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ⅡⅩⅠ

「だぁぁぁぁぁ! たんま! たんまっす幻くん!」

 

「命乞いか逆賊が、潔く死ね!」

 

 天幻の周辺を細かい黄砂が舞っている。 この黄砂は雨桐(ゆーとん)の怪象で具現化された砂で、天幻がそれを操りメレクの頭上に吹き飛ばすと、砂の一粒一粒が弾丸のような勢いで五月雨(さみだれ)る。

 

 自然の力を経て作り出した黄砂を、天幻自身の能力で弾丸のように降り注がせている。

 

 天幻の能力は、怪を纏わせた物質の重さを、質量に関係なく操る力。空間の怪象、重量操作。

 

 巨大な両手剣は羽のように軽くして、極小の砂粒を象のごとき重さに変えることができる。

 

 極小な砂粒全てが象のごとき重さになり、メレクの頭上から絶え間なく降りそそでいる。 それはまさに銃弾の雨。

 

 メレクの能力で無効化できる力は一つだけ。 直接天幻に触れて砂を消すか、重量操作の方を無効化するかの二択だが、そもそも近づいて天幻に触れていなければどちらも無効化できない。

 

 砂粒一つの重さを無効化したところで無意味、メレクが無効化できる怪象はひとつに限定される。 大剣での攻撃なら、重力に関しては無効化できるのだが、それを予測してる天幻は砂を中心に攻撃してきていた。

 

 ならば天幻に直接触れて砂を作り出す怪象を一瞬だけでも無効化したいのだが、接近戦において天幻が黙って触れさせてくれるわけがない。

 

 大楯で頭を守れば砂粒の雨は防ぐ事は可能だ、しかし自分は守れても、飛空艇が多大な損傷を負うことになる。 足場がなくなればまともに戦えない。

 

 その上天幻は、砂を操って空中を駆け巡ることまで可能だ。 地の利も天の利も天幻が押さえている。

 

(これ、無理ゲーっすよ!)

 

 頬を引き攣らせながら大楯を傘のように頭上に広げるメレク。 まともに武器を構えることすらできないメレクに、天幻は無慈悲に肉薄する。

 

「安心しろ、抵抗しなければ楽に逝かせてやる」

 

「まだ死にたくないんで、抵抗するに決まってるじゃないっすか!」

 

 横薙ぎに振ってきた大剣を両足飛びでかわすメレク。 しかし、空中で身動きが取れなくなったメレクの腹部にすかさず天幻の右ストレートがめり込む。

 

「ぐぅ!」

 

 穴だらけの屋上を勢いよく吹き飛ばされていくメレクを追うように、空中を黄砂が追いかける。 重い一撃を食らって視界がぼやけたメレクの眼前に映るのは、雨雲のように(うごめ)く砂の塊。

 

 慌てて頭部を守るように大楯を構えると、豪雨のように砂粒の弾丸が降り注ぐ。

 

「戦い方もうまいし、慈悲すらないっすね」

 

「慈悲ならくれてやってるだろう、抵抗するから楽に死ねないだけだ」

 

「楽に殺すのが慈悲だとでも?」

 

「それ以外にお前にくれてやる慈悲があるか?」

 

 床に這いつくばるメレクを、影が差した瞳で見下ろす天幻。 再度頭上で振りかぶった大剣を勢いよく振り抜く。 メレクは間一髪で横に飛んだのだが、飛空艇に地割れのような亀裂が走っていた。

 

 天幻は剣を振り下ろす瞬間、剣の重さを最大まで上げている。 最大重量は十トン。 十トンの剣が勢いよく振り下ろされれば、怪で防御したとしても生きてはいられない。 一撃必殺の太刀筋、普通の人間なら一発でも喰らえば即死確定。 この攻撃は確実に盾で防いで重力を無効化したいのだが、盾は砂の雨を防ぐので手一杯。

 

 慌てて回避行動をとったメレクは体の真横に走った凶悪な太刀筋を見て、血の気の引いた顔で天幻から距離を取る。 しかし天幻が逃がしてくれるはずもなく、自分自身の重さを極限まで軽くした天幻の初速は燕のように早い。

 

 瞬く間に追いつかれたメレクは頭上から降り注ぐ砂の弾丸を防ぐために大楯を使っているため、天幻の剣から逃れることができない。

 

 頬が裂けんばかりに口角を上げながら突っ込んでくる天幻を見て、メレクは下唇を噛む。

 

(万事休すっすね)

 

 そう心の中で呟いた瞬間、メレクに突っ込んでいく天幻の横っ腹に紋章符が投げつけられた。 並外れた反射神経で体を捻り、紋章符をかわす天幻。

 

 かわされた紋章符は遥か彼方で爆散する。 それをチラリと確認してから無理やり大剣を振るう天幻。

 

 バランスを崩しながら振り抜いた大剣は太刀筋が乱れ、メレクでも間一髪で回避ができた。 油断なく周囲を見渡す天幻から慌てて距離を取るメレク。

 

「わたくしめのメレクおにー様に危害を加えるとは、万死に値しますの!」

 

 紋章符が飛んできた方角から優雅に歩み寄ってくるのは紅葉色の髪をした少女。

 

禄遜(ろくそん)、何のつもりだ?」

 

「いつ兄様。 わたくしめの大好きなメレクおにー様に、よくもひどいことをしてくれましたね」

 

 そこに堂々と立っていたのは、先刻傀楊(かいよう)の統括者に首を落とされたはずの禄遜。 何事もなかったかのように平然と立ち尽くし、油断なく大剣を構え直す天幻を睨め付けている。

 

「まったく、みつ姉様の提案に余計な手間を加え、国民たちの通信符に余計な通達をしてくれましたわね。 おそらくみつ姉様はわたくしめやメレクおにー様を仲間に加えるためにいつ兄様を使いぱしったに過ぎないと言うのに。 なんて面倒なことをしてくれるのですか」

 

 苛立たしげに不満を垂れる禄遜。 しかしメレクも天幻も、禄遜の言っている言葉についていけていない。

 

 まるでここまで起きた全王子たちの戦いを直接見ていたかのような文句を、理解できるはずもないのだ。

 

「どうせ二人がかりでもいつ兄様に苦戦すると見込んで、助けてやるから私の仲間になれ! とでも交渉するつもりだったのでしょう。 そもそも、傀楊がふた兄様の王族艇を爆破したり、ひと兄様が無駄に頑張ってみつ姉様を退けなければ、ここまでシナリオが脱線する事はありませんでしたのよ? いつ兄様の行いが一番厄介でしたが……まぁ、わたくしめにとってはこの程度の問題、解決するのは朝飯前ですが」

 

「ちょっ? 禄ちゃん? 何の話をしてるの?」

 

「メレクおにー様はわたくしめがお守りしますわ! ですからご心配なく! このバカ王子はわたくしめとメレクおにー様で協力して食い止めますわよ? そうですねぇ、軽く見積もって十分くらい食い止めれば形勢逆転ですの!」

 

「じゅ、十分も?」

 

 目をハートにしてくねくねと動いている禄遜に、メレクは殴られた腹をさすりながら不安げな視線を向ける。

 

「まぁ、もし可能でしたら、この不届きなバカ王子を締め上げてしまっても宜しくてよ?」

 

 顔の周りをハートで埋め尽くしていた禄遜が突然顔色を変え、憤怒の視線を天幻に向ける。

 

「僕を、締め上げるだと? お前ごときができるのか?」

 

「舐めないでくださいまし、「頭が足りないいつ兄様ごとき、騙すのは朝飯前でしてよ」」

 

 禄遜の声がいつの間にか二重に重なる。 瞳孔を開きながら禄遜を凝視する天幻。

 

 すると禄遜の体から分離するように、もう一人の禄遜が隣に現れる。

 

「はっ? 禄ちゃんが分身した?」

 

「お前の能力か!」

 

 狼狽の声を上げるメレクと天幻。

 

「「さて、杏太郎、蘭太郎。 お仕置きの時間です。 ご協力願いますわ」」

 

 何重にも重なった禄遜の呟きが漏れた瞬間、透明な空間から禄遜の手元に真っ白に発光した二本の歪なダガーが現れる。

 

 片方は純白の首切りダガー。 もう片方は漆黒の解体ダガー。

 

「「「わたくしめの得意分野は隠密、暗殺、騙し討ち。 謀略の数々を前に、何もできずに朽ち果てればよろしくてよ」」」

 

 ニヤリと笑う禄遜たちが、顔の前で両腕を交差させてダガーを構える。 既に禄遜の姿は十を超えていて、一個中隊並みの人数になった禄遜が全て同じ構えで天幻を睨む。

 

「は、絡め手しか使えない雑魚に時間を割いてやる気はない、お前も邪魔をするならこいつと同じく逆賊だ、僕の手で処断してやる」

 

 余裕の笑みを浮かべた天幻が指を鳴らすと、雨雲のようにうねる黄砂が大量に現れ、禄遜の頭上へと向かう。

 

 それを見たメレクは咄嗟に禄遜の方へ駆け出した。

 

「禄ちゃん! 幻くんの能力は!」

 

「知っていますわよ? ですから今回、助っ人を呼んでいますの」

 

「助っ人?」

 

 ぽかんと首を傾げるメレク。 次の瞬間、戦場に突風が吹き荒れて、禄遜の元に向かっていた黄砂が風に流されて霧散した。

 

 苛立たしげに舌打ちをしながら突風が吹いた禄遜の後方に視線を送る天幻。 しかしそこには何もない、イライラしながらも瞳に怪を集中させると、

 

「なんだ、あの機械は?」

 

「扇風機って言ってなぁ、禄遜が言うには古代の発明品らしいぞ?」

 

 何もないところから響いた声に、天幻とメレクは怪を集中した瞳で周囲を注意深く観察すると、人型に浮き上がっている怪の塊を発見する。 その後方には見慣れない形の巨大な物体も見えた。

 

「最初から禄遜が手を組んでいてくれたのなら、私はベネ兄にひどい目に遭わされなかったのになぁ」

 

「みつ姉。 あなたがボコボコにされてるところを助けた方が、わたくしめの思いのまま動くコマになってくれるでしょう? あなたがメレクおにー様やわたくしめにしようとした事を、こちらがしてあげたまでですわ? まあ、どちらにせよあなたがやろうとしていることがメレクおにー様の意向に反するのなら、すぐに暗殺してあげますのでご安心を」

 

「はっ、まったくもって物騒な妹だ」

 

 不自然に写っていた怪の人塊が姿を現す。 霞が晴れるように姿を現したのは、

 

「蓮姉? 何でここに!」

 

「裏切ったのか? 蓮蝶姉様」

 

 驚愕の表情を浮かべながら額に汗を滴らせる天幻。

 

 姿を現した蓮蝶は浮遊している車椅子に掛けており、その両足はギプスでガチガチに固定されている。

 

「裏切ったも何も、お前を使って禄遜と取引したかっただけなんだ。 なんせこのバカ妹は、大好きなメレクおにい様の絶体絶命のピンチにしか()()を表さないからなぁ」

 

「それが生きがいですの。 さていつ兄様。 あなたはぶっちゃけ言って扱いが面倒なので、この場で拘束して黙らせようと思います。 覚悟はいいでしょうか?」

 

 大量に分身した禄遜は、問いかけると共に全員身を屈める。

 

「やれるものならやってみろよ、三人がかりでも僕を止められるかな?」

 

 その答えを聞き、ニヤリと口角を上げた禄遜たちは、全員メレクの姿へと変化する。

 

「「はっ?」」「何だこの気色悪い光景は!」

 

 禄遜以外の三人が悲鳴をあげるが、メレクに化けた大量の禄遜が一斉に散らばる。 既に本物のメレクがどれだかわからないほどに戦場は混沌とした。

 

「ぐっ! ちょこざいな!」

 

 天幻は襲い掛かる無数のメレクを薙ぎ払うが、全てが藁を切るような曖昧な感触。 ギリと歯を鳴らしながら背後に飛び、飛空艇ごと真っ二つに切り裂こうとする。

 

 しかし振り上げた両腕は、見えない何かによって固定された。 ぎりぎりと鉄が擦れるような音が鳴り、天幻は瞳に怪を集中しながら両腕を確認する。

 

「これは、鎖か? なぜ透明に?」

 

「ご名答。 私特製、自動追跡機能がついた鎖だ。 私の意思に従っていつまでもお前を追いかけ続けるぞ?」

 

 どこからともなく蓮蝶の声が響く。 しかし天幻はその声を聞いて呆れたように鼻を鳴らした。

 

「鎖ごとき、能力を使わずに引きちぎってくれる」

 

 腕力だけで鎖を引きちぎる天幻。 唖然とした声を漏らしながら無数のメレクたちの中から声変わり前の少し声高な少女の声がする。

 

「あの方、ゴリラのご子息でしたの?」

 

「そこか、まずは貴様の面倒な能力から!」

 

 メレクの大群の中から、口を動かしていた一体に視線を釘付ける天幻。 迷いなく地面を蹴り、メレクの大群を切り伏せながら目標の相手を脳天から真っ二つにする。 が、

 

「偽物、だと?」

 

 腕に伝わる感触で違和感を感じた天幻が、狼狽の声を上げた。

 

「残念でしたわねいつ兄様。 わたくしめは統括者が二人いるのでしてよ?」

 

 メレクの声で、嘲笑う声が響く。

 

「禄遜、頼むからメレ坊の声で喋るなら口調を変えてくれ、気色悪い」

 

「れ、蓮姉。 ド直球にきもいって言われると、流石の僕も傷つきます」

 

 大量のメレクの中から蓮蝶とメレクの声が響くが、四方八方から同じような声が鳴り響くため天幻は本物の特定ができない。

 

「ちっ! なんて厄介な!」

 

 怒りに任せて両手剣を振り抜く天幻。 しかしここで一つの可能性に至る。

 

(この中に、本物はいないのか? まさか、さっきの虚勢はハッタリ! ただの時間稼ぎだったか! という事はここに本物はいない、逃げたようだな)

 

 すぐさま天幻は天高く飛び、両手剣を頭上に持ち上げる。 それを見たメレクの群れは大慌てで声を張り上げた。

 

「ちょっと待つのですわいつ兄様! まだ二分しか経っていませんの!」 「まずいですわ! このままでは飛空艇が真っ二つにされてしまいますの!」

 

「まだメレクおにー様が逃げていませんの! 早くいつ兄様を止めなければ!」 「みつ姉様! いつ兄様を早く止めなさいな!」

 

 全てメレクの声で言い放たれているため、天幻はこめかみに血管を浮き上がらせながら、

 

「まったくもって気味が悪い! 第四王子の声で話すなら、せめて喋り方も似せろこのバカ妹がぁぁぁぁぁ!」

 

 天幻が勢いよく大剣を振り抜くと、メレクの群れが蔓延っていた飛空艇が袈裟懸けに真っ二つにされた。

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