Ⅷ
メレクの飛空車が魔城アルクーダの格納庫に到着する。 無事に着陸して飛空車の下回りに灯っていた光が徐々に消えていくと、入り口が勢いよく開かれた。
「もう! 勘弁してくださいよほんと! パメラさんはくっつきすぎなんすよ!」
「メレク様、誰も見ていないのですからそんなに恥ずかしがらずとも良いのです。 なんならゆっくりと続きを……」
「しないっすよ! これ以上やったらシートベルトで窒息死させられるっすからね!」
鼻息を荒げながら飛空車から降りてくるメレクの顔は真っ赤に染まっていた。 それを追いかけるように、パメラが乱れた衣服を整えながら後に続く。
「メレクおにー様! お待ちしておりましたわ!」
突然格納庫の奥から響いた声に、またかと言いたげな顔で視線を送るメレク。
車内から出てきたメレクに向かって一目散に突進してくるのは、紅葉色の癖毛を肩口まで伸ばした少女。 メレクはその少女を見て苦笑いしながら両腕を小さく広げた。
「禄ちゃ〜ん! 一週間ぶりっすね〜。 毎回僕が来るのを格納庫で待ってなくてもいいんすよ?」
「メレクおにー様を一番にお出迎えするのはわたくしめの役割ですもの! 当然のことですわ!」
メレクの腰に飛びつきながら口元を緩ませる少女は禄遜・アルケイディス。 蓮蝶と母を同じにする第六王女で、メレクに嫌というほど懐いている。
全身に高価そうな装飾が施されたワンピースドレスを着用しているのだが、サイズが大きいせいで手元は袖で隠れている。 年齢と衣服が少し噛み合っていないせいでチグハグな印象を与えているのだが、本人は自分のことを大人の女性だと言い張っている。
自称大人の女性なのだが、毎回会食が行われる度にロケットのような勢いでメレクの腰に飛びかかってくるのだ。
「メレクおにー様! なでなでしてくださいまし!」
「え〜? 大人の女性はなでなで要求したりしないっすよ?」
「嘘ですわ! この前恋愛映画で大人の女性が二人きりの時に、殿方になでなでを要求している場面を見ましたわ!」
「それって未成年が見ても大丈夫なやつなんすか?」
顔を引き攣らせながら頭を撫でようと、メレクが禄遜の頭に触れた瞬間、何かの異変に気がついたのか、一瞬だけ眉を歪めていたが特に言及せずに優しく髪を梳くように頭を撫でた。
頭を撫でられた禄遜は満足そうに口元を緩ませたかと思ったら、
「そしたら再会のキスもしてくださいませ!」
「なんだって? 禄ちゃん、そんな言葉どこで覚えたんすか!」
「大人の女性ならキスくらいして当然ですわ!」
「だめっすよそういうのは! き、キスなんて! 愛し合っている人としかしちゃあいけないし、十八歳未満のキスはだめっすから!」
もちろんこの世界もセンシティブな内容には年齢制限があるが、キスはその限りではない。 しかしメレクは女性の扱いは神経質になりがちなため、過剰に反応してしまうのだ。 ちなみにメレクの中では手を繋ぐ行為も十二禁。
あたふたするメレクの後ろに無関心な顔で立ち尽くしていたパメラは、チラリと瞳の前に電子映像を出現させて時計を確認した。
「メレク様、会食まで後十五分です」
「あ、もうみんな揃ってるっすかね? ほら禄ちゃん、冗談はそこまでにしてもういくっすよ!」
メレクが困ったような顔で禄遜の頭をポンポンと撫でると、禄遜は頬をぷっくり膨らませながらメレクの腰に顔を埋めてしまう。
「いやです。 わたくしめはメレクおにー様にキスされないと動けなくなる呪いにかかりました」
「そんな呪いないっすよね?」
渋面でパメラに助けを求めるメレクだったのだが、パメラは何も答えようとしない。
仕方がなく自身の言葉で必死に説得を試みるメレクだったが、交渉には一切応じずコアラのようにしがみついている禄遜。
困り果てたメレクが肩を落としながら空を仰いだ瞬間、二人を助けるかのように背後から声がかかる。
「禄遜さま〜、メレク様困ってるっすよ!」
「禄遜さまー、わがまま言ったら嫌われますよ?」
個々についた時禄遜が走ってきた方角から、二人組の青少年が歩み寄ってくる。
かっちりと着込んだ黒スーツ、薄紫の天然パーマ。 二人の顔立ちは非常に似通っていて、まさにドッペルゲンガーと言った容姿。
左右の耳には禄遜の瞳と同じ琥珀色をした半月型の宝石が埋められたピアスをつけていて、二つを合わせればちょうど一つの宝石になりそうなサイズだ。
「うるさいですわよ、杏太郎と蘭太郎。 従者は黙ってわたくしめの癒しタイムを眺めていなさい!」
「「へいへーい」」
息ぴったりに返事をする二人組、杏太郎と蘭太郎はほぼ同時に掌を返した。
彼らは禄遜の従者統括者。 統括者の中では唯一の双子であり、歳の頃は十六とメレクと同い年だ。
顔の形も服装も同じため、髪の毛の分け目かピアスをつけてる耳を見ないと判別できないだろう。
ちなみに左に分け目とピアスをつけてるのが杏太郎。 右が蘭太郎である。
「双子くんたち! そんな簡単に諦めないで!」
「そんなこと言われても禄遜様は一度決めたら言うこと聞かないんですよ」
「無茶言わないで下さいよ、禄遜様は頑固だから譲らないですよ」
ほぼ同時に別のことをしゃべるのだが、言ってる事はほぼ同じというのも二人の特徴である。 双子がぶーぶー文句を言っていると、さらにもう一台の飛空車が格納庫に現れる。
ゆっくりと着陸した飛空車を横目に、禄遜は心の底から嫌そうな顔をした。 すると綺麗に着陸した飛空車の中から長い白金色の癖毛を適当に括った大男が降りてくる。
大男がメレクたちを一瞥すると、面白いものを見たとばかりに眉を開いた。
「おぉ〜? メレくんじゃあないの? それに禄ちんまで! おっひさ〜」
ヘラヘラと手を振りながら歩いてくる大男に声をかけられ、メレクは満面の笑みを浮かべる。
「あぁ! ベネ兄! 二週間ぶりですか? なんで前回の会食にはきてくれなかったんですか!」
「ん〜? 寝坊した」
「年がら年中昼寝してるじゃないっすか、寝疲れたりしないんすか?」
「何言ってんのさメレちん。 僕ちんから睡眠を奪ったら、他に何が残るっていうんだい?」
ニッシッシ、と歯を見せて笑う大男に、メレクは苦笑いを向けることしかできない。
「ひと兄、相変わらずクズですわね」
「うっわ〜。 禄ちんったら再開して一言めがそれかよ〜。 辛辣〜。 お兄ちゃん泣いちゃうぞ?」
「泣きたくなければもっと真面目に生きたらどうですの?」
禄遜が罵倒を浴びせつつ、メレクから仕方がなさそうな顔で離れる。 それを見てメレクは安心したように息をついた。
第一王子、ベネトナシュ・エータ・アルケイディスはここ数年近くだらしない言動が目立っている。 自分が任された領空の政策は基本的に放置、空賊に襲われても自分が率いる怪象師団を動かそうともしなければ対策も考えない。 彼の領空に住む民たちは自衛を強いられている。
怪さえ納品されればそれに対する報酬だけを支払うが、その処理も従者任せ。 本人は基本的には王族艇のどこかで統括者から隠れて昼寝をしているのだ。
そんなやる気のない第一王子につけられたあだ名は【穀潰しの最底辺王子】あだ名の通り支持率もダントツの最下位になっている。
目鼻立ちは整っているのに容姿に頓着がないようで、適当に結んだ髪のせいで前髪の数束がチョロリと垂れて目にかかっている。 様相も江戸時代の侍を彷彿とさせる袴の形状をした衣服。 胸元はだらりと開かれ、この時代にもかかわらず下駄で外をほっつき歩いている。
まだ二十代前半だというのに飲んだくれの酔っ払いにしか見えない。 一升瓶でも持たせれば完全にだめ男の完成である。
そんな彼を追いかけるように早足で歩み寄ってきた高身長の女性が、禍々しいオーラを放ち始めた。
「ベネトナシュ様、禄遜様のおっしゃる通りでございます。 いい加減やる気を見せていただきたい限りです」
ベネトナシュの従者統括者、ユニス。 綺麗に結い上げた深緑色の長い髪と銀縁眼鏡。 ベネトナシュの瞳と同じ鈍色の宝石が埋め込まれたブローチが、きっちりと着込んだジャケットの胸元に光っている。
口うるさそうな女教師に似た風貌は、ベネトナシュの容姿とはまるで真逆だ。
「げげっ、ユニスちゃ〜ん。 もう車の中で散々お説教は聞いたよ〜。 今日はちゃんと会食にも来てんだし、勘弁して下さい」
「いいえ、日頃散々逃げ回っているせいで言えない苦言を言う絶好の機会です。 まだまだ言いたい事は山ほどあるのですから、ご清聴願います」
「メレく〜ん、ユニスちゃんがいじめるよぅ。 助けてくれぇ〜」
頬をひくつかせながら無言で背を向けるメレク、それに合わせて禄遜たちもメレクと同じ方角に体を向ける。
後ろからはベネトナシュが猫撫で声で必死に助けを求めていたが、振り返れば面倒なことになると分かっていたのだろう。
メレクたちは是が非でも振り向かない覚悟で歩みを早めた。