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ⅡⅩⅧ

 砂嵐の中心で呆然と立ち尽くす天幻。 ベネトナシュに触れられたせいで五感が奪われ、勘を頼りに砂嵐を纏っている。 砂つぶ一つ一つがボーリング球並みの重さをしているせいで、中に入れば一瞬にして全身蜂の巣になる狂気の砂嵐。

 

 その砂嵐の中に、全身を分厚い鎧で覆った男が突然現れる。 ベネトナシュの瞬間移動で天幻の真後ろに現れた鎧の男がすかさず天幻の肩に触れると、天幻の左手に持っていた大剣が少女の姿に変化すると同時に、砂嵐が晴れた。

 

 五感が奪われている状態の天幻は驚いた顔もせず、強制的に元の姿に戻された統括者、雨桐(ゆーとん)がギョッと目を見開きながら崩れてしまった砂の足場を一瞥した。

 

「天幻様!」

 

 足場を失った雨桐は必死に天幻へと手を伸ばすが、天幻が砂の制御をできなくなったせいで彼を守っていた砂嵐はもうない。 元々かなりの重さになっていた砂粒は瞬く間に空の彼方に落下していき、咄嗟に足場を作ろうと新たに掌の上で砂を作り出した雨桐を、何もない空間から響いた鉄の音が拘束する。

 

「ナイスだぞメレ坊!」

 

 蓮蝶の作り出した不可視の鎖によって捕獲された雨桐は、瞬く間に蓮蝶の元へと連れ去られた。 悔しそうな顔で、真っ逆さまに落ちていく天幻を見送る雨桐。

 

 天幻を追って鎧の男もドローンを飛ばす。 砂嵐の中に現れたのは一瞬だったにも関わらず、鎧は全身ベコベコに凹んでいた。

 

 視界不良のためか、咄嗟に鎧の兜部分を投げ捨てると、中から現れたのはメレクだった。

 

 蓮蝶が能力で作り出した鋼鉄の鎧で全身を覆い、砂の弾丸を食らっても何発かは耐えられるようにしていた。 そして、メレクが無効化したのは天幻の砂を扱う能力でも、重量を操る能力でもない。

 

 五感を奪われ隙だらけな今だからこそ、その両方を封じることができる一手。 支配怪象を無効化したのだ。

 

 支配怪象は自らが定めた統括者を武器の形に変形させ、その統括者が扱う能力を自分のものにする怪象。 それを強制的に無効化した今、大剣に変形していた雨桐が元の姿へ戻されたのだ。

 

 この強制的武装解除によって、砂の制御を失った天幻は足場であった砂を失い、上空一万メートルを自由落下している。

 

 メレクが必死にドローンを操作し、落下する天幻を助け出そうとした瞬間、

 

「んなっ!」

 

 視点が定まっていないにも関わらず、カッと目を見開いた天幻が拳を振り抜いた。

 

 思わぬ一撃をくらい、天幻をキャッチしようと接近していたメレクは、鎧の破片を撒き散らしながら遥か彼方まで吹き飛ばされる。 近くを飛行していたステュークスの飛空艇まで飛ばされたメレクは、鈍い金属音を響かせ飛空艇側面を大きく陥没させていた。

 

 正真正銘素手での一撃にも関わらず、遥か彼方にあった飛空艇をも陥没させる威力、メレクはとても無事だとは思えない。 その事実を前に、瞳に憎悪を宿らせた禄遜が無数の分身体を作り出して天幻を襲わせる。

 

「貴様ぁぁぁぁぁ!」

 

「禄ちん! 殺しちゃダメだよ?」

 

 ものすごい剣幕で怒り叫ぶ禄遜に、ベネトナシュが慌てて声をかけるが、禄遜の分身体たちは迷わず双剣を向けて飛びかかった。

 

 落下していた天幻は蓮蝶が操作した中型ドローンで見事に受け止められていて、着地した天幻はヨロヨロと泥酔しているかのような動作で四つんばえになっている。 五感は失われたままの状態で、とてもではないがまともに戦えるとは思えない。

 

 容赦なしに襲い掛かる禄遜の分身たちを見たベネトナシュが慌てて止めようとするのだが、

 

「なんだ、あいつの動きは!」

 

 天幻の五感は確実に失われている。 にも関わらず、襲い掛かる無数の分身体が放つ双剣の猛攻を、まるで見えているかのような滑らかさでかわし、次々と分身体を素手で殲滅していく。

 

 拳で胸を貫通させ、腕を引きちぎり、手刀で首を跳ね飛ばす。 その化け物じみた身体能力を前に、全員が息を呑んで固まった。

 

 分身体全員が武装しているにも関わらず、全く攻撃が当たらないどころか次々と蹴散らされている。

 

「これが、戦闘の天才と呼ばれた天坊の本気か?」

 

「嘘っしょ? あの子、五感失ってるはずだよ?」

 

 呆気に取られる蓮蝶とベネトナシュ。 この勝負はメレクの支配怪象無効化が成功した時点で勝てると確信していた。 なんせ王族同士の戦いにおいて、統括者を支配怪象で装備した王族と、丸腰の王族では実力差が大きく開くはずだからだ。

 

 ベネトナシュですらユニスを装備していない状態では蓮蝶から逃げ回ることしかできなかったほど、実力差は月とスッポン並みに開くはずだった。

 

 ましてや天幻は五感も奪われている。 負けるわけがないと誰もが思っていた。

 

 しかし現状は、

 

「ち、近づけん」

 

 諦め混じりに弱音を漏らす蓮蝶。 先ほどまで怒り狂っていた禄遜まで、冷静になってしまうほど狂気的な強さ。

 

 天幻は素手で分身体の襲撃を圧倒しているのだ。 武器がない以上重さを操る力は相手の装備品にしか作用しないはず。 五感が無い状態で満足に使えるとは思えない。 そもそも、目が見えていないのにあの動きができているのがおかしい。

 

 この時、確かに天幻の五感はなかった。 何も見えない、何も聞こえない、何も匂わない、何も感じない漆黒の空間の中で、天幻の体に伝わる感覚は全て失われているはずだった。

 

 体に伝わる感覚に限って、だが

 

「まさか、目に怪を集中させて、怪の動きだけを見て戦っているんですの?」

 

 禄遜の呟きに、ベネトナシュはため息で応じる。

 

「土壇場でなに悟り開いちゃってんの? 天くん」

 

「分身体とはいえ素手で首を跳ね飛ばす相手に、無闇には近づけんぞ?」

 

 膠着状態の戦場で、禄遜の分身体は次々と鮮血の花火を上げ続ける。 肉が飛び散り、生々しい音を立てながら血が飛散する。

 

 恐怖のあまり、三人の足は震えてしまっていた。 今近づけば確実に殺される。 だが、そう思ってしどろもどろになっている中、天幻の背後に大楯を振りかぶった青少年が肉薄する。

 

「メレクおにー様!」

 

 メレクが振り抜いた大楯をまともにくらい、ドローンもろとも吹き飛ばされる天幻。 禄遜たちも今の今まで瞳に怪を集中していたにも関わらず、メレクの登場に全く気が付かなかった。

 

 それもそのはずだ、

 

「メレ坊、全身に怪を纏っていないじゃあないか」

 

 メレクは防御を全て捨てた特攻を仕掛けていた。 全身に纏っていた怪を極限まで薄めることで、天幻の目に映らないよう肉薄したのだ。 論理は簡単かもしれない、しかし怪を纏っていない状態で少しでも攻撃をかすれば一瞬にして肉塊に化してしまう。 銃弾の嵐を素っ裸で駆け抜けるも同然。

 

 メレクの頬を天幻の左拳がかすり、思わず悲鳴をあげる禄遜。

 

「メレクおにー様! 危険です! 離れて!」

 

「今のチャンス逃したら、絶対勝てなくなるっす! 五感を失ってる今しか幻くんを倒す手段がないっすからね!」

 

 怪の鎧を捨て、紙一重の攻防を繰り広げていくメレク。 五感を失っている天幻は痛みも感じていない。 しかし、なぜか虚な瞳は攻撃を受けた部分をチラリと確認している。

 

 メレクが攻撃する一瞬だけ、大盾に込められた怪に反応しているのだ。 無数の分身体から降り注ぐ攻撃を捌きながら、一瞬だけ放たれる怪の塊を!

 

「あの数の攻撃を捌いているのに、メレ坊の攻撃にも反応している?」

 

 狼狽しながらも腰に刺していた回転式拳銃を抜いて遠距離から発砲を試みる蓮蝶。 しかし、分身体やメレクの動きに合わせて発砲しているはずの蓮蝶の弾丸も、ひらりひらりと風に舞う花びらのようにかわしていく天幻。

 

 禄遜は額に汗を浮かべていた蓮蝶を横目に、分身体をさらに増やす。 しかし、天幻の勢いは弱まらない。

 

 視覚も、聴覚も、嗅覚も、痛覚も、触覚も全て封じ込めているにも関わらず、統括者を引き剥がされて丸腰にも関わらず、王族四人がかりで攻め立てても止めることができない。

 

「修羅だね、天くん」

 

 遠距離攻撃の手段が少ないため、攻勢に参加できないベネトナシュが投げやりに呟く。 しかし次の瞬間、天幻の動きに大きな隙ができた。

 

 禄遜が分身体を増やしたことで攻撃を捌ききれなくなったのか、はたまた蓮蝶の援護射撃が効いたのか。 考えている余裕はなかった。 メレクは一瞬できた大きな隙を逃すほど、ノロマではない。

 

 日々空賊との戦闘によって研ぎ澄まされたメレクの立ち回りもまた一流、この隙を逃すことはまずあり得なかった。

 

「ようやく! 取ったっすよ!」

 

 大楯を振りかぶって隙に飛び込むメレク、しかし……

 

「え?」

 

 天幻は、まるでそこにメレクが来ることを予測していたかのように、腰を捻って腕を振りかぶっていた。

 

 そう、こんな大きな隙を作れば、一流であるメレクが逃すはずがない。 自分も大ダメージを受けるが、その代わり怪を纏っていないメレクに必殺の一撃をお見舞いすることができる。 肉を切らせて骨を断つ、今の動きはメレクを誘い込むための誘いだったのだ。

 

 一流の相手ならこの隙に必ず気づく、そう信じて待ち伏せされていたのだ。

 

「ははっははははっはっはっははは! そこにいるんだろう第四王子! メレク・ヴェータ・アルケイディスぅぅぅウぅぅ! 死ねぇぇエぇぇぇ!」

 

 聴覚が働いていないせいか、やや片言で、いつもとは違う声音の天幻が狂気的な咆哮を上げる。

 

 メレクは振り上げられていた拳を傍観して、諦めたような吐息を吐く。

 

「マジっすか」

 

 攻撃に入っていたメレクはかわすことができない、完璧すぎるタイミングだった。

 

 そうして潔く、瞳をつぶろうとしたその時、

 

「大事な弟を殺させないために、僕ちんはここまで来てんだからね!」

 

 メレクの目の前に、大きな背中が割り込んできた。 襟の辺りで無造作に括っていた長い癖毛がたなびくと、メレクは襟首を引っ張られてその場から強制的に離脱させられる。 そして、ベネトナシュが怪を集中しながら交差させていた腕に、天幻の拳がめり込むと、メキメキと鈍い音が軋めいた。

 

「ベネ兄ッ!」

 

「ごめんよメレくん! あと、頼むわ」

 

 天幻が渾身の大ぶりを振り抜くと、ベネトナシュは鉄砲玉のような勢いで空の彼方に吹き飛ばされていく。

 

「ベネ兄ィぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃいぃィィぃ!」

 

 メレクが涙ぐんだ声で叫ぶが、空の彼方に消えてしまったベネトナシュから返事は返ってこない。

 

 クッと歯を食いしばったメレクが拳を振り抜いた天幻を睨むと、虚な瞳で自分の拳を見つめながら、硬直している天幻。

 

「今の、怪は? 第四王子の怪と違う?」

 

 視覚も聴覚も戻っていないのだろう、片言で呟く天幻に、メレクは改めて大楯を振り抜いた。

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