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ⅡⅩ

 *

 真っ青な空に、中型飛空艇が飛翔している。 その飛空艇の先頭に立っているのは、背丈の割にガッチリとした体格の少年。

 

「第四王子、空賊と手を組むとはなんと下劣な。 この僕が……第五王子、天幻・テイル・アルケイディス自らが、貴様の愚行を処罰してくれる」

 

 頬が裂けんばかりに口角を上げる天幻のそばに跪く、紅蓮色の長髪を二つに括った少女。

 

 低い位置でゆるく括られた二つの毛束が風に煽られて旗のように揺らめく中、少女は心配そうな目で天幻の顔色を伺う。 前髪を止めている髪飾りには、天幻の瞳と同じ色をした琥珀色の宝石が埋め込まれている。

 

「天幻様、ご兄弟同士での殺し合いなど、人徳に反してしまうかと——」

 

「黙れ雨桐ゆーとん、統括者如きが王族に意義を申し立てるか? まずは貴様から処罰してやろうか?」

 

 深淵を覗いているかのような、禍々しい視線を突き刺してくる天幻に、雨桐は肩を怯えさせながら俯いてしまう。 口をつぐんだ雨桐を鼻で笑いながら、天幻は今なお戦闘が行われている空賊団ステュークスの大隊を俯瞰した。

 

 そして一機の飛空艇に視線を釘付ける。 その飛空艇の屋上では、今なお戦闘中のメレクがステュークス構成員と立ち回る一部始終が目撃された。

 

「さて、この僕が直々に鉄槌を下そうじゃないか。 あいつの偽善もここまでだ。 第四王子は今日をもってその名をこの国から消滅させる」

 

 パチンと指を鳴らすと、天幻が乗っていた飛空艇が真っ逆さまに急降下を開始する。 メレクが戦闘中の飛空艇に向け、隕石のような勢いで突っ込んでいく飛空艇。

 

 叩きつけるような突風が全身に打ち付ける中、微動だにせず仁王立ちする天幻。 隣で平伏していた雨桐は、その強風に耐えきれずに鉄床を握りしめ、必死に身を縮こまらせる。

 

「さて雨桐、力を寄越せ!」

 

 天幻の号令と共に、雨桐の体が白い光で包まれる。 すると雨桐の体は巨大な両手剣へと姿を変え、天幻は急降下し続けている飛空艇の船首でその巨大な剣を両手で握ると、

 

「逆賊である第四王子を発見した! 僕が処断する!」

 

「っ? 幻くん? なんでここに?」

 

 空から突っ込んでくる飛空艇の船首から大声で叫びかけてくる天幻を仰ぎ、メレクだけでなく戦闘中だったステュークス構成員も目をかっ広げる。

 

「まさか! 飛空艇ごと突っ込んでくる気か?」

 

「左に旋回させろ! 突っ込まれるぞ!」

 

 ステュークス構成員の号令を聞き、飛空艇が慌てて旋回すると、突っ込んできた飛空艇を間一髪で回避する。 しかし、頭上から巨大な両手剣を振りかぶりながら落下してくる天幻。

 

「第五王子がなぜこんなところに?」

 

「ちくしょう! 全員退避の準備を!」

 

「させないっすよ? 全員逮捕するんすから……ね?」

 

 逃げようとしていたステュークス構成員を追おうとしていたメレクは、天幻が着地地点で振り抜いた大剣を見て言葉を途切らせた。

 

 途端、空賊艇は真っ二つに割れる。 まるで居合の達人に両断された藁のように、ぱっくりと割れた飛空艇を見て、全員顔色を青ざめさせた。

 

 咄嗟に眼前に電子映像を展開させたメレク、しかし自分の足元に呼ぼうとした対空戦闘用ドローンが飛来する前に、飛空艇が空気を切り裂くような爆発音を響かせる。

 

 歯を食いしばりながら爆心地に大楯を向け、パメラの能力で大楯に加わる衝撃を下に逃す。 逃した衝撃を利用して空中に投げ出されるメレク。

 

 咄嗟の判断で先ほど制圧した飛空艇に飛び移れるよう衝撃の向きをコントロールしていた。 しかし長距離を吹き飛ばされたため、着地にも相当な衝撃がかかる。

 

 空中を吹き飛ばされながら必死に大楯を着地地点に向け、再度発生する衝撃を分散させながら飛空艇の屋上を転がっていく。

 

「なんちゅう無茶してくれるんっすか!」

 

 文句を垂れながら真っ二つにされた飛空艇を目視するメレク、先ほど戦っていたステュークス構成員たちは、黒煙を纏いながら空を落下していく。

 

 メレクは落下中の構成員を慌てて数え、すぐに救出に向かおうとした瞬間、

 

「なぜ、空賊を助けようとしている? まさか、貴様は本当にステュークスと裏で繋がっていたか?」

 

「幻くん。 なぜ助けるかって、ステュークスだって僕らとおんなじ人間っす、助けて当然でしょう! それに、悪さをしたなら正しく処罰をしないと!」

 

「正しい処罰? 今僕が下してやっただろう? アルカディア帝国を危ぶめる空賊どもは死して当然だ。 お前は裏で繋がっていた仲間を助けるための口実に、正しい処罰のためなどとのたまうのか?」

 

 天幻は自分の身長よりも二回り大きな大剣を軽々と持ち上げ、それを肩に担ぎながら憎悪に満ちた瞳をメレクに向ける。

 

「何が言いたいっすか? 僕はステュークスと繋がってなんていないっす」

 

「否定して当然だ、なんせそれを認めたらお前は国家転覆を図る逆賊だと認めるわけだからな。 証拠は後で僕が探しておくさ。 安心しろ、すぐ楽にしてやる」

 

 殺気立った口調で両手剣を構える天幻。 メレクは緊張の汗を垂らしながら天幻の構えを注視する。

 

(話通じないっすねぇ〜。 しかも幻くん、僕のこと殺す気満々じゃないっすか。 参ったっすねぇ、万に一つもこの子に勝てる気がしないし、逃げられる気も一切ない)

 

 *

 空賊団ステュークスの頭目が乗船してると思われる飛空艇内を駆け回るドゥーレ。

 

「この機体、型が古いな。 まるで二十、いや。 三十年前のものか?」

 

 飛空艇内部をくまなく観察しながらぼそりと呟くドゥーレ。 飛空艇開発に携わるドゥーレはこの国に出回っている飛空艇だけでなく、博学のために自分が生まれる前の飛空艇も詳しく調べようとしていた。

 

 しかし不思議な事に、ベネトナシュが生まれた二十二年前の情報はどこを探しても見当たらない。 まるで何者かに消去されてしまったかのように。

 

 それ故先程の呟きは予測でしかない。 自らの理解が及ぶ二十年前の型よりも性能が劣り、内部構造が不恰好。

 

「こんな骨董品がまだあるとはな」

 

「骨董品の良さが分らねぇとはなぁ? これ、三十年前は最新鋭の飛空艇だったんだぜ?」

 

 突然背後から響いた声に驚き、慌てて槍を構えるドゥーレ。

 

(こいつ、なぜ超音波の索敵に引っ掛からなかった?)

 

 額から一筋の汗が滴り、心内の動揺を表す。

 

 その表情からは油断も驕りもない。 しかし背後から声をかけた男は笑いながら、槍を構えるドゥーレを睨め付ける。

 

()、第二王子のドゥーレくんだな?」

 

「……()? 妙な言い回しをするな」

 

「おいおい、君ほど優秀な男がなぜ気がつかない。 お前、以前の王選を知らないのか? それならなぜ、今日の会食から王選が始まるって予測できた?」

 

 男の言い回しに瞳孔を開くドゥーレ。 常に無愛想のドゥーレが見せる驚愕の表情。

 

 ドゥーレとてバカではない。 常日頃から魔城アルクーダにある書庫でこの国の歴史を調べようとしていた。 今でも情報を集めようと常に目を光らせている。

 

 しかしそんなドゥーレでも、二十年前よりも古い情報が一切掴めない。 王選の情報も、蓮蝶の会話を盗み聞いて推測したにすぎない。

 

 訳知り顔で余裕の笑みを見せる男に、ドゥーレは警戒心を解かないよう語りかける。

 

「貴様は何者だ。 空賊団の頭目ではないのか?」

 

「俺はステュークスの副官、透真だ。 明石透真あかしとうま。 残念ながら頭目は俺じゃねぇ」

 

 透真がニヤリと笑みを浮かべる。

 

 檸檬色のサラサラした髪を、丸みを帯びたシルエットに整えており、首元に光るネックレスには菫色の宝石が埋め込まれている。

 

 丈の短い真っ白なジャケットの下には濃紫のシャツを着ており、パンツは緩めのテーパードになっている。

 

 ドゥーレはじっくりと透真の容姿を確認し、一つの疑問を思い浮かべた。

 

「お前、その首飾りはなんだ?」

 

「え? うそ、知らないの? 王族なのに?」

 

 半笑いを浮かべながら肩を窄める透真。 その反応を聞き、頭のいいドゥーレはすぐに答えを導き出してしまう。

 

「まさか、お前は()王子候補の統括者?」

 

「ご名答。 過去の情報が一切ないっつーのに、よくこの一瞬で答えを導いたねぇ?」

 

「昔から、おかしいとは思っていた。 この国には二十年前より昔の記録がない。 綺麗さっぱりな。 だがこの文明は数十年で確立できるような文明ではない。 確実に百年近い歴史があるはずだ、と」

 

「君はやっぱり頭がいいねぇ? どう、この国のクソッタレた現実、知りたくない? 俺たちについてくれば、知ってることは全部教えてあげるよ?」

 

 余裕ぶった挙動で問いかけてくる透真。 しかし、次の瞬間、

 

「あらら? 乗ってくると思ったのに」

 

「……なん、だと?」

 

 ドゥーレの槍が透真の胸を貫いた、ハズだった。

 

 透真の胸には確実に槍が貫通している。 だがドゥーレの手元には手応えがなく、透真はケロッとした顔で棒立ちしている。 触れたものを確実に崩壊させるはずのドゥーレの槍が触れてもなお、透真の胸からは血の一滴も垂れない。

 

 慌てて突き刺した槍を横に薙ぐドゥーレ。 しかし、透真の胸には傷ひとつなく、ドゥーレの手元にもいっさい手応えがない。 まるで空気を切り裂いているような感覚。

 

 不審に思いながら槍先をチラリと確認したドゥーレの頬に鈍痛が走る。 不意打ちを喰らったドゥーレは通路の壁に叩きつけられ、壁を破損させながら小さな部屋へと吹き飛ばされた。

 

 口元から流れた血を拭いながら、ギリと奥歯を軋らせるドゥーレ。

 

「お前の能力か? 幻影? ではない、頬を殴られた際、怪を纏っているのを確実に感じた」

 

「さてドゥーレ君。 君が俺たちの元に来ないっていうなら、ここで君には大人しくしてもらう手筈になってる。 安心しなよ、殺しはしない」

 

 ドゥーレの頬を殴り飛ばした右手を、ひらひらと振りながら破壊された壁の奥へ視線を送る透真。

 

「それに、君をぼこすのは俺じゃあない」

 

 透真の側に、しとやかに微笑む細身の淑女が歩み寄る。 腰の辺りまで伸びた白雪色の長髪を靡かせ、体のラインに沿って作られたドレスを身に纏っていた。

 

 顔立ちは若々しいのだが歳の頃は三十路を過ぎており、貴賓と余裕に満ちた笑みを浮かべ、膝をついたまま睨みつけてくるドゥーレに語りかける。

 

「ご機嫌よう。 第二王子、ドゥーレ・アルファー・アルケイディス様。 わたくし、グレース・イプシロン・アルケイディスと申します。 ご察しの通り、()第五王女でございます」

 

()第五王女? お前以外の王子候補は、お前に殺されたとでも言う気か?」

 

「いいえドゥーレ様。 わたくし以外の兄妹はほとんどが死していますが、わたくしが殺したわけではありません。 まぁ、どちらにせよ生き残りはわたくしと、現王子である兄上しかおりませんが」

 

 口元を手で隠しながら上品な笑みを浮かべるグレース。 ドゥーレは次々と起こる情報の波に押し流されないよう、必死に思考を巡らせる。

 

「つまり、何らかの原因で俺たちは昔の情報を隠匿(いんとく)されていると言うことか?」

 

「まあ、ほぼ正解ですわ。 しかし情報を隠されているのはあなただけではありません。 この国の国民は全て、二十二年より前の情報を知り得ておりません。 おかしいと思わないですか? この国の平均年齢と、空賊たちの年齢に大きな差があることを」

 

 ギョッと目を見開き、ゆっくりと立ち上がるドゥーレ。

 

「つまり、今この国にいる国民たちは、前回の王選が終わってから生まれたものたちがほとんどなのか?」

 

「半分正解でしてよ? それにしても、噂通り頭のいい方ですね」

 

「そして俺たちが討伐していた空賊たちは、元国民だとでも言うつもりか?」

 

 上品に微笑んでいたグレースは、途端に邪悪な笑みを浮かべる。

 

「ここから先の情報を知りたいのなら、わたくしと共にいらっしゃってくれませんと……お教えできません」

 

 無言で睨み合うドゥーレとグレース。 しかし、ドゥーレはそっと目を閉じて小さくかぶりを振る。

 

「知りたいのは山々だが、お前らのような罪人と手を組むつもりはない。 国に逆らった逆賊である以上、お前らを捕らえて無理やり聞けばいいだけのことだ。 元王族だろうと罪は罪、受け入れろ」

 

 低い姿勢で槍を構え、狼のように鋭い視線を向けてくるドゥーレ。 その隙のない臨戦体制を見て、透真は頭を抱えて「あっちゃ〜、こいつぁ〜頭が硬ぇ〜なぁ」とため息混じりにこぼす。

 

「仕方がないですね。 やむを得ません。 透真、わたくしの威厳を示す時です」

 

 透真はグレースの号令に応じて全身を真っ白に発光させ姿を変える。 鞭の形に変形した透真を握り、勢いよく腕を振って地面に乾いた音を響かせる。

 

「悪い子には、お仕置きをしてあげませんとね」

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