ⅢⅩ
突然叫ぶように声を上げた雨桐を見て、禄遜と蓮蝶は素っ頓狂な顔をする。 いきなり何言ってんだこいつ? とでも言いたげな雰囲気を醸し出すが、顔を真っ赤にさせて力一杯に声を上げた雨桐を凝視したメレクが、ニンマリと口角を緩めると、
「ふ、幻くんは毎日最低でも自分の体重と同じ量のタンパク質を摂るよう心がけてますからね。 ステーキ以外にも鰹やささみ、豆乳なんかも好きでしたねぇ?」
「あの! あのあの! 天幻様は! 食材にこだわりがあるから! 自分の王族艇で、ご自分が改良した機械人形に食材を作らせているのです!」
「ほほう、そんなこと知っていますよ? だって二年間一緒に勉強してた仲なんですから。 自慢げに話していたのを今でも覚えてるっす。 「僕の機械人形は改良を施して、上質な食材を作れるようにプログラミングしました! より効率良く筋肉を増強するために、食材の作り方からこだわっているのです」とか言ってたのをよく覚えてるっす!」
「あの! あのあのあの! 天幻様は——」
なぜか天幻を自分の方が理解しているぞと言わんばかりの口論が始まり、蓮蝶と禄遜は呆気に取られて傍観していると、
「やかましいな。 何を騒いでいるんだ?」
いつの間にか目を覚ましていた天幻が煩わしそうに声を上げる。 雨桐やメレクに背を向けて横になっている彼に、全員が視線を集めると、
「さっきから黙っていれば、くだらない口論を始めないでもらいたい。 それより、クーデターの話は聞かせてもらってたぞ」
「え? 起きてたんすか?」
「とっくの昔にな。 いつ奇襲をかけようか、どれだけ情報を奪えるかを伺ってたが、まさかクーデターを起こそうとしてたとはな。 そこまで王座にこだわるのか? 凡人のくせに」
未だ寝ているのではないかと思うほど、背を向けたままピクリとも動かない天幻がボソボソと問いを投げてくる。 それを受け、メレクは嬉しそうに小さく吐息をこぼした。
「いえいえ、僕はぶっちゃけこの国の王にならなくてもいいんすよ。 ただ、こんな王選なんてなければ誰も犠牲にならないし、誰も国から追放されないと思うんす。 それに、たった一度の失敗が原因で、国民たちから非難されることだってなかったと思うんす」
「憐れんでいるのか? 僕の失敗を」
底冷えしそうな低いを声音を聞き、禄遜が青筋を立てながら立ちあがろうとしたのだが、スッと彼女の前に手を伸ばした蓮蝶が無言で首を横にふる。
メレクは自分の背後でそんなやりとりがされていたとはつゆ知らず、落ち着いた声音で対話を重ねた。
「憐れんでなんていないっす。 僕は幻くんに憧れてましたから。 何をするにも効率がいい、誰よりも前を歩いてる君をすごいと思ったことしかなかった。 あの事故だって、みんながしようとしてなかった難しいことに挑戦したからこそ起きてしまったんだと思ってます。 機械人形に戦わせようとしてるのは、国民の命を大切にしたいからで、国民たちに笑顔でいて欲しいからなんだって、わかっちゃってましたからね」
天幻は返事をしなかった。 雨桐はメレクの言葉を聞き、嬉しそうに瞳を輝かせ始めている。
「だから、幻くんは紛れもない天才なんです。 生まれてくるのが少し早すぎたのかもしれないっすね。 だから君の凄さを理解できる人が少ないのは仕方がない。 君の才能を憂うものがいて当たり前。 君は天才なんですから! だからこそ、今君を理解して、支持している人たちは、みんな才能に恵まれた人たちだと思うんす。 雨桐ちゃんもその筆頭でしょう? だから、君を理解してくれている人が領空に集まって、その人たちと一緒に国を作っていけるとしたら、楽しそうじゃないっすか?」
横になっていた天幻が少し頭を動かし、牢屋の端でへたり込んでいた雨桐の方に視線を向ける気配がした。 雨桐は嬉しそうに瞳を輝かせながら何度も何度もうなづいて、まっすぐな視線を天幻の背中に向けている。
「だから幻くん! この国を、帝国から合衆国に変えましょう! 僕たち七人がそれぞれの自治権や独自の統治構造を持った七つの領空を合衆し、単一の主権をもとにした国家を作るんです! 一人で多くの人間の管理ができないから間引くのではなく、七人で協力して国家を支えていけば、誰も犠牲にならないすごく素敵な国が出来上がると思うんです! だから僕たちと一緒に、七つの王座の内一つに座って欲しいっす!」
メレクの語調が徐々に大きくなっていく、必死に語りかけているのがヒシヒシと伝わってくる。 それを無言で見守る禄遜と蓮蝶。
牢屋の中を静寂が支配し、数刻の間誰一人口を開かずに天幻に視線を集中していた。
長い長い数秒を経て、盛大なため息をつきながら肩の力を抜く天幻。
「合衆国っていうより、連邦って言った方がいいんじゃないか?」
ボソボソと投げやりに放たれたであろう返事を聞き、蓮蝶が堪えきれず鼻を鳴らす。
「連邦も合衆国も同じような意味だろう?」
「うるさいですね。 別に反対しようとは思いませんよ。 いい案だとは思いましたし。 ……メレク兄様が言う通り、自分を選んでくれた国民たちのために、全力を尽くすのはやぶさかではありませんからね」
蓮蝶や禄遜、雨桐までもが自分の拳が入らんばかりにあんぐりと口を開き、瞳孔を開いて呆気に取られていた。 呆気に取られていた理由は天幻が素直に要求を受け入れると思っていなかったからではない。
今の一言には、天幻の心情が変わったと一瞬で分かる、驚愕の発言が隠されていたのだ。 原因となっていた本人はキョトンとした顔で困惑し、呆気に取られている蓮蝶たちの顔を覗き込んでいたが。
「蓮姉? なんでそんなに驚いた顔してるんです?」
「え? いや、だって今、天坊がお前のことを……」
「皆まで言わなくても分かるでしょう蓮蝶姉様。 僕は自分が認めた人間しか名前で呼ばない。 自分よりも優れた考えを持っている、一流の人間しか名前を覚えるに足らないのですからね」
天幻の背中と、メレクのすっとぼけた顔を交互に伺う蓮蝶は、おかしそうに鼻を鳴らした。
「まあ、そう言うことならさっきの戦いの最後、お前がメレ坊を誘い込んだ時点で認めていたと言う話か?」
なぜなら天幻が作った一瞬の隙は、一流の戦士にしか見破れないであろう刹那の時間だったのだから。 そこに来ると信じて待っていた天幻は、心の何処かではすでに、メレクを認めてしまっていたのだ。
だが、改めて言及されるとむず痒くなってしまうのが当然のこと。
「いちいちやかましいですね蓮蝶姉様。 今すぐ黙らせましょうか?」
拘束していた鎖を腕力だけで引きちぎり、むくりと状態を起こした天幻を見て、その場にいた全員があたふたとしながら必死に天幻を宥める羽目になってしまうのだった。




