ⅡⅩⅣ
空賊団ステュークスの構成メンバーは元アルカディア国民たち。 しかしその大半は記憶を失っており、とある能力者の力を必要としている。
「メレクおにー様の怪象能力を無効化する力。 彼女たちが必要としているのはメレクおにー様の力ですの」
禄遜の説明を聞き、解せないと言いたげにユニスがずれたメガネを元の位置に戻す。
「仮に空賊団ステュークスが元国民だったと言うのなら、なぜ彼らは国民を襲うのです? それに、怪奴隷なんて非人道的な手段を用いている以上、我々は彼らの愚行に目を瞑るわけにはいきません!」
「ユニスとか言いましたか? あなたは空賊団ステュークスによって殺害された国民を見たことありますか?」
禄遜の質問に、ユニスは唇を結ぶ。
「ステュークスの被害は全て飛空挺の占領しかなかったはずですわ。 わたくしめの調べによると、占領された飛空艇はステュークスのアジトに向かい、捕虜として扱われる」
「その捕虜を怪奴隷にしているのでしょう? だったら手を組むなど言語道断です!」
「話を最後まで聞きなさい。 ステュークスは怪奴隷とは無関係ですわよ? 怪奴隷を使ってるのはもう一つの勢力、アーケロンという過激派ですわ」
「アーケロン? 空賊たちにも勢力図があるのですか?」
驚いたように目を丸くするユニスに、禄遜は肩を窄めながら補足を入れる。
「無所属の方々もいますから、正確に分割はできませんの。 地上のことはさっぱりですが、かなり厳しい争いがあるみたいでしてよ? ステュークスは基本的にアーケロンに捕まった怪奴隷を救出したり、アーケロンや他の過激派たちが殺そうとしている国民を助けるためにこの辺りを徘徊しています」
「ここまででわからないことはあります?」っと、禄遜は一呼吸おいてユニスが説明についてこれてるかを確認する。 ユニスは無言で続きを促した。
「そしてステュークスに保護、または救出された方々は、彼らからこの国で起こっている問題の説明を丁寧に聞かされておりますの。 説明を聞いたほとんどの方はステュークスに協力的になるって話ですわ」
「この国で起こっている問題? ですか」
ユニスが全身を硬直させ、顎を震わせながら問いかけると、禄遜はこくりと頷いて立ち上がる。
「わたくしめがこの事実に気がついたのはみつ姉様を監視している時です。 みつ姉は王選当日になっても統括者を連れていませんでしたよね? あなた方も知っていたでしょう。 わたくしめは視閉結界の中に足を忍ばせていたからたまに見た事はあったのですが、奏真がなぜ隠されているのかわからなくて少し調べましたの」
「おいおい禄遜、冗談を言うんじゃない。 私はお前の監視を常に警戒していたし、視閉結界の中にお前の分身体が入れば、流石に私か奏真のどちらかが気がつくだろう?」
蓮蝶が掌を返しながら問いかけると、禄遜はため息をつきながら自らの分身を作り出し、背後に立っていた杏太郎に視線で合図を出す。 合図を受けた杏太郎が禄遜の分身体に触れると、瞬く間に分身体は蚊のような小ささに縮まった。
「このように、分身体なら縮小できるのです。 まあ、わたくしめ本人が変化する場合、わたくしめよりも小さいものには化けられないのですが、分身体はあくまで怪の塊。 人体と同じ構造をした分身体でもその質量を最小限に縮ませることができますの」
小さくなった禄遜の分身が、背中につけた虫のような翼を羽ばたかせ、小さな妖精のような可愛らしいさで腰に手を据えていた。 その様子を見ていた蓮蝶は盛大なため息をつきながら頭を抱える。
「だから口頭での作戦や情報が全て漏れていたのか、手紙のやりとりに早々に切り替えたのは僥倖だったな」
「そ、そうっすねぇ。 どこまでも油断ならねぇっす」
極小の怪の塊なら服に紛れ込んでいたとしてもさほど来にもしないだろう。 蓮蝶や奏真が注意していたのはあくまで目に見える範囲の小型盗聴器と言った類。
奏真は冷や汗を垂らしながらチョロチョロと飛び回っている禄遜の分身体を観察していると、禄遜はパチリと指を鳴ら……そうとしたが失敗し、スカッと萎んだ音が鳴る。
禄遜の分身体はその残念な指パッチンを聞いて姿を霧散させたが、背後に立っていた蘭太郎が鼻で笑い出した。
禄遜は鼻で笑っていた蘭太郎をキッ! っと睨み、何事もなかったかのように説明を続けた。
「と、まあこう言った方法で集めた情報ですの、当事者の話だから間違いないですわ」
禄遜の説明によると、空賊団ステュークスの頭目。 元第五王女グレース・イプシロン・アルケイディスは前回の王選最終局面で、勝敗が決まるか否かのところで自らの能力を発動し、とある問題に気がついた。
この王選は、国民を間引くために行っている。
当時五人いた兄弟の支持率に基づき、後継者が決まった際その他全員の王子、それを支持していた国民たちの記憶をなんらかの怪象で抹消し、追放する。
追放する理由は至って簡単なことだ。 怪象は未だ謎に包まれた力のため、数十年に一人の単位で強力すぎる能力者が生まれてしまう。 その能力者を制御できなければ瞬く間に国中の人々が抹殺され、人類は滅んでしまう。
それを免れるため、アルカディア帝国は一定間隔で国民を間引くのだ。 国民が多くなりすぎると管理できない人間が出てきてしまう。 全ての人間が操る怪象を管理するため、一夫多妻制ですぐに子を増やせる状態にし、年老いた者や後継者以外の王子を支持していた国民たちを追放。
追放された国民たちが行き着く先は、遥か一万メートル下にある大地。 アルカディアの存在に気がついても何の手出しもできなくなる地上だ。
「つまり記憶を無くした元国民たちの記憶を戻すために、相手の能力を無効化するメレク様の力が必要だって事ですか?」
「その通りですの、記憶を無くしている国民に触れて、記憶改ざん系の能力に気がついてくだされば、メレクおにー様なら無効化して記憶を戻せるはずですわ。 それにしてもさすがユニスさんですわね。 ひと兄様と違って頭の回転が速いですわ」
「でも、国民たちは記憶を無くしているのに、ステュークスの頭目はどうしてそのことに気がついたのですか?」
「ステュークスの頭目、グレースさんは怪象の力でその事実にいち早く気がつき、自殺に見せかけて飛空艇から飛び降りましたの」
ユニスの疑問に対し、あっけらかんとした表情で返答する禄遜。 ユニスの隣で話を聞いていたベネトナシュは、一度ドローンの下に広がる雲海を一瞥して顔を青ざめさせる。
「え? 嘘っしょ? 高度一万メートルから身一つで落下して、生きていられるわけないっしょ?」
「ひと兄様、王族は強力な怪象を持っていて、さらに統括者の怪象もそれに負けず劣らず優秀なのです。 支配怪象で武装した王族が、そう簡単に死ぬとお思いですの?」
「そりゃ、まあ。 確かに、メレくんみたいな能力ならなんとかなるかもね」
「正確には、メレクおにー様の能力ではなくパメラの能力ですが、細かい事はさておき」
禄遜は一呼吸おいてから奏真に視線を送る。
「あなたはその第五王女と統括者の間に生まれたお子さんで間違い無いですね?」
「え? ああ、まぁそうだけど」
「王女の血を引いているのに、なぜ支配怪象が使えないのでしょうか?」
「は? 考えたこともなかったけど、そんなこと言われても使えないもんは使えないよ」
「でしょうね、あれを使えるのはは父上、カリスト・ヘイラー・アルケイディスの直系だけですもの」
気難しそうな顔で首を傾げる奏真を横目に見て、ユニスはハッと目を見開く。
「つまり禄遜様、国王陛下の能力は記憶を抹消する能力。 または時間を操る力を宿していると?」
「ええ、それで間違いないはずですの」
口を窄めながら蓮蝶を横目に伺う禄遜。 すると蓮蝶は肩を窄めながら首を降った。
「それだと辻褄が合わなくなるんだ。 前回勝利した第一王子の能力は模倣だった。 相手の怪象をコピーする力だ、ここに関してだけはいまだに謎で困っている」
「う〜ん、頭がパンクしてしまいそうっす」
話が難しくなりすぎたせいか、メレクは梅干しのように顔を顰めていた。 その様子を見た禄遜は慌てて取り繕う。
「では、メレクおにー様のために簡単にまとめますわ!」
禄遜はそれから難しい話は一切せず、王選開始からここまでの流れを簡潔にまとめ上げた。
まず、国民の間引きを引き止めるために立ち上がった蓮蝶と奏真が、メレクを自陣に引き入れるために裏工作をした。 メレクさえ自陣に引きこめれば、もれなく禄遜もついてくる。 これ以上ないほどに心強い味方になる事は間違いない。
先日の対談の際に飛空車に爆散符を設置して会食の帰り道で飛空車を爆破させる。 この程度ではメレクは致命傷を負わないと蓮蝶は知っていたため、天幻をそそのかした。
そそのかされた天幻がメレクを襲い、メレクのピンチに禄遜本体が現れると読んだ蓮蝶は、ここに颯爽と現れて二人を救出。 貸しを与えて自分たちと共に戦ってもらうために交渉しようと考えた。
一番厄介になりそうなドゥーレの足止めはステュークスに依頼したから問題なくことを運べると思い込んでいたが、予想に反してドゥーレがメレクを飛空車に乗せたまま連れて行ってしまうわ、傀楊がドゥーレの王族艇を爆破してしまうわ、ベネトナシュが変な勘違いをして蓮蝶の邪魔をするわで、結局蓮蝶が立てた作戦はグダグダ。
「こうしてひと兄様にコテンパンにされて泣きべそかいていたみつ姉様に、わたくしめは貸しを与えることに成功したのです。 貸しを与えて利用しようとしていた妹に、貸しをもらって利用される。 みなさま、みつ姉様が可哀想なので笑ってはいけませんのよ!」
「禄遜、お前後で覚えていろよ?」
「あらみつ姉様。 誰のおかげで今あなたの策が上手く進んでいるとお思いです?」
「こんの! マセガキめ!」
舌打ちしながらそっぽを向いてしまう蓮蝶。 それを横目に見ていたベネトナシュは困ったように後頭部を掻くが、気まずそうに立ち尽くしているベネトナシュを禄遜が鋭い眼光で睨む。
「とまあ、事態がややこしくなったのは主にひと兄様の早とちりが原因のため、ご本人にこの事実を指摘して、今は罰としてわたくしめの手伝いをさせているのです」
「だってしょうがないだろう? 僕ちんは、兄弟同士で命懸けの喧嘩なんかさせたくないの。 だってさ、あんな言い回しと仕草だと蓮ちゃんが極悪人に見えて仕方がないだろう? 蓮ちゃんがドレくんとメレくんを殺そうとしてるのかと思って、僕ちん焦ったあまり本気になっちゃったわけ」
取り繕うように、必死に声を上げるベネトナシュ。 そんな彼の言葉が気に食わないのか、蓮蝶はムッと顔を顰める。
「よくもまあ、兄弟同士の喧嘩を止めようとしていた本人が、遠慮なくレディーの両足を折ってくれたな? それに、私がお前の策にまんまと引っかかってしまったことがたまらなく屈辱だ。 ほいほい能力を乱用するバカかと思っていたら、なんだあのチート能力は! 触れた物も瞬間移動させるだなんて聞いてないぞこの穀潰し!」
「だーかーらーごめんって言ってんじゃーん。 それに僕ちん、こう見えて天くんが八才になるまでずっと支持率一位の優秀な王子だったんだよ?」
「ふん、過去の栄光にいつまでも囚われているとはな、実に不憫だ」
「蓮ちゃ〜ん、当たりがひどいよぅ。 僕ちんだって過去に色々あったの〜」
ベネトナシュと蓮蝶が口論を繰り広げている中、ようやく状況が読めてきたメレクは、ポンと自分の手を打った。
「つまり、このまま真面目に王選を始めちゃえば多くの国民が地上に放り投げられちゃう上に、事情を知らない他の王子たちは殺し合いやら裏工作やらを企んじゃう。 ということっすね?」
「まぁ、そういうことになるなぁ? しかしこればっかりはどうにもできんだろう。 ドレ兄は頭が硬いし、天坊は見ての通り頭に血が昇って大暴れ。 みんな仲良く考えましょうだなんて事はできんぞ?」
半べそかいているベネトナシュの腹部をゲシゲシと殴りながら蓮蝶が応じると、メレクはにっこりと口角を吊り上げる。
「なら! 僕に考えがあるっす!」
自信満々にたちあがったメレクに視線が集まり、緊迫した空気が流れそうになったのだが、「メレクおにー様の考えなら、どんなちんぷんかんぷんな作戦でも素敵ですわ!」などと騒ぎながら目をハートにした禄遜が腰に抱きついたせいで、呆れたため息が重なると共に、引き締まりかけた空気は弛緩してしまった。




