう?」
風に舞う花びらが如く、蓮蝶はドゥーレからの敵意に満ちた問いかけを煙に巻いている。 流石のドゥーレも遠回しに聞くのは野暮だと思い直し、一度大きく深呼吸して自分自身を落ち着ける。
「先日メレクと対談していたな。 あの時の言葉の意図はなんだ? この俺とステュークスを衝突させるつもりなのだろう。 お前は空賊と手を組んでいるのか?」
「私が、空賊と? まさかまさか、流石にドレ兄がそんな浅はかな考えをするわけがないだろう? わざと愚鈍な問いかけをして気づいていないフリをしているのか? きっとドレ兄は私の真意に気がついているはずだ、優秀なドレ兄なら、なぁ?」
「手を組んでいる可能性は低いとは思うが、あの時の言葉は俺に喧嘩を売っているとしか思えない発言だったぞ? メレクもそう思うだろう?」
突然ドゥーレのナイフの如き視線がメレクに刺さり、名指しされた本人が驚いて肩を跳ねさせる。
「え? ぼ、僕に聞いてるっすか?」
「対談していた張本人だろう。 お前はこの女狐が何を企んでいるか、察しはついたのか?」
全員の視線を急に浴びたせいで、メレクはあたふたと視線を泳がせる。 そんなメレクの様子に、先ほどまで余裕の笑みを浮かべていた蓮蝶ですら真剣な視線を向けていた。
メレクはあたふたした様子の中でも、蓮蝶の視線にめざとく気がついた。 返す答えは決まっている、小芝居を交えた口がペラペラと回り始めた
「え、ええっとですね〜。 蓮姉は確か、僕やドゥーレ兄さんの身を気遣っていると言ってましたよねぇ?」
「お前はそんな方便を信じる気か?」
「信じるも何も、そもそもがおかしいと思うんすよ〜。 蓮姉が本当に空賊と手を組んでいるとしたら、空賊専門で戦う僕にわざわざそんなこと言いにこないっすよ〜。 それに、ステュークス構成員への尋問も完璧だったし、何より対談も尋問も遮音結界を使わずに話していたんす。 ドレ兄を倒したいなら、わざわざ本人に気づかれるような事します?」
メレクの意見を聞き、ドゥーレはしばし沈黙しながら円卓の中心をぼんやりと眺める。 蓮蝶はつまらなそうに視線を戻し、それを確認した禄遜が安心したように小さく吐息をこぼす。
そして、傀楊の頭を撫で回しながらも注意深く全員の表情を確認するベネトナシュ。
互いの探り合いは既に始まっていた。 この場の全員がこれから始まるであろう戦いを予知している。
しばらく沈黙していたドゥーレが小さく頷くと、ゆっくりと顔を上げてメレクに藤色の双眸を向けた。
「お前の言い分は正確だな。 確かに矛盾はない。 蓮蝶の動きに矛盾しかないから思考をかき乱されたが、よくよく考えればこの時期にお前と対談した意味がわからん」
「多分、蓮姉はああ見えてお優しいから、あながち心配してるっていうのも本当なんじゃないです? だって蓮姉、そう言う事素直に言いたがらないでしょ?」
メレクは怒りが引いた表情のドゥーレを見て、安心したように軽口をこぼす。
「おいおい、皆まで言うなよメレ坊。 そう言うのは本人の前で言うものではない」
「あれ? もしかして照れました?」
「ケツを出せ、引っ叩いてやろう」
「見目麗しい女性が、ケツなんてワードを口に出しちゃダメっす!」
メレクは座りながら自分のお尻を両手で隠し、蓮蝶から距離を取る。
「ダメですわよみつ姉様! メレクおにー様のお尻に触れていいのはわたくしめだけなのです!」
「お前ら、血が繋がってるんだから自重した方がいいぞ?」
机を叩きながら立ち上がる禄遜に、蓮蝶はドン引いた視線を向けていた。 雰囲気が少し改善したタイミングを見計らってベネトナシュも席に着く。
七人全員が傍から見れば、兄弟仲良く和気あいあいと会話しているように見えるかもしれないが、この何気ない会話の中にありとあらゆる思惑が交錯している。
この状況下では、多くが蓮蝶の一言一言へ耳ざとく意識を傾けている。 その様子を確認し、小さく口角を上げているメレクになど誰一人として気がついていない。
メレクへの憎悪を蓄えている天幻ですら、今この瞬間は蓮蝶へ意識が向いているのだから。
だが、蓮蝶の会話へ意識を向けていないのはメレクだけではなかった。 この中には、無能を演じる道化が混ざっている。
斯くして七人が各々探り合いの会話をしていると、円卓に人造人間たちが食事を運び始めた。