Ⅳ
パメラを無理やり部屋から追い出したメレクは、気難しげな表情で再度自分の椅子に腰掛ける。
目の前には電子映像を投影させ、忙しなく視線を泳がせる。
「空賊の活発化は、なんらかの原因があるはずっすね。 それを解明しないと国民たちに危険が及ぶっすからね」
一人ごちりながら、自分の領空で発生した空賊の被害報告と他の領空で発生した被害報告を比べる。
他の領空の情報は公表さえれているものが少なく、信憑性のある情報が少ないためどうしても核心にたどり着けないまま燻っているのだ。
七人いる兄妹の中で最も信頼を置いている妹からの情報以外はほとんど参考にならないと考えていいだろう。 しかし、その妹から送られる情報のおかげで今までメレクは多くの空賊を捉えられたと言っても過言ではない。
とは言っても領空民の被害報告は一向にゼロにはならず、このままでは自分を信じてこの領空にきてくれた領空民たちを危険な目に合わせてしまう。
焦る気持ちを押さえながら、本日発生した被害報告を一言一句逃さずに確認していく。
すると、メレクの目の前に先ほどまで出していた通信用の紋章が出現した。 訝しみながらその紋章に視線を送ったメレクは煩わしそうに紋章を人差し指でちょんと触れると、紋章は耳の横へ移動する。
「なんすか? 今報告書を確認してるんすけど」
『あ、若! 突然すんません、なんか第三王女の蓮蝶とか言うクソアマが格納庫に来てまして、若にお目通りしたいとのことなんすけど。 特に事前連絡とか着てないっすよね? アヤかけて追っ払いましょうか?』
アヤとは言いがかりをつけるという意味で、脅迫の際に使う言葉でもあるのだが、ここでは文句つけて追っ払おうか? という意味らしい。
メレクはこう言った言葉遣いはデルフィナのせいで認知しているため、そのセリフを聞いて途端に慌て出す。
デルフィナは元空賊。 この事実を知っているのはメレクと側近のパメラくらいしかいないため公にはなっていないが、世論的にも知られることは非常にまずいことだろう。
けれどそんなリスクを差し置いても、メレクはデルフィナを師団に勧誘するために妹にお願いをし、情報操作をすると共に彼女に偽りの身分を与え空賊だった頃の記録を抹消した。
デルフィナは以前、メレク直々に討伐した空賊たちの頭目をしており、他の空賊たちと違い彼女が活動している理由は少々変わったものだった。
「カタギに手ぇ出してんじゃねえよ! アコギな野郎どもが! アタイがてめぇらに引導渡してやらぁ!」
驚くべきことに、デルフィナが率いる空賊団は、他の空賊団を攻撃していたのだ。
空賊ではない国民たち、彼女で言うところの『カタギ』から食料や怪を奪うのは悪どいこと、つまり『アコギ』なことだと主張し、メレクの領空内で国民を襲っていた空賊団を襲撃。
その場に向かっていたメレクはその光景を見て非常に驚きはしたのだが、相手は空賊。 倒さないわけにはいかなかった。
予期せぬ形で三巴の戦闘になってしまったのだが、メレクにとっては相手が何人いようと空賊相手では遅れを取らない。 せいぜい三百を超える空賊団でも出ない限り彼を倒すことは不可能に近いだろう。
手も足も出せぬままメレクに屈したデルフィナは、それはもう意地悪く抵抗を見せていたのだが、メレクはそんなデルフィナに頭を下げてこう言った。
「あなたは僕が知らないところで悪巧みしてる空賊たちと戦ってくれてたんすね。 それには心から感謝します。 けれど、僕だって王族の一人、空賊を名乗る以上見て見ぬ振りはできませんでした。 なのですいません、捕縛させていただきます」
空賊相手にも関わらず素直に礼を言って、礼節を尽くすメレクの行動に衝撃を受けたデルフィナは、しばらく王族艇の牢屋に入って彼の活躍を観察していた。
他の王族とは違い、メレクは領空民たちを第一に考え、娯楽や気休めの政策などをせず、自ら率先して民たちの安全を確保し、そしてそれを鼻にかけたりしない。
きっと何か裏がある。 そう思ってデルフィナは何度も牢屋に会いにきたメレクにカマをかけたのだが、一切ボロを出さないどころか、ただ純粋すぎる善意で人々を導いているのが分かってしまった。
陰謀渦巻く空賊社会で生きていたデルフィナにとって、ほんの少しでも悪意を感じれば鼻が効くはずだったのだ。 なのにメレクからは一切そういった悪意の香りが匂わない。
他の王族たちとは違い、国民たちへ親身に接している上にそこに悪意もなければなんの陰謀も感じられなかった。
それどころかデルフィナが入っている牢屋にもしっかりと栄養バランスの考えられた食料を提示しており、デルフィナへの最大限の恩義を送っている。
「間違いねぇ、こいつぁ金筋だ! こいつにこの国を任せられるなら、アタイはこいつに一生ついていくぜ!」
金筋とは一線級の空賊を指し示す言葉らしい。 メレクの行動に感銘を受けたデルフィナは牢屋に顔を出しにきたメレクに頭をさげ。 共に戦うことを願い誓ったらしい。
メレクもデルフィナたちが空賊団と抗争をしていたことを知っていたため、秘密裏にデルフィナに仮の身分を作り、今までの空賊業を隠蔽して師団に誘うつもりだったらしい。
皮肉にもメレクがデルフィナの空賊業を見事に隠蔽し、デルフィナを師団に誘いに行ったタイミングで頭を下げられたため、メレクは苦笑いしながらデルフィナを牢から解放したのだ。
それからと言うものデルフィナは一心不乱にメレクのために空賊退治に没頭している。 問題点は言葉遣いくらいしか見つからなかった。
言葉遣いは何度も注意して矯正しようとしているのだが、メレクへの忠誠心が強すぎるが故にすぐに熱くなって言葉遣いが荒くなってしまう。
もはやこの子はそういうキャラ設定なのだということにして黙認していたのだが、流石に王女への脅迫じみた文言は言及しなくてはならない。
「ちょ! ダメに決まってるじゃないっすか! 早く応接室にご案内して! くれぐれも失礼のないように! あと、仮にも蓮姉も王女様なんですからね? 王女様をクソアマとか言ってはいけません!」
『えぇ〜? こいつなんかいけすかないから嫌いなんすよね〜。 しかもいくら第三王女だからって、普通他の王子に面会するなら一言連絡入れるっしょ〜? 若、なんか連絡来てます? 朝伺った限りだとなんも連絡なかったっすよねぇ?』
「いや、確かに連絡は来てないっすけど、蓮姉をこいつとか言っちゃダメっすよ! まあ、ちょうど他の兄妹に聞きたいこともあったので好都合っす。 丁重にご案内して下さい!」
紋章からは不機嫌そうな『まぁ、りょーかいっす〜』などという返事が返ってくる。 メレクは眉をハの字に歪ませながら感謝を込めて両掌を合わせた後、パチンと指で乾いた音を響かせながら椅子の前に表示していた電子映像を閉じる。
紋章での連絡中もついつい身振り手振りで話てしまうらしい。
その後、勢いよく席を立ったメレクは、大慌てで部屋を出て行った。