ⅩⅤ
*
同時刻、第三王女管轄王族艇格納庫。
「随分と遅かったじゃな〜い、蓮ちゃ〜ん」
蓮蝶が自分の王族艇に戻った瞬間、格納庫の影から気の抜けそうな声が響く。 蓮蝶の帰りを待っていた怪象師団数名は、突然響いた声に驚きながら視線を右往左往させ、油断なく各々の武器を構えていた。
「王女を待ち伏せとは随分悪趣味だなぁ? 穀潰し」
「穀潰しはひどくな〜い?」
飛空車から出てきた蓮蝶は大業に掌を返しながら、声がした物陰に視線を送る。 すると、ヘラヘラとお気楽な笑みをこぼしながら大男が物陰から姿を現した。
「な! 第一王子! ベネトナシュ殿下! いつの間に侵入を!」
「まぁ騒ぎ立てんでもいい、大体の予想はつくからなぁ?」
狼狽しながら剣や槍を構える師団たちを宥める蓮蝶。
「お前たちは作戦に移れ。 どうやら、ベネ兄は私に話があるようだからなぁ?」
「し、しかし……」
「安心しろ、相手は一人。 王族候補のくせに統括者すら連れていない。 丸腰のようなものだ、大方無抵抗を装って平和的な話し合いをしにきたのだろう。 お前の能力ならいつでも離脱できるからなぁ?」
女狐のような奇しくも鋭い視線がベネトナシュに向けられ、狼狽していた師団たちもおどおどしながらその場を去っていく。
「おやおやぁ? もしかして、僕ちんのお願い聞いてくれる感じぃ?」
「何寝ぼけたことを、まだ何も頼まれていないからなんとも言えないぞ? まあ、大方予想はついているが。 先に言っておくがドレ兄の王族艇を爆破したのは私ではない」
余裕そうな仕草で会話を始める蓮蝶だが、その瞳はベネトナシュを捉えたまま離れない。
「ほほ〜ん。 『爆発は』ってことは、ステュークスけしかけたのや、天ちゃんによからぬ知恵を吹き込もうとしてるのは自分って認めるのかい?」
「よからぬ知恵だと? なんの話だかさっぱりだなぁ」
「とぼけちゃって、まったく油断ならない女狐ちゃんだねぇ。 天ちゃんの飛空車で対談してたんだろぉ? あれで隠せたつもりかい? 遮音と視閉の結界貼ってる時点で怪しいっての、禄ちゃん対策で結界二枚重ねしてたんでしょ〜?」
「ま、隠す気はなかったからな。 こうしてやや想定外のことはあったが、作戦通りベネ兄とタイマンで話せているからなぁ」
ニヤリと口角を吊り上げた蓮蝶。 しかしこれは気休めだった、ここでベネトナシュと対峙するのは非常に不都合。 今すぐにでもドゥーレの元に行きたいのだが、迂闊に動くことができない。
となれば手段は一つ、速攻で無力化してすぐにドゥーレの元に向かえばいい。
蓮蝶の取り繕った笑みを見た瞬間、ベネトナシュは顔色を変える。 しかし、もう遅い。
「あっちゃ〜。 外に出れなくなったか〜」
「念のため用意していて正解だった。 お前の対策はバッチリだぞ? 自分の能力を常日頃から乱用して、細かい制約や弱点なんかを詮索させないようにしてたんだろうが、逆効果だったようだな? もう王族艇の外には転移できないぞ? これはお前専用に作った密室の結界だ」
蓮蝶が胸元から一枚の紋章符を取り出すと、困ったように頬を引き攣らせるベネトナシュ。
密室の結界、これを展開されるとその結界内から出られなくなってしまう。 結界の広さは格納庫全体を覆い尽くす程度。
「参ったね、兄弟喧嘩はやめるように説得しにきたつもりだったけど、もしかして術中にハマっちゃったかな?」
「残念だがその通りだ。 お前がわかりやすいバカで助かったよ」
額から一筋の汗をこぼす蓮蝶、気休めの言葉だったがベネトナシュは信じ込んでいるようだった。
この想定外の会敵を相手に悟られれば時間稼ぎをされかねない、表向きは想定内ということにして速攻で倒し切らないといけないのだから。
ベネトナシュは蓮蝶の言葉を合図にしたかのように、一瞬でその場から姿を消す。 すると蓮蝶は突然身を反転させながら地面を蹴った。
背後に現れたベネトナシュの腕が空を切り、渋面を浮かべながらバックステップで距離を取った蓮蝶を睨む。
「おい奏真。 返り討ちにしてやるぞ?」
「はい? もしかして蓮ちゃん、統括者従えてたのかい?」
ギョッと目を見開くベネトナシュ。 それもそのはず、何度も会食を重ねるうちにそれぞれの兄妹たちは統括者を視認していた。 しかし蓮蝶だけは、このタイミングになっても会食の場に統括者を連れて来ていなかった。
いつも一人で行動している蓮蝶が、統括者を連れていること自体がベネトナシュにとっては想定外。
蓮蝶の背後にあった空気が人型の淡い光を放ちながらぐにゃりと形を変えた。 振出式の回転式拳銃に形を変えた淡い光を左手に構え、即座に二発の銃声を響かせる。
咄嗟に身を捩って銃弾をかわしたベネトナシュがギリと奥歯を噛み締めるが、蓮蝶は間髪入れずに再度銃声を響かせる。
横っ飛びでかわしながら距離を詰めようと地面を蹴るベネトナシュ。 蓮蝶は動き回るベネトナシュに銃を向けたまま後ろに飛んだが、蓮蝶が地面から足を離した瞬間ベネトナシュの姿が消える。
だが、蓮蝶は宙に浮いた状態で突然背後に左足を伸ばす。 すると、予測されていたかのように蓮蝶が伸ばした左足がベネトナシュの腹部にめり込んでいた。
怪を纏った打撃は通常の打撃に比べると比べ物にならないほどの威力が出る。 もちろん怪で体を覆えば鋼鉄の鎧に匹敵する防御を誇れるが、蓮蝶は左足に怪を集中させていた。
ベネトナシュが想定していたよりも多い怪で蹴られたため、数十メーターの距離を吹き飛ばされてしまう。 地面を転がりながら吹き飛ばされたベネトナシュは、格納庫の壁に背中を強く打ち、うめき声を上げる。
壁が崩れ、砂埃が舞う中数秒間の沈黙を挟むと、顔を顰めながら腹部をさするベネトナシュが姿を見せる。
「痛ったいな〜」
「隙あり」
問答無用で銃を乱射してくる蓮蝶、回転式拳銃のため六発が限度かと思いきや、その総数を無視した勢いでの連続発砲。 もはや普通の弾丸は使われていないのは猿でもわかる。
怪を結晶化させた物をシリンダーに装填し、引き金を引くだけでものすごい勢いで発射される。 怪の鎧で身を守っていても、これに直撃されればひとたまりもないだろう。
ベネトナシュは高速で点滅するライトのように、忙しなく姿を消しては小刻みに場所を変える。 移動距離は一〜二歩程度だったが、器用に能力を駆使しながら蓮蝶の銃弾を全てかわし切る。
にも関わらず、蓮蝶はさも可笑しそうに嗤いだした。 急ぐ心を押さえ込み、余裕なそぶりを演じ続ける。
「支配怪象がないだけでも力の差は歴然だなぁ? 今の貴様はこの私と素手で戦っているような物ではないか」
「そりゃそうだけどさぁ。 蓮ちゃんはどこに統括者隠してたのよ〜。 今まで一回も見せたことなかったじゃな〜い」
「それを教えてやるほどバカじゃあない。 さあ、大人しく降伏すれば命は助けてやるぞ?」
油断なく銃口を向けたまま嗜虐的に口角を上げる蓮蝶。 しかしベネトナシュは先ほどまでの動揺をかき消した表情で呼吸を整える。
「蓮ちゃんが本気出してない今のうちに、ドレちゃんやメレくんを始末しようとしてる企みを無理やりにでも止めたいからねぇ。 僕ちん、こう見えて愛すべき弟たちのためには本気になっちゃういいお兄ちゃんなの。 兄妹同士で殺し合わせようとしてる蓮ちゃんは、好きにさせらんないからね」
「ふふ、勘違いも甚だしいなぁベネ兄。 お前、最初から私の計画を一っつもわかっちゃあいないじゃないか。 残念ながら私はメレ坊とドレ兄の命など狙っていない」
「本当に恐ろしい妹だよ、いったい何を企んでいるのやら一つもわからん。 どちらにせよここで止められれば怪しい計画は阻止できるんじゃない?」
強がりな笑みを向けるベネトナシュ。 しかし蓮蝶は大きなため息をつきながらもう片方の手を地面に向けた。 すると地面に金色の輪が出現し、その中心からは見慣れない形の豪華な装飾が施された槍が浮き上がってくる。
「お遊びにもならん。 お前の瞬間移動は最強の能力に見えて、案外大したことはない。 隠密や逃走には役に立つが、戦闘では統括者がいないと話にならんだろう? それに、弱点が丸わかりすぎる。 普段から乱用してるのは瞬間移動と言う強力なワードを脳裏に植え付けるためだろう? 残念ながら私は冷静だからなぁ、今の攻防でおおよその弱点は分かってしまったよ」
およそ実用的には見えないほどに豪華な槍を握りながら、蓮蝶は構えていた銃を腰に刺した。 そして銃を持っていた手を虚空に向けて軽く開くと、再度金色の輪が形作られる。
「まず、瞬間移動が使えるくせに背後に回り込むタイミングに時間差がある。 連続で背後に移動すればいいだろう? いつかは攻撃が当たると思うぞ? なぜそうしない? それに私の銃弾も、いちいち身を翻さずに瞬間移動で避けられただろう? なぜ数歩移動する程度にしか使わなかった?」
蓮蝶が口を滑らせていくほど、ベネトナシュの顔から余裕が消えていく。
「答えは能力の発動にタイムラグがあるからだ。 初めに私が攻撃を避けた直後、すぐにまた背後に瞬間移動してくるかと構えてたがして来なかったから確信した。 砂埃の中で息を潜めてたのはタイムラグをやり過ごすためだったんだろぉ? それを確認するためにわざと時間を開けてやったんだが、まんまと引っかかってくれたなぁ。 そのおかげで確信した、実際に移動するのにかかる時間がタイムラグといったところだろう?」
蓮蝶の推測はほぼ的を射ていた。 ベネトナシュは連続で瞬間移動をできない。
例えば、全力で走って五秒かかる位置に瞬間移動すれば、五秒間瞬間移動出来なくなる。 つまり移動距離が長くなればなるほどタイムラグが伸びるため、連続で背後に回り込めないのだ。 高速で展開される戦闘中では、どうしてもワンテンポ遅くなってしまう。
「さて、それが分かれば対応策は容易い」
蓮蝶は手元に出した金色の輪から鎖を出し始めた。 これが蓮蝶の怪象、創生の力を利用した武器の自由構成。 蓮蝶が先ほど銃を連射できていたのもこの効果によるもの。
彼女の脳内で想定した効果を、作り出した武器や道具に付与させる。 付与する効果は今現在紋章符にして出回っている効果に限られるが、それでも特殊な効果を持った武器を大量に作り出せるのは非常に強力だ。
さらに、王族特有の支配怪象によって、現在の蓮蝶はもう一つの能力を行使することができる。 最も恐ろしいのは、彼女の統括者である奏真の能力といっても過言ではないだろう。
「おいおいおい! 嘘っしょ〜? そんなん反則じゃん!」
目の前にいたはずの蓮蝶が空気に溶けるように姿を消していく、彼女が作り出した槍や鎖もろとも。
次の瞬間、ジャラジャラと鎖が唸り声を上げる音だけが虚空に響き、ベネトナシュの側腹部から鈍い打撃音が響く。 目に見えない攻撃、予想だにしない方向から攻撃を受けたベネトナシュはお手玉のように軽々と吹き飛ばされる。
「長々とお前の弱点を話してやったが、この武器を作るための時間稼ぎだぞ? それすらも気が付かなかったのか? 穀潰し」
何もない空間から嘲笑うような声と共に、鎖の軋む音が響く。
壁に衝突した衝撃で舞い散る土埃の中、ベネトナシュは顔面蒼白しながら必死に駆け回る。
「気をつけろベネ兄、その鎖は自動的に敵を追い詰める自動追尾機能つきだ。 槍の方は自分で考えろ」
(嘘っしょ〜? 特殊効果を持った武器を作っちゃう上に、作った武器は見えなくなる? しかもこうしてる間にいつの間にか武器を作り替えてる可能性だってあんじゃん! ってことは派手に作ってた槍はブラフか? ああ、もう頭ごっちゃになっちゃうよぉ! 目に怪を集中すれば見えないことはないけど、シルエットだけじゃあ武器の形状しかわかんないねぇ!)
統括者を連れていないベネトナシュと、統括者を支配怪象で武装した蓮蝶。 力の差は言うまでもない。
支配怪象の恐ろしいところは、怪を扱える人間を自分の武器に変形させて武装できること。 こうすると武装した本人は二つの能力を合成して使用できる上に、使える怪の量が二倍近く膨れ上がる。 変形中は意思疎通はできなくなるが、変身した本人が保持する能力を術者に付与できる。
武器に変形している最中は痛覚等も感じないため武器同士の撃ち合いで痛みを感じることはないが、万が一支配怪象で姿を変えた武器が破壊された場合は能力が強制解除される。 強制解除された場合、本人にダメージはないが再度支配怪象を使うのに丸一日タイムラグが発生する。
つまり、この状況を打破するためにはベネトナシュが根性で蓮蝶の腰に刺さった回転式拳銃を破壊するしかない。
しかし鎖のせいで近づけないためどうすることもできないのだ。 鎖は自動追尾してくる。 人間相手ではないためフェイントは効きづらい、これだと無茶な特攻も尻込みしてしまう。
「あ、これ。 やばいやつじゃん」
ベネトナシュは再度王族艇の外に瞬間移動を試みるが、能力が発動しない。 無論結界はいまだに展開されている。 これを解除するには蓮蝶の胸元にしまってある紋章符を破壊しなければならない。 結界に使われている怪の性質が分かれば力技でこじ開ける事もできるかもしれないが、逃げながらではそんなこと考えてる暇はない。
外から中に入る分には問題なく入れる、助けを呼ぶしか打開策がない。
つまり、絶体絶命である。
「さてベネ兄。 念のため問うぞ? 私の邪魔をしないよう、大人しくしていてはくれないか?」
額から玉の汗を滴らせ、ベネトナシュは苦虫を噛み潰したような顔で周囲に視線を送った。
「後十分、いや! 五分だけ待ってくんない?」




