Ⅱ
中型飛空艇の中にいた空賊の総数は三十三人、現在は全員白目を剥いた状態で倒れている。 飛空艇の通路には壁にめり込んだ男や、頭から天井に刺さった男などが複数いて、一方的に蹂躙されたような惨状を前に、メレクは満足そうな顔で額に浮かんだ汗を服の袖で拭った。
「ミッションコンプリートっすね〜。 お疲れ様でした〜パメラさん!」
メレクの掛け声に呼応して、左手に持っていた大楯が純白の光で覆われて、人の姿に戻っていく。
覆っていた光が徐々に霧散していくと、頬を真っ赤にしたパメラがスカートの裾を払いながらうっとりをした視線でメレクに視線を送った。
「ご褒美は、熱いキスを所望します」
「随分と難易度が高いご褒美っすね。 僕、そういうのは恥ずかしいから別のことにしてくんないっすか?」
「では、夜伽を」
「余計難易度上がってますね? 僕まだ十六歳だからそういう十八禁に触れる行為以外でお願いするっす」
困った顔で後ろ首をさするメレクを、無機質な表情で凝視するパメラ。
「では、キスを」
「だから、十八禁は勘弁して下さいよ」
「キスは全年齢対応だと思いますが?」
「え? あれが全年齢対応は少しマズくないっすか? 僕からすれば、手を繋ぐだけでも十二禁っすよ」
「メレク様、あなたは少し純粋すぎるかと思います」
呆れたようなため息をつくパメラを横目に、メレクは話の話題を変えようとしてポンと手を打った。
「そんなことより師団に連絡はしたんすか? この空賊さんたちを、伸びてる間に早く捕らえてもらわないと!」
「抜かりなく。 現在、師団長のデルフィナがこちらに向かっています」
パメラの報告を合図にしたようなタイミングで、二人の耳に機械のエンジン音が響き渡る。
その音を聞いたメレクは駆け足で飛空艇の屋上へ向かうと、空賊が使っていた中型飛空艇の隣には同じような大きさの別の飛空艇が並翔していた。
「若! 面倒かけて申し訳ございません!」
「ふっふっふ! デルフィナさんが到着する前に片付けておきましたよ〜」
「若がアタイらの仕事取んないで下さいよ〜。 もう、頭上がんねーわ」
頭頂部で長い金髪を括った吊り目の女性、デルフィナが肩を窄めながらメレクの元に歩み寄っていく。 煙管を咥えて煙を蒸しており、メレクの後に続いて屋上に現れたパメラは眉間にシワを寄せながらメレクとデルフィナの間に割り込む。
突然煙管の前でパタパタと両手を仰ぐようにして暴れさせながら、鋭い目つきをデルフィナに向けると、
「メレク様の肺が汚れてしまいます。 今すぐやめなさい」
「あぁ? オメェに指図される筋合いねぇし」
「わたくしめは従者統括。 あなたの上司にあたる立場です」
「知るか! アタイは若の指図しか受けねぇ」
バチバチと火花を散らしながら睨み合う二人を前に、額から玉の汗を滴らせつつも慌てて止めに入るメレク。
「まぁまぁ、僕は別に煙草大丈夫な人だから、パメラさんもそんなに怒んないで下さいよ」
「ダメですメレク様! この煙は神聖なあなたのお体を汚してしまいます」
パメラは慌ててメレクを離れさせようと肩をがっしり掴んで後ろに無理やり下がらせる。 遠目にそれを見ていたデルフィナは盛大なため息をつきながら、
「そんなことより若、こいつらは割と面倒な怪象師が多かったっすけど、お怪我はなかったっすか?」
「貴様と違ってメレク様はこんな雑魚に遅れは取りません」
「テメェ上等だゴラァ! タイマン張りやがれ畜生!」
青筋を浮かべながらずかずかと歩み寄るデルフィナに、パメラは小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら振り返る。
「ふふ、あなた如きが従者統括であるわたくしめに勝とうだなんて、百年早いですよ?」
左手の薬指につけているブカブカの指輪を見せながら、ニンマリと口元を歪ませるパメラ。 その顔を見てますます不快感をあらわにしたデルフィナは腕まくりをしながら大股で一歩踏み出した。 鼻がつきそうなほど顔を接近させ、ものすごい形相でパメラをガンつける。
「ちょ! 二人ともやめて下さいよ! ほらほら! 早く空賊の皆さんを拘束して運んで下さい! パメラさんはデルフィナさんが乗ってきた師団艇から小型飛空艇を持ってきて! 早く王族艇に戻りますよ!」
メレクの言葉を聞き、二人は渋々といった表情でその場を後にしたのだった。