ⅢⅩⅠ
激闘から二日がたった。
第七王女の王族艇内に伸びる細長い廊下を、萌黄色の髪をハーフツインに括った少女が嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねながら駆け回っていた。
うさぎのように可愛らしい足取りで向かった先は統括者の私室。 ハーフツインの少女はノックもせずに、勢いよく扉を開いて中に入っていく。
「赦鶯! 赦鶯はここにいるの? はやく王選ランキングを確認するの!」
「これはこれはお嬢様? 突然部屋に入ってこられたので、驚いて心臓がとびでるかと思いましたぞ?」
微笑みながら返答する統括者の赦鶯。 彼は私室内の机に座りながら紅茶を嗜んでいたようだった。
彼の主人である傀楊はその様子を見て嬉しそうな歩調で歩み寄っていく。 その歩調は、祖父に誉めて欲しい孫娘の歩調にそっくりだった。
「赦鶯! 早く早く! 王選ランキングを確認するの!」
「わかりましたので、少々落ち着いてくださいませ」
座っていた赦鶯の膝をバシバシと叩き始める傀楊を困った表情で眺めながら、眼前に電子映像を投影させる赦鶯。 電子映像をざっと見た瞬間、赦鶯は言葉を失い喉の奥からしゃがれた呻き声を絞り出した。
「っな、何が? 何が起きているんじゃ?」
「傀はとってもすごいの! この前の戦いを傍観してたのはこのためだったの! ぜーんぶ計算通りなの!」
瞳孔を開き、顎を震わせる赦鶯とは対照的に、ぴょんぴょんと小さく飛んで喜びを全身で主張する傀楊。
電子映像に記載されていた王選ランキングは以下の通りだった。
第一位・第七王女【傀楊・ヴェルト・アルケイディス】
第二位・第二王子【ドゥーレ・アルファー・アルケイディス】
第三位・第五王子【天幻・テイル・アルケイディス】
第四位・第一王子【ベネトナシュ・エータ・アルケイディス】
「メレク王子たちの名が、消えている? どう言うことじゃ?」
「なんだか知らないけどね、メレクたちは王選を辞退したらしいの! きっと傀の凄さに恐れをなして、尻尾を巻いて逃げちゃったの!」
動揺したままの赦鶯に不満げな視線を向ける傀楊が、口を窄めながらそう答えると、赦鶯は額から玉の汗を滴らせ、顎をさすり始める。
(王選を辞退した、じゃと? 初めからメレク王子は王選を勝ち抜こうとするそぶりは見られなかった、彼が辞退したのはなんとなく理解できる。 同じ理由で禄遜王女もじゃ。 だが、蓮蝶王女まで辞退したとなると……)
赦鶯は慌てて電子映像を操作し、アルカディア王国の掲示板やそれぞれの王から発信される通達文を検索し始める。 しかし傀楊は、目の前に目的を達成した王女がいると言うのに相手にしてくれない赦鶯に対し、頬を膨らませながら肩をふるふると震わせ始めた。
「赦鶯ってば! 傀はね、王選が始まってからたった二日で一位になったの! 傀はね、こうなることを想定してこの前の戦いを傍観したの! まぐれじゃないの! すごいことだと思うの!」
地団駄を踏みながら赦鶯の前に映し出されていた電子映像を消すように両手をワナワナと暴れさせる傀楊。 どうやら彼女は純粋に誉めてもらいたいだけだったのだが、全く相手にされていないせいで不機嫌になってしまったらしい。
ようやく正気に戻った赦鶯は、ハッと息を飲みながら慌てて電子映像を霧散させ、頬を真っ赤にしながら膨らませている傀楊の頭を慈しむように撫でた。
「申し訳ありませんお嬢様、ついつい驚いてしまいまして。 夢なのではないかと焦ってしまいましたぞ?」
「夢じゃないの! 傀は朝起きた時ランキングを確認して、念の為ほっぺたをつねっておいたの。 すっごく痛かったの!」
「それにしてもたった二日で一位に返り咲いてしまうとは、これは国民たちもお嬢様の才能に気づかざるを得ませんな! お嬢様はわしが見込んだ通り、正真正銘の天才でした!」
頭を撫でられている傀楊はふんすと鼻を鳴らしながら平たい胸をはる。 ドヤ顔で腕を組んだ傀楊は満足そうな顔で、
「そうと決まれば、後は何もしなくても次期国王は傀楊で決まりなの! ドゥーレの王族艇は傀が壊したし、天幻とベネトナシュはもはや再起不能。 まあ強いて言うなら、唯一怖いのは幽閉されてる天幻くらいなの!」
「そうですな、ベネトナシュ王子は生きているとは到底思えませんからな」
「傀の能力は最強なの! あのベネトナシュですら一瞬で返り討ちにしちゃうほどなの!」
昨日、密かに行われた戦闘を振り返る傀楊たち。
「ですがお嬢様、念の為王選を辞退したメレク王子たちが今何をしているのか確認したほうがいいかもしれません。 彼らが次期国王にならないのは確実ですが、もしかすると空賊たちと共闘してお嬢様の邪魔をするかもしれません。 特に禄遜王女がまだ生きているとなると、非常に危険です」
「確かに、あの女なら傀の邪魔しかねないの。 傀、あの女はとっても気に入らないの! 二日前に赦鶯が仕留め損ねたせいで、傀はすっごくもやもやするの!」
傀楊は、禄遜王女を毛嫌いしていた。 理由はただ単に偉そうだったからだ。
正確に言えば、禄遜は他の王族候補たちからひどく恐れられていた。 圧倒的な情報量が彼女の凶器だったとはいえ、まだ十歳になったばかりの傀楊にとっては情報を大量に持っている禄遜に対してあまり怖さを感じていなかったのだ。
にも関わらず、赦鶯も禄遜を注視しているし、他の王子たちも傀楊は子供扱いするくせに二つしか歳が離れていない禄遜は王族のライバルとして対応していた。 末っ子である傀楊にとって、なぜか曲者扱いされている禄遜に対し、嫉妬心を燃やしてしまうのは自明の理。
今なお禄遜を仕留め損ねて難しい顔をしている赦鶯を見ているだけで、傀楊は禄遜に対する苛立ちを膨れ上がらせる。
(たった二日で一位になった傀の方がすごいのに、どうしてみんなあの女を危険視するの? そんなんだから足元を掬われて、傀に一位の座を奪われちゃうの)
不満を心の中に抱いたまま、傀楊は赦鶯の部屋を後にした。




