ⅡⅩⅤ
数刻前、空賊団ステュークスの頭目でもあり、元第五王女でもあるグレースと戦闘中のドゥーレは、遥か彼方から響いてくる二度目の爆発音を耳ざとく聞いていた。
(また爆発音? メレクが戦っている飛空艇の方からか? あいつの身に何かあったか? いや、今はそっちの心配をしている余裕はない)
身を反らして飛んでくる鞭をかわすドゥーレ。 しかしグレースはその動きを予測していたかのように背後に回り込んでいて、無理な体制をとっているドゥーレの脇腹に強烈な蹴りをお見舞いする。
ドゥーレ自身も超音波の索敵を常に飛ばしているのだが、グレースが索敵に引っかかるのは攻撃が当たる直前や、相手が何かを喋る直前に上半身が少し引っかかるだけ。 まるで攻撃する時と呼吸する時だけ実体化しているようなタイミング。
うまく索敵に引っかかった時に攻撃を仕掛けようとしても、するりと体を通過してしまう。 実体化するタイミングがバラバラなため、超音波索敵ですらうまく捕まえることができない。
にも関わらず、相手はこちらの動きを読んでいるかのような動きで攻撃を仕掛けてくる。 先ほどからグレースの攻撃をかわすことができず、ドゥーレはお手玉状態だ。
ドゥーレは全身の痛みをものともせず、未だ鋭い目つきのままグレースを直視する。
(視界にはあいつが映っている。 なのに索敵に引っかからない。 くそ、実に面倒臭い)
「打つ手無しって顔していますわね。 そんなことよりあなた、とっても頑丈なのね? どうしてまだ立っていられるの?」
嗜虐的な笑みを浮かべながら床に鞭を打ち付けるグレースを睨み、ドゥーレはほうと息を吐くが、
「「賊ごときに俺が負けるわけがないだろう」とでも言うかしら? あらら、一言一句当たってしまったわね?」
ギョッと目を見開くドゥーレ。
(俺の言葉を一言一句言い当てた? わざわざハモらせるあたり、やはり予想は的中か。 あいつの力が分かってきた)
ドゥーレはクッと歯を食いしばりながら槍を構え直すと、さらに思考を巡らせる。
(おそらく攻撃がすり抜けたり、索敵に引っかからないのは統括者の能力。 あの女自身は、時間の力を司った怪象か? おそらくあいつは俺の行動がわかった上で動いている。 ならば、俺がこれから問いかけようとしている言葉ももちろん……)
「すごいですわね? もうわたくしの能力がお分かりになったの?」
「その発言を聞いて確信した。 およそ三秒先の未来が見えている、そう仮定していいな」
「まあ、大体そんなところかしら?」
「ふむ、その反応だと少し違うようだな。 おそらく怪を使う量に比例してもっと先の未来も見えるのか」
無言で鋭い眼光を向けてくるグレース。
グレースは怪を瞳に集中させることで数秒後の未来が見える。 ドゥーレの予測通り、怪をこめた量に従い見える秒数は伸びていくのだが、戦闘中は激しく未来が変動するため三秒以上先を見てしまうと相手の動きがぶれてしまう。
そのため戦闘中は三秒先をみるに留めているのだ。
ドゥーレは非常に頭がいい。 今起きている状況や、相手が発言した際に発生するわずかな矛盾点にいち早く気がつき、即座に答えを割り出してしまう。 弱点といえば頑固すぎて自分が正しいと認めたことしかできないことくらいだ。
しかしその性格だからこそ多くの国民たちから支持を受け、つい先日まで支持率トップに君臨していた。 だが、王族艇を爆破された今、その支持率を残り一年で一位まで戻すことは不可能に近いだろう。
「ねえ、あなたなら分かっているでしょう? 王選であなたがトップに返り咲くのはほぼ不可能ですわよ? 今一位のメレクさんはどっかの誰かさんに協力してもらってるみたいだし、蓮蝶ちゃんだってかなり頭が切れますから」
「なるほど、ステュークスと繋がっていたのはやはり蓮蝶だったか」
今まで余裕ぶっていたグレースが、初めて眉間にシワを寄せる。
「なんのことかしら?」
「とぼけるな。 お前、今蓮蝶ちゃんと親しげに呼んだな。 それが失言になっただけだ。 禄遜も気がついていなかったと言う事は、やりとりは通信紋章符ではなく筆記……手紙か?」
無言で立ち尽くすグレース。
「肯定したようだな。 それに、その焦りようだともう未来を見ていないな? 会話をしている最中は節約か? 怪の燃費が悪いようだな、その力は」
苛立たしげに舌打ちをしながら身を翻すグレース。 既に予測していたのか、背後に回り込んだドゥーレが槍を放ったのだが、軽々とバックステップでかわす。
先程までグレースの右足が付いていた床を崩壊させたドゥーレは、グレースの挙動を見てしたり顔をする。
「おい、なぜかわした? すり抜けさせればよかっただろう?」
ニヤリと口角を上げるドゥーレを見て、グレースは初めて焦燥の汗を滴らせた。
「あなた、本当に頭がいい子なのね」
「まあな、統括者の能力もだんだん読めてきた。 むしろ、今まで気が付かなかったことを恥じているくらいだ」
ドゥーレは余裕じみた表情でグレースの足元を一瞥する。
「物質を全て通過させる癖に、なんで床は通過していないのか、ってことにな」
ギリと歯を軋らせながらグレースは重心を落とし、油断も慢心もない構えでドゥーレと正対する。
「ここからが本番、というところか?」
「まあ、どちらにせよあなたの予測通り、そっちの動きは先読みできてますからね。 攻撃を当てられるものなら当ててみなさいよ」
グレースの能力は無敵に近いかと思われた。 相手の行動をあらかじめ把握し、三秒早く対応できる。 グレースが動きを読んだ上でかわせない攻撃を放っても、透真のすり抜け能力で攻撃は当たらない。
普通に考えればこの時点で詰みだ。 ドゥーレも初見の時はそう思っていた。
しかしカラクリがわかれば対応策は無数に思いつく。 例えば、
「……この子、天井を!」
グレースが呟いた三秒後、ドゥーレが天井を槍でひと突きする。 すると崩壊の能力で破壊された天井の瓦礫が雪崩のように降り注ぐ。 一見、すり抜け能力を持っているグレースからすれば大した問題ではないかと思われる。 が、
「死角から攻撃されれば、未来が見えてても何が起きたかわからないだろう?」
瓦礫の影に身を潜めながら背後に回り込んでいたドゥーレがグレースの足元に槍を刺した。 間一髪で回避したグレースはすぐに部屋から脱出を図る。
「やはりそうだったか、見えているのは視界に入った部分だけ。 いくら未来が見えているとはいえ、突然攻撃を受ける事実以外知らないから避けようにも確実な対応ができない。 無様に逃げることしかできないようだな。 視界が悪いところで戦うには逆に面倒な考え事が増えるんじゃないか?」
「生意気な子ですわね!」
部屋の壁をすり抜け、隣の部屋に移動したグレースは背中越しに声を上げるが、ドゥーレはグレースがすり抜けた壁を破壊して後を追う。
隣の部屋の天井もぶち抜き、再度視界を悪くしてニヤリと口角を上げると、
「次は外さんぞ? 俺はお前と違ってこの部屋のどこから瓦礫が降ってくるのかが手に取るようにわかる。 お前に見つからないように攻撃する事など、朝飯前だ」
ドゥーレは超音波索敵で敵の位置だけではなく、周囲の地形や相手の弱点も把握できる。 どこの壁が脆くなっているか、相手のどの部分が怪我をしていてどこの筋肉が弱いか、そう言ったところまで見通してしまう。
視界に映った世界しか未来視できないグレースと違って、ドゥーレの場合は今までの経験と勘を頼りに、全方位でこの先起こるであろうことを予測できる。
未来視と予測、上位互換とも思える二つだが、ドゥーレは歴戦の戦いで経た知識を利用して必死に食らいついている。 その凄まじさは先ほどまで余裕の笑みを浮かべていたグレースが無様に背を見せ逃げてしまうほどまでに洗練されていた。
崩れ落ちてくる瓦礫の雨をかわしながら必死に部屋を駆け抜けようとするグレース。 彼女の能力によって左足が貫かれる未来が見えた。 咄嗟に左足を上げて横に飛ぶ。
紙一重でドゥーレの槍をかわしたグレースは、冷や汗を垂らしながら自身の体を確認した。
(今、コンマ数秒でも判断が鈍ってたら、左足がやられてた! なんなのこの子!)
自分の体は三秒後の未来でも五体満足でいられていることを確認し、瓦礫の雨に紛れたドゥーレを探す。 しかしドゥーレは超音波の力によってどこの瓦礫がどのタイミングで落ちてくるのかが予測できている。 そしてグレースの死角もどこにあるかがわかっている。
グレースは生唾を飲み、足裏の実態を解いた。
「チッ! 下の階に逃げる気か!」
するりと床に消えていったグレースを視認したドゥーレは、舌打ちをしながら床に槍を突き立てた。
「まあいい。 下の階に逃げたところで何も変わらない。 それにな、もうその手は使えなくなっただけだ。 なんなら、最終的にはスカイダイビングして逃げるか?」
床を破壊してグレースの後を追うドゥーレの顔は、狂気的な笑みを浮かべていた。




