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「久しぶりだなぁメレ坊」

 

 そう言って怪しげな笑みを作っているのは黄金色の癖髪を頭頂部で括り、腰のあたりまで伸ばした美しい容姿の女性。 応接室の豪奢な作りをしたソファーにどかりと座り、慌てて部屋に入ってきたメレクへ舐めるような視線を向けている。

 

「蓮姉、急に来るからびっくりしましたよ。 どうかしたんっすか?」

 

「どうしたもこうしたもあるか。 お前、父上からの通達に目を通してないのか?」

 

 第三王女の蓮蝶は呆れたような表情で視線を送ってくる。

 

 体のラインがくっきりと出る黒のドレスと太ももの辺りから裂けたスリット、嫌でも目をひいてしまうほど大胆に開いている胸元が妖艶な雰囲気を醸し出しており、ドレスにはそこらじゅうにキラキラと輝く宝石が装飾されている。 目元についたほくろも色っぽさを引き立てている。

 

 見ているだけで華やかな、極上の生花を拝んでいるような美しさ。

 

 そんな美女が目の前で座っているというのに、首を傾げながらメレクは眼前に小さな電子映像を映し出した。 現在のアルカディアでは、科学技術と怪象技術を融合させた最新鋭の機器によって、通達や通話などの連絡が可能になっている。

 

 現代で言うスマートフォンのようなものは、紋章の書かれた札を所持していれば自分の意志と視線だけで操作できる。 メレクの場合は札をポケットに仕込ませていた。

 

「ああ本当だ、次の会食は全員強制参加の旨が書かれてますね。 今までこんなことなかったのに」

 

 アルカディアの真ん中に立っている城は魔城アルクーダと呼ばれていて、メレクたちの父である国王、カリスト・ヘイラー・アルケイディスはそこで生活している。 毎週日曜日はこの城で会食が開かれていて、参加は任意となっているが今回は全員強制参加という勅令が降ったのだ。

 

 この会食では兄妹たちが取り止めのない話や最近の出来事を話す場になっていたり、有益な情報を交換したりするために全員重宝しているため、そんな通達がなくても毎回ほぼ全員参加している。

 

 最も、ごく稀に参加を見送っている第一王子のベネトナシュは例外なため、この通達はベネトナシュに向けて送られたものと言っても過言ではないのだろう。

 

「この前、かい嬢が十歳になっただろう、それに伴って王選を始めるという宣言をするのだろうな」

 

「王選? ってなんすか?」

 

「なんだ、知らなかったか?」

 

 ちょこんと肩を窄めながら両掌を返す蓮蝶。 入り口で突っ立ったまま話すメレクを見て、部屋の隅っこに控えていたデルフィナは不機嫌そうに咳払いをした。

 

「あの、若。 立ち話もなんですし、座った方がいいんじゃないっすか?」

 

「ああ、そうっすね! 蓮姉、失礼しますね」

 

 慌てて部屋の中央に置かれたソファーに腰掛けるメレクをチラリと見た後、すぐにデルフィナへ興味深げな視線を送る蓮蝶。

 

「見かけによらず気が効くんだなぁ? 師団長殿?」

 

「あ? なにジロジロ見てんだゴラァ」

 

 突然声をかけられたデルフィナは反射的に蓮蝶を睨め付ける。

 

「ちょっと! デルフィナさん! 蓮姉に失礼ですよ!」

 

「すんません若、ついついイラっときて。 おい、ニヤニヤしてないでとっとと話進めたらどうなんだ、第三王女さん」

 

「デ、デルフィナさん! もういいから部屋から出てて下さい!」

 

 座ったばかりなのにすぐ立ち上がり、慌ててデルフィナの背を押して部屋から追い出そうとするメレクだが、デルフィナは不自然に首の角度を調整しながら蓮蝶を睨み続けている。

 

 超攻撃的な視線を受け続けていた蓮蝶は、怒るでもなく腹を抱えて笑い出した。

 

「面白い部下を雇ったなぁメレ坊。 私は気にしていないから変に気を使うな。 逆に面白いからそのままここにいさせてやれ」

 

 ヒラヒラと手を振りながら色っぽく足を組む蓮蝶。 その姿を口を窄めながら見ていたデルフィナに一言説教をしてからメレクは再度腰掛けた。

 

「すみません。 僕の部下が不快な思いさせたっすねぇ」

 

「いやいや、面白かったから構わんぞ? そんなことよりメレ坊、今日ここに来たのはお前に聞きたいことと提案があったからなんだが、本題に入っても構わんか?」

 

「僕に聞きたいことっすか? 自分で言うのもなんっすけど、僕は政策の事とか怪象に関することは全然詳しくないっすよ?」

 

 困り眉で控えめに肩を窄めるメレク。 しかし蓮蝶は、謙虚が服を着ているようなメレクの態度を見てやれやれと掌を返した。

 

「私もお前にそんな事を聞くほど馬鹿ではない。 私が聞きたいのはお前の専門分野だ。 空賊団ステュークスについて、だ」

 

「ステュークスっすか?」

 

 空賊団ステュークスの名前を聞いた途端に強張った声音に変わるメレク。 部屋の隅で不機嫌な顔をしていたデルフィナも突然目つきを変える。

 

「お前らも苦戦している相手だよな? ちなみに今日も空賊を捕まえたんだって? ステュークスの構成員か?」

 

「いいえ、今日のはただの野良空賊です。 ステュークスの構成員ならもっと苦戦してましたよ」

 

「ほう、お前の部下が取り逃したって聞いたからな。 ついついステュークスの構成員かと勘違いしたよ」

 

 チラリとデルフィナに視線を送る蓮蝶。 取り逃した本人であるデルフィナはバツが悪そうな顔でそっぽを向いてしまう。

 

 二人が繰り広げる冷戦を横目に見ながら困笑を浮かべるメレク。

 

「まあ、今日の空賊さんたちは初めから逃げ越しでしたし、ああ言うやつはすぐ散らばって逃げるから全員捕まえるのは容易じゃないっすよ。 そんなことより、蓮姉は僕にステュークスの何を聞きたいんです?」

 

 言葉の途中で声色が変わり、突然眼力が強まったメレクを見て蓮蝶は背もたれから背を離し、やや前屈みになりながらメレクを直視した。

 

「さっきも言ったが、もう時期王選が始まる。 傀嬢が十歳になったからな。 早くても今週の日曜、会食の際に父上から王選開始の宣言があるだろう」

 

「えっと、そもそも王選って言うのは一体なんなんです?」

 

「次の国王を決める選挙に決まっているだろう? 順調にいけばこのままトップ独走中のドレ兄が次の国王として選ばれるだろうなぁ、それをよく思わない連中は力技に出るかもしれんぞ?」

 

 蓮蝶は話の途中に自らの紋章から映し出した映像を机に広げた。 机に映るのは現在の支持率ランキング。

 

 それに一瞬だけ目をやったメレクは生唾を飲む。

 

「ステュークスはドゥーレ兄さんを狙う気なんですか?」

 

「そう言う噂が飛び交っていてな。 私もとある情報筋から聞いた話だから定かではない。 だがお前は日中夜空賊と戦っているだろう? ステュークスの構成員を捕らえたりしていないのか?」

 

「数名捉えてます。 なるほど、拷問して聞き出そうってことですか?」

 

「そう言うことだ。 兄弟の中で、メレ坊は最も空賊との戦いに慣れているからなぁ。 捕まえていると思ってたよ。 そこで、次は提案だ。 その拷問、私に任せてはくれないか?」

 

 怪しげな笑みを浮かべる蓮蝶。 自信に満ちた眼差しで真っ直ぐメレクの顔を見据えている。

 

 しかしその話を聞いて背後に控えていたデルフィナはたまらず身を乗り出した。

 

「お前みたいな胡散臭いやつに任せられっかよ!」

 

「デルフィナさん、一回黙ろうか?」

 

 冷気を帯びたような声音でデルフィナを制すメレク。 いつもの気の抜けた声音からは想像もつかない気迫を感じ、デルフィナの背筋に怖気が走る。

 

 メレクは虚な瞳のまま机に映し出された支持率をじっと観察しており、顎をさすりながら何か思考を巡らせているように見える。

 

 数秒間の沈黙を挟み、余裕の笑みを浮かべている蓮蝶に向けてニヤリと意味深な笑みを向けた。

 

「ちなみに蓮姉。 あなたは支持率五位ですよね。 ドゥーレ兄さんがステュークスに襲われれば支持率にも大きな変動が起きるのは間違いない。 王選開催を前にドゥーレ兄さんが痛手を受ければ一位に返り咲くのはおそらく僕です」

 

 一度言葉を切り、蓮蝶を威圧するような視線を向けるメレク。 

 

「ステュークス構成員を拷問する理由はなんですか?」

 

 カマをかけるような鋭い質問をされた蓮蝶は、小刻みに肩を揺らした。

 

「おいおい、そんな怖い顔するなよメレ坊。 私はただドレ兄が心配なだけだぞ? ステュークスに襲われて、万が一大事があったら後悔してもしきれない。 王選は裏工作なしで正々堂々と挑みたいじゃあないか」

 

「なるほど? つまりステュークスに襲われた際、僕やドゥーレ兄さんの身に事故が起こらないよう、僕が捕らえた構成員をあらかじめ尋問しておくと? 随分とお人好しなのですね。 いつも意地悪な蓮姉とは思えない提案だ」

 

 鷹を射殺す様な鋭い視線を向けているメレクの顔を見て、うすら笑みを浮かべていた蓮蝶は困ったように肩を窄めた。

 

「食えないやつだなお前は。 おー怖いこわい。 姉の善意を疑っているのか?」

 

「いえいえ? 疑ってないからこそ聞いてるのですよ?」

 

 無言で睨み合う二人。 後ろに立っていたデルフィナが緊張のあまりゴクリと喉を鳴らすが、その小さな嚥下音ですら部屋に響いてしまう。

 

 沈黙の間に応接室に差し込んでいた小金色の夕日は薄紫色に変わり始め、少し肌寒くなり始める。

 

 二人の間に走る緊張を切り裂くように、蓮蝶が肩を落としながら盛大なため息を吐く。

 

「まったく、尋問をする際はお前も同伴で構わない。 それなら何も疑うことはないだろう? それに、もしもドレ兄が襲われるとわかった際は私も救出に協力をしよう。 それで構わないか?」

 

 降参だと言わんばかりに両手を上げて背もたれに身を投げる蓮蝶。 その仕草を見てメレクの表情はいつも通りの眠たそうな、覇気のない顔に変わった。

 

「その条件なら何かあっても対処できるっすからねぇ〜。 じゃあ、早速牢獄に案内しましょうか?」

 

 先ほどまでの空気を忘れさせるように、ヘラヘラしながら腰を上げるメレク。 しかし蓮蝶は椅子に深く座ったまま動こうとしない。

 

「もう夕暮れだし時間も時間だ。 また後日顔を出す。 今度はあらかじめ連絡するから準備をしておいてくれ」

 

 背もたれの後ろに腕を投げながら天井を仰ぐ蓮蝶。 メレクはにっこりと微笑みながらその要求を承諾した。

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