Ⅶ
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数日後、メレクの王族艇で蓮蝶主導のステュークス構成員拷問が始まった。
拷問と言っても体を痛めつけたりはしない、蓮蝶が開発した紋章符を使い相手の記憶を遡ったり嘘を看破したり、脳内思考を看破したりすることが可能。
蓮蝶ほどの技術力と知識力があれば、対面していれば面白いほどに情報が引き出せる。 そう言った対策をすることもできるのだが、ステュークス構成員は五百を超えると言われているため、流石の彼らでも一人一人にそんな処理は施せない。
このアルカディアを脅かす最も大きな空賊団だ、構成員が多すぎるために未だに沈静化できていない。 沈静化が進まないのはステュークス構成員一人一人の戦闘力が高いことも原因である。
蓮蝶の拷問で分かったのは、メレクたちが捕らえていた構成員は下っ端も下っ端、他の空賊に捕まっていた怪奴隷たちで、戦闘能力を買われて構成員にランクアップした成り上がりだった事くらいしかわからなかった。
結局蓮蝶があの日わざわざメレクと話をしに来た理由がわからないまま会食の日を迎えてしまい、格納庫で飛空車に搭乗しようとしていたメレクにデルフィナが心配そうな視線を向けている。
「若ぁ、あのクソアマが何企んでるかわからないので、ほんっとうに気をつけてくださいね」
「デルフィナさんは言葉遣いに気をつけてください? まあ、パメラさんも一緒なんで大丈夫っすよ」
メレクは先に飛空車に搭乗していたパメラに視線を送ると、機械のように腰掛けていたパメラが自分の膝をぽんぽんと叩く。
「どうぞお座り下さい」
「………とりあえずデルフィナさん、留守中頼みますよ?」
「お、おう。 任せてくだせぇ」
パメラの言葉を華麗にスルーして、頬を引き攣らせながらデルフィナに挨拶をするメレク。 飛空車の扉を閉めてパメラの正面に腰掛けると、パメラはいきなり席を立ってわざわざ隣に移動してきた。
「メレク様。 わたくしめのお膝が空いております」
「いやいや、普通に椅子に座った方がいいでしょ?」
「では、わたくしめが椅子になりましょう」
「いやならなくていいっすから」
パメラが突然四つん這いになって視線を送ってきたため、苦笑いしながら視線をそらす。 いつも通りのパメラを見て気難しそうな顔が少しだけ緩んだ。
「にしても、今回の会食はなんだか緊張しますね。 この前蓮姉が言ってた王選ってのも気になるし」
「王選ですか。 確か、メレク様にも強制参加の王命が降ってましたね。 そんな命令なくてもメレク様は毎回参加されているのに」
「ベネ兄は二回に一回は不参加なので、多分あの王命はベネ兄宛だと思いますよ?」
「ああ、なるほど。 そんなことよりメレク様、車が揺れて怖いので、腕にしがみついてもよろしいですか?」
いつの間にか隣に座り直し、しれっとメレクの腕に絡みつきながらそんなことを聞いてくるパメラ。
「えっと、もうしがみつかれてますけど?」
「ならば車が揺れても大丈夫なよう、わたくしめとメレク様をシートベルトでぐるぐる巻きに固定しましょう。 そうしましょう」
「ちょっとー? 落ち着こうかパメラさん」
飛空車の座席部分でガヤガヤと騒ぎ出すメレクたち。 賑やかな車内にもかかわらず、運転中の人造人間は顔色ひとつ変えることなく魔城アルクーダへ車を飛翔させていた。
*
魔城アルクーダ、会食のために用意された円卓には集合時間三十分前にもかかわらずに無愛想な男が一人腰掛けている。
会食のために用意されたこの一室には王族以外の入室は原則禁じられているため、護衛のために連れてきた従者統括者は別室で待機している。
蒼銀色の髪をサラリと左に流し、鷹のように鋭い瞳で入り口をじっと見ながら置物のように座しているのは第二王子のドゥーレ・アルファー・アルケイディス。
軍服のようなデザインの紺色に染められた洋装で、英国紳士のような堅苦しさを放っているがすらりとした背丈のモデル体型のため、何を着てもその美麗な顔立ちを引き立ててしまう。
彼は毎度のごとく集合三十分前には席につき、静かに全員が揃うのを待っている。 生真面目で頑固な性格をした鉄仮面なのだ。
そんなドゥーレが待つ会食の場に、もう一人の王子が入室する。
「ドゥーレ兄様。 相変わらずお早いですね」
「天幻か、お前も早いな」
ドゥーレへの挨拶をしながら部屋に入ってきたのは第五王子の天幻・テイル・アルケイディス。 身長の割にガッチリとした体格の少年だ。
若草色の髪を掻き上げてトップに少々ボリュームを持たせている、いわゆるナチュラルオールバック。
半袖の洋装を纏っており、チラリと覗く腕は丸太のように太い。 彫刻のような筋肉が浮き上がっているせいか、年の割に貫禄すらうかがえる風格がある。
「まだ三十分前ですよね。 ドゥーレ兄様はやはり父上の通達を見て何か思うところがあったのですか?」
「通達? 強制参加の旨か。 十中八九、王選開催の宣言だろうな」
「王選? そういえば数日前も蓮蝶姉様が同じような事を言っていましたね」
「お前も盗み聞いていたか。 メレクと蓮蝶の対談」
小さく首肯しながら自分の席に腰を落とす天幻。 ドゥーレは眉間にうっすらとシワを寄せながら天幻に鋭い視線を送る。
「あの対談、お前はどう捉える?」
「どう、と言われましても。 第四王子が言った通り、ランキングトップのドゥーレ兄様と第四王子の削り合いが目的かと?」
「第四王子………か。 お前も相変わらずだな」
「何が言いたいのです?」
天幻が不機嫌そうに顔を顰めながら質問を送ると、ドゥーレは小さく首を振りながらまだ空席である第四王子の席に視線を向ける。
「あいつのランキングが上位なのは、紛れもなくあいつの実力だ。 それを認めん限り、お前はいつまで立っても足踏みしたままだぞ?」
諭されるように語りかけられたのだが、より一層不機嫌そうな顔になる天幻は話を終わらせたいのだろうか、大きなため息で返事をする。
「そんなことより、王選とはなんなのですか?」
「その名の通りだ。 おそらくこれから次期国王の選抜選挙が本格的に行われる。 文献に記載されている限りでは王選は一年間に渡り行われているからな。 要は今から一年後に俺たち兄妹の中から次期国王が決まるというわけだ」
「なるほど、このままいけば確かに次期国王はドゥーレ兄様ですね。 それを阻止するために蓮蝶姉様は動き出したわけですか」
一人納得したように頷きながら、ドゥーレから視線を逸らして何やら考え事を始める天幻。
その様子を横目に、ドゥーレは呆れたように小さく首を振った。
そこから数秒後、沈黙が訪れた会食場に小さな足音が響き始める。 足音に気がついた二人はほぼ同時に入口の方へ視線を向けた。
入り口から不安そうな足取りで自分の席に向かっていたのは、長い萌黄色の長髪をハーフツインに括った少女。
不安そうに体を縮こまらせ、忙しなく視線を泳がせながら小さな歩幅でテクテクと歩み寄ってくる。
「ご、ごきげんようドゥーレお兄ちゃんと、天幻お兄ちゃん」
「傀楊か、ごきげんよう」
「お前はなんでいつも怯えてるんだ? 王族ならもっとシャキッとしろ」
天幻から厳しく叱咤され、傀楊と呼ばれた少女は瞳を潤ませながらキョロキョロと視線を彷徨わせてしまう。
「天幻、彼女はまだ十歳だ。 そう厳しく当たるな」
「いいえ兄上、まだではなくもう十です。 これから本当に王選が始まるというのなら、こいつも僕たちのライバルとして戦う相手になるんですよ」
「まだ確定したわけではない、そう気を急ぐな」
「しかし………」
小動物のように震えながら、潤ませた視線を天幻に送る傀楊。 その視線を受けて天幻は言葉を濁らせた。
傀楊・ヴェルト・アルケイディス。 天幻と同じ母の元に生まれた少女である。 母が同じだからなのだろうか、いつも怯えた様子で振る舞う彼女に天幻は葛藤しているのだろう、顔を合わせるたびに厳しい言葉を投げかけている。
その度に傀楊は小刻みに震えながら比較的優しいベネトナシュやメレクの影に隠れてしまうのだが、今はそのどちらもいない。
現在この空間にいるのは傀楊が最も苦手とする堅物二人。 苛立ち混じりに視線を送ってくる天幻から必死に逃れようと、傀楊は椅子の影に隠れて立ち尽くしてしまう。
小さなため息をつきながら机に肘をつき、探偵のように両手を合わせて口元を隠すドゥーレ。
「傀楊、とりあえず座れ。 天幻も彼女を思うならいちいち言及するな。 彼女もライバルとして見るのならばお前がいちいち注意するのはただの奢りだぞ」
「おっしゃる通りですね。 悪かったな傀、もう何も言わないから普通に座れ」
「ご、ごめんなさい」
空気に溶け込みそうな声音で謝罪しながらちょこんと椅子に座る傀楊。 まだ身長に対して釣り合っていない椅子に座る傀楊の足は、ぷらぷらと宙を揺れている。
傀楊が来てからは他の二人は特に何も会話しようとはせず、無言で辛気臭い時間が数分間続いてしまう事になった。